白い部屋
今回は主人公の過去に触れていきたいと思います。
彼の過去には何があったんでしょうか?
「…あれ?」
俺が目を覚ますと、そこは真っ白な部屋だった。
目覚めたばかりの俺はこの部屋の壁に座るような形でもたれかかっていた体を起こして辺りを見回す。
「ここはいったい…。」
病的なまでに白く塗りつぶされているこの部屋は、目覚めたばかりの俺には眩しくて、目が慣れるまで少し時間がかかった。
やっと目が慣れてきたと思い部屋の中を見渡してみるが、この部屋には何もなく、酷く殺風景だった。
部屋自体はそこまで大きくないが、シミ一つない真っ白な壁と床、天井に囲まれていて、まるでこの部屋が無限に続いているようにも見える。
その時、ふと違和感を感じた。
(何で俺この部屋が見えるんだ?)
改めてもう一度周りを見渡す。
先ほども軽く確認していたが改めて見るとこの部屋は少しおかしかった。
なぜなら、この部屋には光源となり得るものが一切なかったからだ。
壁は床と天井に完全に密着しており、外から光が漏れてきているとは思えない。
しかし、電球や蛍光灯といったたぐいのものはなく、床下や天井に埋め込まれているわけでもなかった。
つまり、この部屋は今真っ暗であるのが正しいはずだ。
どんな人間や動物であっても光が一切差し込まなければ『見る』ということはできない。
ましてや、辺りの色を判別できるはずがない。
それでも、今俺はこの部屋に何もないことを確認し、部屋に何もないということを見ることができた。
(どうなっているんだ?)
部屋のことを不思議に思っていると、部屋の中央に白色の豪華な椅子があることに気づいた。
その椅子の肘掛けは水が流れているかのように綺麗な流線が刻まれており、笠木にはお伽話に出てくる天使の羽のような装飾がついていた。
背板は普通の椅子より大きく、その中心には鍵穴のような模様が描かれている。
この豪華な椅子は、まるで一風変わった玉座の様に見える。
先ほど部屋を確認した時には何もなかったはずなんだが…と、目の前にある椅子に疑問を抱く。
確かに、この椅子も真っ白だから気付きにくくなっていた、ということはあるだろう。
それでも、何度か部屋を見渡しているのに、こんなに豪華な装飾がついた物を気づかないというのはあり得るのだろうか。
そうやって突然現れたと思われる椅子について考えていると、何処からか声が聞こえてきた。
---…あれ…に………さい…
「え?」
かすれたように微かにしか聞こえなかったが、とても滑らかで清澄な声だった。
よく耳を澄ましてみるとその声は少しずつ大きくなっていき、荘厳な雰囲気を持ちながら、全てを受け入れてくれるような慈愛の心を持っているかのような優しい声でこう言った。
---彼のモノよ…あれに座りなさい…
「あの…椅子に?」
まるで、自分を誘うかのように言葉を継ぎ続ける声。
その声に誘われるがままに椅子に近づいて行く自分。
そのまま目の前にある椅子に腰掛けたその時、まるで水面に雫を垂らしたかのように自分を中心として波紋が広がって行った。
そして、その波紋が部屋の壁にぶつかった瞬間
ガシャァン!!
