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白い花、黒い雲

「コンコンコン」

扉を叩く音で目が覚めた。

窓の外、まだ薄暗いウィストリアの街は静謐さで満たされている。

(こんな時間に誰だろう?)

頭にはそんな疑問があるのだが、来訪者なら待たせるのは失礼だろう。

そう思ったアンナは、髪を手ぐしで整えながら上着を羽織りつつ、扉に駆け寄る。

引っ越してきたばかりの個室は、荷物が散乱していたが、

西の空、低空にある満月のおかげで躓かずに済んだ。

「は〜い、どなたですかぁ?」

「あ、えっと…。おはようございます、主護星ガリムアンナ。朝食を、お、お持ちいたしました」

ぎこちなく、お決まりの言葉を口にするカーラ。

(そういえば、期間中は管理者が作る物しか食べられないんだったっけ?)

初日ということもあり、完全に失念していたアンナ。

「朝早くからありがとぉ、今開けるからぁ」

悟られないように素早く返事をし、扉をあける。

「し、失礼します」

そういってカーラは、お盆をカタカタと鳴らしながら部屋に入る。

小さなテーブルの上に置き、

「こ、こちらに置いておきます」

と、ガチガチになりながら一礼する。

「カーラちゃん、そんなに固くならなくてもいいんじゃないかなぁ?」

「で、でも…アンナちゃんは主護星ガリムになったわけだし…」

なるほど、とアンナは思いつつ、

「私は主護星ガリムになっても、偉そうにしないよぉ?」

新たに昇華した者の中には、稀にだが、態度が変わる者が出るという。

少し偉ぶってみたり、上からの物言いだったりと、些細な事ではあるのだが。

その些細な変化に一際敏感なのが、このカーラという少女であった。

今回、ルペとアンナが昇華し主護星ガリムになった。

その前にも5人ほど昇華した人物がいたのだが、そのうちの1人、態度が変わったとカーラは感じていた。

何かされた、ということはない。

ただ、前に比べて明らかに話す機会や、行動を共にする回数が減ったのだ。

人付き合いが苦手なカーラにとって、それは寂しい出来事であった。

だから、大切な友達だと思っているアンナが変わってしまうのか、不安だった。

そんな思いを感じてか、

「私は私。他の誰でもないよ?カーラちゃんの親友のアンナだよぅ?」

そう笑って言うのだった。

「ありがとう、アンナちゃん…」

少し涙ぐんでしまったカーラは、目を擦りながら笑った。

そしてアンナと同じくベッドに座り、いつものように雑談した。

今日作ってきてくれたものは、最近ウィストリアの街で人気の、

「野菜たっぷりのパイ」

それを真似て作ったものだった。

レシピは違えど、想いの籠ったそれはなかなかに美味しい。

薄明がかってきた東の空。

2人の少女は、食事を終えたあと朝の祈りをする時間まで話し続けた。


鈍く、ゆっくりと、巨人が欠伸でもしているかのように響き渡る鐘の音は、

大気を震わせ、日の出と共にウィストリアの街を目覚めさせる。

まだまだ冷える風を感じながら、街にも人の姿が見え始める中、ロスは2度寝から覚醒した。

先ほど起きた時よりは冷えてはいないが、やはり肌寒い。

