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001 異世界への召喚

挿絵(By みてみん)

 白と水色が混ざりあって雲と空となっている朝、そこに夕日の色に覆われて綺麗な情景を描く夕方、黒い世界の中で一生懸命に輝いている星と月――――。

 そんな当たり前が、彼女達は好きだった。その中の《普通》が好きであり、彼女達はそれだった。、ゲームで例えるならば、どこにも君臨しないノンプレイヤーキャラクターであった。

 彼女達はそれで十分幸せだった。いや、その《普通》ということが、彼女達の幸せという名の枷だった。


 しかしそれは突然に、何の予告も無しに消え去ってしまうのだった。



 ――――――



「「…………え?」」

 二人の少女がいるのは、辺り一面に生え渡る草原のど真ん中だった。

「「…………え?」」

 どうしてこんなところにいるのかわからない彼女達は、再度同じ言葉を同時に呟く。しかし見ている情景は全く変わらないし、いくら目を擦っても変わることはなかった。


 彼女達はいつも通り学校を終えて、いつも通り家に帰ろうと一緒に道路を歩いていた。

 そんな彼女達を襲ったのは台風のように渦巻く風。彼女達が目を閉じたのはその風を凌ぐための、その一瞬だけだった。

 しかしその一瞬の間に、彼女達の足元にはあるものが浮かんでいた。それは淡く、だけど爛々としている黄色と水色の魔方陣であった。

 当然彼女達はその光景に驚き、けれども同時に目も奪われた。いつも通りの《普通》をこよなく愛す彼女達にとって、魔方陣なんてものが現れるはフィクションだけだと思っていたから。

 魔方陣は呆然としている彼女達を嘲笑うかのように更に瞬くように輝き、その直後、その場に――底の見えない大きな穴が出来上がった。彼女達は驚いて慌てて退こうと試みるが、足元は既に空白となっている。

 そのまま彼女達は、空中に身を委ねるかのように、そっと目を閉じた。


 事の経緯を思い出しても、彼女達は信じられずに悩んでいた。

「うー、何これ……!」

「そんなのわかるわけないじゃん! でも、あー……本当にどうしよう……?」

「こ、こんなの普通じゃなさすぎるよ……!」

 涙目になりながらそう言う少女――桜咲(さくらさき)(なぎさ)は、もう一人の少女――桜咲(れい)に勢いよく抱きついた。そのせいで玲の平衡感覚が無くなる。

「わっ、たっ、とっ、うわわっ!」

「きゃあっ!」

 なんとか耐えようと後退りするようにして体勢を整えていた玲だが、途中で足が縺れてしまってそのまま草原に飛び込むように倒れてしまった。当然玲に抱きついていた渚も一緒に倒れる。

 草原がクッションになってくれたおかげで、幸い目立つような怪我は出来なかった。しかし玲は未だに目を瞑っている渚を見てため息をついた。そして軽めに頭を叩く。

「あいたっ!」

「…………渚? 何してるのかな?」

「ご、ごめんっ! でもでもだって、混乱しちゃっておしまいなんだもんっ!」

「うん、混乱する気持ちはわかるけどマジで落ち着こうかー。そして日本語は正しく使おうかー」

「う、うん。でも、こうしてると安心するなあ」

「へ?」

 玲は、渚の言っていることがわからなかった。どうしてこうしているだけで安心出来るのか、その理由がわからなかったのだ。

 そんな玲を見て優しく微笑んだ渚は、小さく、だけど玲にきちんと聞こえる程度に「鈍感だなあ」と呟いた。

 その言葉を聞いて、玲は大きく目を見開いた。そして、ようやくわかったのだ。渚が、どうしてこの状況で、こうしているだけで安心出来るのかを。

(まったく、渚ってば…………でも、相変わらずの平常運転で助かったといえば助かった……かな)

