春の街、ウィストリア
星といっても、様々な種類がある。
夜空を鮮やかに彩どり、強い光を放つ一等星。
引き立て役のようにその周囲を飾る二等星、三等星たち。
星座は、星々を仲間分けするために作られた、割と新しいもの。
ロスとマルセルたちが生きるこの時代では、星座のような決まりごとはなく、
もっと曖昧な分け方で星々を見てきた。
季節は4つに分けられる。
春夏秋冬。
この単純な分け方が、全てと言って良い。
そんな中、ロスたちは【春の群勢】と呼ばれ、名称通り、春を代表する星々の加護を受けて産まれた存在である。
その【春の群勢】の首都がここ、ウィストリアである。
周囲を壁で囲み、外敵から身を護る為に寄り添いあって出来た集落が、
みるみる大きくなって行き、広範囲で壁を築き始めたのが今から150年前程の事らしい。
今では立派な城壁になった壁は、街のどこにいても見ることが出来る。
本当に人間という種族はコツコツと何かを積み重ねて行う事に長けた種だと、
ロスはこの壁を見るといつも思う。
荷馬車の荷台に立ちながら、薄暗くなってきた街の外から、
暮れなずむ壁の輪郭をじっと見つめたあと、静かに目を閉じた。
耳を澄ませば聞こえてくる、街の営み。
仕事終わりに一杯引っ掛けようと騒がしい農夫たちの声。
家族の帰りを待ち、夕食の支度をする忙しない音。
もう帰る時間だと、つまらなそうな声をあげる子供たち。
こんな時間から何処かに向かおうと、馬車を走らせる音。
北の方角から押し寄せる風が壁を避けるように流れ、南門へ向かう街道に、ロスの耳に、
そんな音を届けてくれた。
やはりここはいい、自分の故郷だ。
そんな当たり前を確かめたロスは、満足そうに笑った。
アットホームな雰囲気。
飾らない民衆。
穏やかな表情に宿る、希望にも似たもの。
春の街、ウィストリアはこうでなくては!
他の都市や国には赴いたことがないロスだが、他の街にこの雰囲気は決してないのだろうと、
完全なえこひいきで思い込むのである。
南門から壁をくぐると、少し開けた場所に出る。
小さな噴水とちらほら見える木や草花。
門に近い事もあり、宿屋や食堂、酒場などが軒を連ねる。
多くはないが旅人や行商人の集まる地域で、常に活気がある場所。
街に到着したばかりの一団が、既に先乗りしていたであろう仲間と合流してガヤガヤやっている。
他にも商いの成果を自慢する声や、それを妬ましく思いながら酒を煽る者。
他愛のない会話で盛り上がる幾つもの集団が、店先に出されたイスとテーブルを囲んでいる。
旅の者の憩いの場として、今夜もやはり賑やかな場所だ。
そんな中、所々にある木々や花々は新芽を芽吹かせ始めている。
多くの笑い声に呼び起こされたのか。
冬の気配を吹き飛ばそうと必死になっている様に見えた。
ロスたちの世界では、暦が存在しない。
だから季節は、人々の感覚によるものが大きい。
その感覚を助けているのが、動植物の動向である。
どこの地方では花が咲いた。
あそこの村で、鹿が目撃された。
そんな感じで季節を図るのである。
曖昧な感じだが、他に図る物差しがないので仕方が無い。
だからというわけではないがこの時期、ロスたちは積極的に壁の外に出る。
長く厳しい冬の終わりを少しでも早めようと、壁外に出ては付近を散策し、変化を調べのだ。
先ほど鹿と熊に遭遇したロスは、街人に報告してあげようかとも思ったがやめて、荷馬車を降りた。
愛想よくおじさんにお礼を言うと、ロスとマルセルは歩き出した。
(どうして街の人たちに言わなかったんだ?)
当然、マルセルが気になるのも無理はない。
マルセルが知っているロスという人物は、お調子者で話題の中心になることが好きな人物である。
この疑問もとい違和感は?
気になって当然だろう。
そんな心中を察したのか、ロスが口を開いた。
「がっかりさせたくないだろ?」
っと、苦笑いを浮かべながら、頭をポリポリと掻きつつ言う。
(あぁ、なるほどな)
マルセルは視線をロスに向けたまま、心の中で納得した。
つまりはこうだ。
先ほどロスによって引き起こされた災害で、野生動物達が危険を感じ逃げ出したとしたら。
ロスの報告を受けた街の人たちがその場所を訪れても、動物達と会えなかったら。
それはやはり「がっかり」するのだろう。
それを避けての事なのだろう。
だが。
それなら初めからあんな事をしなければいいのではないか?バカなのか?
街人想いのいいやつなのは間違いないのだけれど、バカなんだなぁと。
どこか抜けてるというか、やはりバカなんだろうと。
結論で言えば、バカだと。
密かに連呼しながら。
紺色に染まる空と、優しい橙色を放つ街明かりの中を、
親友とゆっくり歩いて行くのであった。