と、ガラスが割れるような音が響いた。
すると、真っ白なこの部屋が崩れ落ちていくように消えていく。
純白が消えたところからは奇妙な黒い何かが侵食するように湧き出てきた。
それはまるで形が不明瞭な生き物のように蠢いている。
蠢くそれから感じられる不気味さに俺は強い恐怖感を抱いた。
恐怖に苛まれている俺を嘲笑うかのように、音を立てながら白い部屋は崩れていく。
しかし、こんな中でもあの声だけはしっかりと聞こえ続けていた。
---恐れてはいけません…これは救いなのです…
「救いだと?こんなものが!?」
---さあ、気を楽にして…身体を委ねるのです…
「いったい何をッ!?」
ついに、自分の周りから白が消え失せて黒だけが残った。
そうなってもこれの侵食は一向に止まらない。
自分が座っている椅子すらも飲み込もうと這いずりよってくる。
「やめろ…やめろ!来るな、来るなよ!」
黒い何かがたどり着き、白い椅子も崩れるように飲み込まれていく。
どんなに振り払おうとも、引きはがそうとも意味はなかった。
ただ、無慈悲に自分の命綱を削りとっていく何かを止めることはできなかった。
やがて、この椅子すらも全て飲み込まれたとき、俺は黒く染まったこの空間のどこかへ落ちていった。
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どれくらいたっただろう。
黒い何かに飲み込まれ、あの声すら聞こえなくなってからしばらくたった気がする。
自分の身体が急速に落ちていく感覚は今もしている。
自分はこれからどこに行くのか…という漠然とした不安を持っていると、自分が落ちていく先に光が見えた。
(あれはなんだ…?何故か懐かしい感じがする…。)
そう思っているうちに俺は光の中へ落ちて行った。
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光の中に来た俺は、辺りを見渡して驚愕していた。
辺りは住宅地になっており、近くには小さいが公園もあった。
子供たちが公園で走り回って、子供たちの母親はその様子を見ながら談笑している。
あの光の中にこんな現代的な街並みが広がっていることにも驚いたが、なにより驚いたのはこの場所は俺が知っている場所だったからだ。
(ここって、昔俺が住んでいたところだよな…。)
見覚えがある公園や家、道があるから間違いない。
ここが自分の住んでいた町であることを確認すると、ふと気になって近くの公園の中をのぞいてみた。
すると、楽しそうにはしゃぐ子供達の中に幼いころの自分がいた。
年相応のあどけなさを残した顔立ちをしている自分を見ていると妙に感慨深くなってくる。
(昔の俺ってこんなに綺麗に笑っていたんだな…。)
今の俺にはあんな顔は出来ないだろう。
なにせ、それだけのことがあったし、されていたのだから。
(何を考えているんだ、今はそんな事は関係ないだろ…って、ん?)
なんて自分を律していると、楽しそうに遊んでいる子供たちに一人の大人が近づいていった。
その人は幼いころの自分に話しかけると、そのまま連れて帰って行ってしまった。
幼い自分と話しながら歩いているあの後ろ姿は…
(か…母さん?なんでここに…?)
子供が親にじゃれつきながら楽しそうに帰っていく。
その光景を見ていると、脳裏にあの少女と母親が笑顔で帰っていく姿が浮かんだ。
あの時はわからなかったが、その姿を思い浮かべると微笑ましく思えるとともに、何か黒いものが自分の中に出てくるのがわかる。
(なんなんだ…このモヤモヤとした気持ちは…。)
そうこうしているうちに、母達と自分はどんどん離れていく。
どういう事か、あの二人から離れてはいけないと思って二人のもとへ近づいていくと、突然光に包まれて辺りの光景が変わった。
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次に目を開けると、そこはどこかの家のリビングのようだった。
家の中はとても静かで、窓の隙間から差し込む月明かり以外で明かりがついているのはダイニングだけだった。
ダイニングの方へ足を運ぶと、明るい電球に照らされた自分の母が暗い顔をして座っていた。
目の前には手がつけられていない冷めた料理が並んでいる。
母の手には携帯が握られており、時折携帯を眺めては落胆したように息を吐く。
(母さん…あいつの事を待ってるのかな…。)
俺の言うあいつとは自分の父の事だ。
でも、俺はあいつの事を父だとは思っていない。
仕事こそできるが性格は醜く歪んでいて、ずっと夜遊びとギャンブルをしては母親に金を渡せと脅し、酷い時には殴る蹴るの暴行もしていた。
幼いころからその事を見ていた俺は父の事を恐れていた。
逆らってしまえば自分も殴られてしまう…という事を察してしまった当時の俺に父を止める勇気など無く、母を元気づけようと意味もわからない言葉をかけ続けて心配するしかなかった。
そうして、日に日に母は痩せ細っていき、顔から表情が消えていっていた。
幼かった自分はそんな母を見るのがつらく、父を止められない不甲斐なさと母を励ます事も出来ない自分に嫌気がさしていた。
だから、あの頃から友達と遊ぶことは控えて母のそばにいて手伝いをすることにした。
辛そうな母に代わって、料理、洗濯、買い物、掃除…自分に出来そうな事は何でもやろうと思って練習した。
最初は失敗だらけで余計に心配させてしまう事が多かったが、偶々人より吸収力が高かった俺は続けていく間にグングンと上達していった。
それでも、母が笑うことはなく、いつも申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。
頑張って美味しい料理を作ったり、部屋がピカピカになるまで掃除したりしても、母が心から笑ってくれる事はなかった。
---そして、ついにあの事件が起きた…
その時、また辺りが光に包まれた。
やばい…今回で終わらなかったし…
多分次回で過去話が終わると思います。