しかし今、手にとっている上着は寒いからだけではない。

「相手を想う気持ちだよな〜」

なんて呟きながら着替える。

そもそも、指定の服以外持っていないロスである。

これまでは、たまたま注意を受けなかったに過ぎないのだが、まぁいいとしよう。

気持ちの問題だ。

大きく伸びをして、今日の体調を調べるべく、瞑想を始める。

頭に意識を集中し、先ずは肩。

そのあと、肘、手首、指先まで行ったら脇。

脇腹から腰、太もも、膝、足首、足のつま先へと、順々に意識を巡らせていく。

己の身体との対話。

1日を始めるルーティン。

今日も特に異常はない。健康そのものである。

今までに体調を崩した事は、実はない。

しかしこれをしないと始まらないのだから仕方が無い。

肩を回し、首を回し。何度か屈伸をして部屋を後にする。

廊下を出ると、何人かの院生と合流し、食堂へ。

食堂では肉が焼ける匂い。

焼きたてのパンの芳ばしい匂い。

香辛料がふんだんに使われている料理があるのか、鼻を刺激する匂い。

様々な匂いが充満していて、朝から食欲をそそる。

護昇の祝儀は、要するにお祭りなので、朝から気合いが入った料理が並ぶのだ。

それを見て嬉しい顔をする者の反対に、冴えない顔をする者もいる。

3日間が終わると、日常の生活に戻る。

普段、貧しい食事をしているわけではないのだが、豪華な食事に慣れた後では落差が痛い。

そんなことを思ってか、素直に喜べないのだろう。

そんな者を気にも留めず、ロスは香草スープと焼きたてのパンをチョイス。

空になっている胃袋に、スープは優しく滑り込み、体を温めていく。

パンを千切りながら口に運び、周囲を見渡す。

(そっか、アンナはこの食事は食べられないからか…)

朝の一件を思い出しながら1人納得。

いつもなら、

「ロスさまぁ、おはようございますぅ♪」

なんてニコニコしながら挨拶してくるのだが。

(まぁ、仕方ないよな…)

少し寂しい気持ちを振り払う様に席を立ったロスは、朝食を切り上げて仕事に向かうことにした。

食堂を出て廊下を早足で進み、中庭に出ると人の姿が。

中庭の真北に位置する場所には、小さな祭壇がある。

祝儀の主役はここで朝昼晩の祈りを行う。

「ルペか…」

ロスは短く呟く。

アンナでなかったのが、少し残念そうに見えた。

守護星に祈りを捧げる行為。

これに決まったやり方はないし、人それぞれとっているスタイルが違う。

ロスは、思いついたら祈る。それもただ頭の中で感謝する程度だ。

マルセルは今頃、森の中で瞑想しながら祈りを捧げているだろう。

部屋で行う者もいるし、寝る前に少しって者もいる。

ルペの場合、朝のこの時間帯に必ず中庭で祈りを捧げている。

祝儀の主役だからではなく、日常的に中庭でやっている。

中庭で行う者は少数だ。

誰か他の人間がウロウロしている場所だと、気が散る。

だからなのか。

ルペも割と早い朝の時間に、人気のないタイミングで祈りを済ませる。

ロスの生活サイクルはバラバラで、起床時間もマチマチだ。

だから、毎朝ここでルペに会うことはない。

今朝は割と遅い目覚めだったので、このタイミングで会うということは珍しい。

(今日は初日だから長引いてるのか?)

