3人
騒がしい旅人達の声を背に受けながら、2人は街の中心を目指して歩き出していた。
街の壁には東門、西門、南門がある。
各門から伸びている道が中心部で十字に交差して、おのずと、首都ウィステリアの主要道になっている。
それこそ、道と判断できるものを数えると100をゆうに超えてしまうだろうから、
分かり易く比較的広い道が主要道になるのは必然と言えた。
特殊なことがない限り、路地裏に入ってショートカットしようなどと考える事はしない。
むしろ出来ない。
始まりが寄り添いあって大きくなってきた街だ。
増設に増設を重ねた家々の隙間を、
まるで蛇のように蛇行する路地裏を完全に記憶しているものはいないだろう。
街の住人でも、自分の家付近以外ではまず入らない。
「路地裏とはそういうもの」
実際、困っているわけではないのだから、それでいい。
皆、そう割り切って生活しているのだ。
そんな“無駄”な事を考えていたからだろう。
視線を路地裏から振り切って前を見た時には、もう遅かった。
ボフッ!!
(ボフッ?)
突然発生した衝撃?と共に、腹部に当たった硬い感触。
(一体何に?)
そう思って前方を見ていると、視界の下の方で蠢く物体。
「痛いですよぅ、ロスさまぁ」
小鳥の鳴き声の様にか細い声で少したどたどしい言葉遣い。
それだけで、ロスには分かった。
「ごめんな、アンナ。ちょっと考え事しててさ」
「平気ですぅ、私が小さいからいけないんですもの」
「そんな事はないと思うけど…怪我してないか?」
アンナを起こそうと手を差し伸べるロス。
「はい!ありがとうございます!ロスさまぁ」
その手をとても嬉しそうに取り、元気いっぱいに立ち上がるアンナ。
アンナは服のホコリを払ったあと、手ぐしで髪を整えた。
淡い桃色の髪はまるで絹の様に艶があり、とても細い。
アンナは小さな手で懸命にとかし、もう一度全体をチェックして
「えへへっ」
っと、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「でもどうしたんだこんな時間に」
横からマルセルの質問が飛ぶ。
「この時間だと、夕げの時間じゃないか?」
「そうだな。いつもならもう食べ始めてる時間だ」
ロスも頷きながら答える。
「お二人とも、今夜はみんなで食べるってお忘れですかぁ?」
ロスとマルセルは暫し沈黙し、
「「あっ!!」」
っと、顔を見合わせ、
「「護昇の祝儀!!」」
「正解ですぅ」
小さく拍手をしながら、アンナは付け加える。
「それなのにお二人が時間になっても帰ってこないんですものぉ。
みんなで手分けして探してたんですよぉ」
小さな胸の前で腕を組み、片目でこちらを睨めつけるアンナ。
本人は怒った雰囲気を出そうとしているらしかったが、
たどたどし言葉遣いのせいでイマイチ迫力に欠けていた。
小動物の様に見えてしまう少女を愛らしく思いながら、
「悪かったな、アンナ」
と、ロスは頭を撫でた。
ハッと、何かに反応したように固まるアンナ。
しかし次第に、くすぐったいのか嬉しいのか。
「っーーー」
言葉が出ないアンナ。
暗くなった街の中でも、耳まで赤く染まっているのがよくわかる。
(ホント、分かり易いのな)
マルセルがにやにやしながら2人を見ていると、
「あ、マルセルさん!なに笑ってるんですかぁ〜」
プンスカし始めるアンナ。
しかし、何故かいつまでも頭を撫でられているせいで、身動きが取れない。
ロスが力いっぱい押さえているわけではない。
「勿体無い」
アンナの頭にはそれしかなかったのだ。
とても分かり易くロスの事が大好きなアンナは、
いつまでも撫でられたい欲求と、
マルセルにからかわれた少しの怒り《恥ずかしさ》との狭間で困惑中である。
「もぉ、いいから急ぎましょ!」
決死の覚悟で、アンナは撫でているロスの手を握り、引っ張って行く。
意中の相手の手を自ら握るこの行為は、少女のキャパシティを超えていたらしい。
護星脈が頭から出ているのではないかと思ってしまうほど、熱い。
恥ずかしさのあまり、完全にダッシュしてしまっている少女に引かれながら、
「ちょ、アンナ!あ、危ないから〜」
っと、結構本気の声を上げるロス。
「ロスもまんざらでもねぇからなぁ〜」
にやにやのマルセル。
夕げの時間はかれこれ一時間程は過ぎているだろう。
「チビ達がうるさそうだなぁ」
なんてことを思いながら、マルセルは小走りして2人を追いかけていった。
わいわいと、街の暗がりを走る3人。
東の空には一段と煌めく星の並びがあった。
ベネトナシュ・アルクトゥールス・スピカ。
綺麗な曲線で結ぶことが出来る3つの星は、地上の3人を見護る様に輝く。
まるで結びつけるように。
運命のように…
3人が去った辺りの路地裏で、微かに聞こえた布が擦れる音。
突然。
ウィストリアの上空にかかる、薄いもや。
同時に影が飛んだ。
民家の塀を、屋根を。
足音を立てずに疾走していく。
見ようにはバラバラに。
だが、統制のとれた動きでそれらは、西門の方の暗がりへと消えて行った……