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第十話 黄金と魔法使い

《おっさん大変です! マリィちゃんが苛められてます!》

「場所は!?」


 突然頭に響いた女神の声に、先日以来なんだか手に馴染んじゃった木の杖を引っ掴んで走り出そうとしたが、その場所が森を抜けた先というので、ぐっと立ち止ってしまった。

 裸足なのだ。そもそも身に着けていたのはトーガもどきだけだったし、小屋の周りならば裸足でも不便は無く、何よりぺたぺた裸足で歩きまわるのは気持ちいいなと暢気にしていたツケか。

 舌打ちし、急いで靴を出してと言いかけた時。


《魔法を使えるようになったでしょう!? 想像して! 傷付かない自分!》

「っ! おう!」


 駆け出し、想像する。

 裸足で駆けても傷付かない──枯れ枝や尖った石を素足で踏んでも、枝に身体を引っ掛けても、棘のある茂みに飛び込んでも、鋭く硬い葉に擦れても傷付かない、無傷で駆け抜ける自分を想像する。

 獣のように素早く走れる事に少し驚くが、


《遅い!》


 女神の叱責に応じ、全力で考え、索引を手繰って引っ張り出す。


「──おん まりし えい そわか──」


 かつての世界での、戦国武将の信仰。まるで超人のような彼らが信じた、決して傷付かない神格のイメージ。


「──日天、疾行、自在、通力──!」


 言葉を繋げて想像力に拍車を掛ける。それは光線の神格化、獣よりも風よりも速く駆け抜けていく様を想像。明確に。

 たん、と地面を蹴るのとほぼ同時に視界が開けて、大切な黄金の輝きが見えた。

 薄汚れた手でその黄金を掴む男も、羽交い絞めにして嗤う男も、その周りの有象無象も、はっきりと見えた。


《やっちゃって!》


 言われるまでもなく疾走。有象無象を飛び越えて、薄汚い腕を杖で打ち、弾き除け、嗤う男の脇に突き込み、怯んだ所を全力で蹴り飛ばす。

 そうしてマリィを確保すると、激情を吐き出すように、子猫を守る母猫のように、ユーリは男共を睨み付けてフーッ!と威嚇してみせた。


「あ──ユーリちゃん!」

「な、なんだこいつ!」


 動揺する有象無象と、きゅっとトーガの裾を掴むマリィ。

 その手の震えが、その重みが、心を落ち着かせてくれる。

 下衆どもを叩きのめすより、この子を早く連れ帰って暖めてあげよう。その震えを止めてあげよう。

 そして、いつもの笑顔で褒めてもらおう。


「あ、あのね、ユーリちゃん」

「──帰ろう、マリィちゃん」

「…うん」


 下衆の群れを威嚇しながら、マリィと一緒に森へ帰る。

 追手は無かった。

 駆け戻って居合わせた全員を徹底的に叩きのめしたくなる衝動を、繋いだ手から伝わる震えが引き止めてくれていた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 マリィの父が居なくなった日、村長が死んだのだという。

 村長の息子、二代目の屑の言い分では、マリィの父に責任があるそうだ。


《ああ、勿論嘘ですよ? 髪を掴んでたあの屑が殺したんですから》


 だが、閉鎖的な辺境の寒村では、権力者の大声が真実を塗り潰す。

 優しかった大人たちも、すぐにマリィに辛く当たるようになった。日々の細々としたものの物々交換も、なかなか応じて貰えないか、酷く不利な条件を押し付けられた。毎日の狩りの成果は、ほとんどが「追い出されない事への感謝」として取り上げられた。


《いつも、自分の食事を二人分に分けてたみたいですね。お腹一杯には程遠かったでしょう──ユーリの身体は小食ですから、そっちはお腹一杯だったでしょうけど》

「マリィちゃん…いつも、ご飯足りなかった…の…?」

「そ、そんなこと、ない…よ? 狩りの途中で木の実とか食べてたから、平気だよ?」

《これ、当然強がりですからね? くっ、あの村滅ぼしちゃいましょうか…》


 気付けなかった…と呻くユーリ。思わず同意してしまいそうだ。

 けれど、マリィはそれを止めるだろう。

 お父さんのせいじゃないってわかってくれたら、おばあちゃん達もまた優しくしてくれるのにね。どうしたらいいのか、あたしには分からなくて、困っちゃうね。と悲しそうに笑うこの子は止めるだろう。

 情けなさに呻いて、堪らなくなって、ユーリはマリィをぎゅっと抱きしめる。


「マリィちゃんはいい子だなぁもう!」

「えへへ、そっかな? …ユーリちゃんはいいにおいだね」

「勿論、マリィちゃんもね」

「ユーリちゃんなら怖くないのにな…」

「…怖いって?」


 うん、と小さく答えて、ユーリの胸に縋りつく。

 村で、マリィに近づいてくるのは、二代目とその取り巻きだけ。あの下衆どもだ。

 いつもあの調子で身体に無理矢理触れてくるのだという。いつも。無理矢理。

 それが嫌で、怖くて、どうしようもなくなって一度拒絶したら、村人との関係が更に悪化したらしい。


《──ぶっ殺しましょうそうしましょう》


 賛成。

 しかし、今はマリィの方が優先だ。この子は、もうこんなところに居ては駄目だと、ユーリは思う。


「マリィちゃん、ここを出よう?」

「…え?」

「ここを出て、森を抜けて──まずは近くの町にでも行ってみようよ」

「…でも」

「きっといろんな事があると思うよ。マリィちゃんとなら、楽しいと思うな」

「それは、うん……でもね、お父さん、帰ってくるかも…だから」

「じゃあ、旅の目的は、マリィちゃんのお父さん探しだね」

「…探す? いいの?」

「いいよ! 見つけたら御挨拶しないとね! お嬢さんをぼくに下さい!」

「あはっ」


 きっとびっくりするね。と、ようやく笑ってくれた事に安堵する。

 今日は眠ろう。

 そして、明日は旅に出よう。

 せっかく作った温泉は惜しいけど、またどこかで湧かせてみればいいさ。


唐突にシリアス展開を入れたくなる持病の発作が

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