そんな風に見ていると、祈りが終わったのか、ルペが立ち上がり中庭を出る。

ロスは食堂から来たので東側にいる。

ルペは西側に抜けたあとロスに気付き、わざわざグルリと半周してこっちに来た。

一礼して、

「おはようございます、ロスさん」

と、ロスなんかにしっかりと挨拶した。

この落ち着いた青年は、ロスを慕っている数少ない人物である。

実に嘆かわしい。

「あぁ、おはよう、ルペ。どう?体調は」

ルペは軽く意識を身体に向け、手を握ったり開いたりしながら、

「大分、感覚が戻ってきていますね」

少し安心したように答えた。

「ま、あと2日あるから、それまでには万全になるよ」

っと、なんの根拠もなく保証するロス。

「ありがとうございます。ロスさんは今から仕事ですか?」

「あぁ、そうだよ。今日は東の村に行く予定なんだ」

「東の村ですか。行ったことないですね」

「俺も何度か行った程度さ。何やら最近になって家畜の数が増え始めたんだと」

頭をわしわしと掻きながら、ロスは歩き出す。

ルペもそれに倣って歩き出す。

「そういえば、ルペはどんな仕事するか聞いてるの?」

さり気無く、ルペの様子を伺いながらロスが尋ねる。

「そうですね、ロスさんと似たような事をするみたいです」

微笑しながら答えるルペ。

特別な事ではない仕草の一つ一つだが、この青年がやると周囲がざわめく。

美男子の宿命なのか。

「微笑」はその中でも一際のざわめきを呼ぶ。

ざわめきの発生源は、偶然を装ってその場に居合わせた少女たちからなのだが。

そんな、自分とは無縁の関係性を間近で見せられつつ、

「そっか。じゃあ今度仕事紹介するよ」

っと、話を続ける。

「本当ですか?ありがとうございます!」

微笑を通り越し、満面の笑顔で周囲の少女たちの心を鷲掴みにするルペ。

本人はいたって普通、周りは黄色い歓声。苦笑いのロス。

その後、短いやり取りをしてルペは自室に戻っていく。

そんなルペと少女たちを見送ってから、ロスは院の門へ向かう。

門に続くトンネルのような通路(院の外壁部分をくり抜くように出来ている)を抜けると、

もうすっかり目覚めた街がロスを出迎えた。

荷馬車が通路の中央を通り、脇を歩く人々。

今から仕事に行くであろう人、開店準備をする店主。

向かいの建物には昨日から足場が出来て、本格的に大工たちがトンカンやっている。

毎朝見ていても、ロスには飽きない光景。

思わず笑みを浮かべるロスの後ろから、モジモジとした気配があった。

それに気付いたロスは振り返ってみた。

そこには、いつものラフな服装とは違い、院指定の服に身を包む見慣れないアンナがいた。

「あ、お、おはようございますぅ!ろ、ろっ、ロスぅ!!」

顔を真っ赤に染めながら、初めて呼び捨てで挨拶をしたアンナ。

昨晩からは、恋人の様な関係になったわけで。

少女は自ら積極的に一歩を踏み出したのだった。

事態を再認識させられ、面と向かって話すのはキスをしてから今が初。

ロスも意識し過ぎてしまい、

「お、おはよう、アンナ!」

思わず上ずってしまった。

そして恥ずかしさを誤魔化すように話し始めた。

「ど、どうしたんだ?こ、こんなところで」

「ろ、ロスがし、仕事に向かうのが見えたからぁ、お、お見送りに……。はっ!」

言ってから、アンナは気付いた。

これでは恋人よりも夫を見送る妻みたいだと。

妻。その響きに動揺し切って頭から蒸気を出し始める。

「そっか、あ、ありがとっ」

「で、出来れば、き、今日は一緒に、い、いたいですぅ」

もはや暴走列車状態。

その言葉に、ロスも硬直する。

アンナは可愛い。

ロスの好みのタイプであるし、院の男子からの人気も高い。

そんなアンナの好意を一身に受ける。

それもお互いの気持ちを確かめ合った仲である。

いつもとは桁違いの破壊力に、ドギマギするロス。

「だ、ダメだよ。中庭の祭壇で祈らないといけないんだし」

別にアンナを避けるわけではないが、必死に理由をつける。

「あ、そ、そうでしたぁ」

思いっきりしょげかえるアンナをかわいそうに思い、

「し、仕事が終わったら、すぐ帰ってくるから!そしたら、あ、アンナのところに行くよ!」

ボフンっ!!

温度急上昇のアンナ。

もう言葉にならないのか、頭を上下に振り続ける。

そんなアンナを愛おしく思いながら、

「じゃあ、行ってきます」

そう言って、ロスはアンナの頭を撫でたあと、流れに沿って歩き出す。

ロスの背中を見守りながら、大きく手を振り続けるアンナ。

明確に守る相手がいることの、意味や気持ちの動き。

なんだか甘酸っぱい思いを胸に、ニヤニヤしながら歩くロスを街ゆく人はどういう思いで見ていたのか。

その目線が気にならない程に、ロスも舞い上がっているのだろう。

ともかく、ヤル気漲るロスは、

「今日も1日頑張るぞ〜」

っと、唸りながら、街の主要道を東へ。東の村へ向かうのだった。


ロスが見えなくなった後も、アンナはその場を離れなかった。

少し寂しく、少し嬉しい余韻。

そんなアンナのすぐ近くの植木鉢に、白い小さな花が咲いていた。

それに顔を近づけ、香りを楽しんだあと、アンナは微笑みながら院の中へ。


ルンルンなアンナは気付かなかった。

ロスを見送る為に東を見ていた自分。

その背後に迫る、ドス黒い雲の存在を。

何か不吉な事が、迫っていた。


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