 正直、玲も先程まで不安と恐怖でしか満たされていなかった。本当に無事でいられるのか、元の場所へ帰れるのか、そんなことばかり考えていた。

 しかしそんな状況を恐れていても一人じゃないという理由で、渚は明るく笑顔を振り撒いている。そんな渚が、玲は大好きで……双子でありながらも、羨ましかった。

 玲は困ったように微笑みながら、今度は優しく渚の頭を撫でた。それを見て渚は首を傾げるも、嬉しくてまた微笑む。

 しばらくそうしていた二人は立ち上がり、再び辺りを見渡した。しかし案の定、景色は全く変わっていない。

「本当にここって、一体どこなのかなぁ……?」

「もしかしてというかやっぱりというか……異世界、とか?」

「か、帰れるの?」

「それは……探索してみないとわからないけど、さ」

 そう言ったはいいが、探索してみても元の世界に帰れるのかは玲もわからなかった。そのせいか最後の方は声がよく聞き取れない。

 渚は再び涙目になって、玲に抱きつこうと腕を伸ばした――その時だった。


 確かにそこにあったはずの草原は一気に無くなり、代わりに神秘な光を放っていると言っても過言ではない神殿が、瞬きの一瞬にして現れていた。


 再び二人は呆然とした。どうしてこんな非現実的なことが次々と巻き起こされているのだろうか。

 そう考えていると、神殿の前に小さな灯火が宿り、そしてそれは一人の女性となった。しかしその人物にあるはずの影がなく、所々薄れて消えかかっている。

「え? な……誰、なの?」

「ど、どうして消えかかって……?」

「……わ、たし、は…………わから、ない……。だ、れ……なの……?」

「「えっ?」」

 そう言って悲しげに顔を歪める女性を見て、二人は目を見開いた。

 もしこの世界が二人の元々居た場所ならば《記憶喪失》という言葉だけで済んだだろう。だけどここではその言葉だけでは済ませないと、直感的にそう思った。

 二人は顔を見合わせてから視線を女性に戻し、そして決心したかのように口を開いた。

「「じゃあ、思い出せるように手伝ってあげる!」」

「え……? い、いの……? 本当に、手伝って、くれるの……?」

「勿論! 男……ではないけど、二言はないよ!」

「それに、こんな状態で一人に出来るわけないし……ね」

「…………ありが……とう」

 そう言って儚げに微笑んだ女性を見て、二人も一緒に微笑んだ。そして手を差し伸べる。

 差し伸べられた手を女性が握り返して再び微笑んだ。するとその直後、再び神殿が光を放った。

 今度は何だと若干呆れながら、二人は神殿へと目を向けた。しかしその表情は一瞬にして消え去り、代わりに顔を真っ青にして一歩後退した。


 そこには、数が億になってもおかしくないと思えるくらい、図体のでかい《何か》が大量に居たのだ。


 この《何か》は、ゲームや小説などのフィクションの世界で例えるならば、おそらく《魔物》の部類に入るのだろう。それを二人は理解し、そして自分達の現状を理解してしまった。

「ね、ねえ、玲…………この状況、やばくないかなぁ?」

「いや、これは絶対にやばい! 逃げなきゃこれ死ぬ!」

 危険を察した二人は更に後退し、目の前にいる《何か》の目を盗んで一目散に逃げ出した。二人の手を掴んでいた女性は突然のことで驚きつつも、二人に引っ張られないように慌てて走った。

 ――グ、ア……ヴアア……!

 後ろから、うなり声のように低い《何か》の声が脳に響くように聞こえてきた。そのことに三人は恐怖を覚えつつも走る足は止められなかった。

 しばらく走っていると、目の前に外国にあるような街が広がり、三人は逃げられると安堵した。油断してしまった。


 その瞬間に突如紅く輝く境界線が現れ、その部分の地面が割れた。


「……えっ?」

「ちょっと待ってこんな時に地面が真っ二つとかどこのゲームだよそうだこれは夢だ夢なんだ夢なら捕まっても問題ないやあははははははっ!」

「れっ、玲ーっ! 正気に戻ってーっ!」

「だ、め……これじゃ……逃げれ、ない」

「あっ……!」

 目を回しながら早口で呟く玲を渚は支えながら、女性の声を聞いて後ろを振り向いた。

 そこには逃げ場のない三人に追討ちを掛けるかのように《何か》が広範囲に広がって立っており、渚は突然の目眩に襲われた。このままでは死んでしまうと、そう思った。

 すると次の瞬間に玲が黄色く輝き、ゆっくりと目を開いた。玲の目は紅くなっており、顔はいつもの笑顔の玲ではないと思わせるほどの無表情だった。

(え、嘘……これが、あの玲なの? 私の知っている、あの?)

 自分の知っている玲とはかけ離れてしまっていた渚は、目の前にいる巨大な《何か》だけでなく玲にも恐怖を抱いて思わず身震いしてしまう。そんな渚に気づかない玲は空に向かって手を掲げ、じっと《何か》を見ながら口を開いた。


「――――【フレイム・シューティング・スター】」


 直後、空から《何か》に向かって多くの何かが落ちてきた。その何かは大きな音をたてて《何か》を潰すように地面に衝突する。

「【フレイム・シューティング・スター】……炎の流星……?」

 渚は玲の言った英語を訳し、同時に玲へ更なる恐怖を抱いた。自分の知っている玲ではないと、今のでわかってしまったから。

 身震いを抑えるように自身の腕で体を抱き、ゆっくりと、玲の中にいる誰かへと話しかけた。

「あ、の……あなたは、誰? 玲は、どこへやったの……?」

「玲……? ああ、この体の主人の名前か。安心しろ、しばらくすればお主の知っている玲へと戻る。じゃから、その前に説明を済ませておかんとじゃな」

「説明……? あの、あなたの名前は……?」

「ああ、そういえばまだ名前を教えてなかったの。 我はセルというものじゃ」

 セルは微笑みながらそう言うと、無言で渚に見えるように手を前に出した。それを疑問に思いながらも渚はその手をじっと見つめる。

「気をつけるのじゃぞ? 【ファイア・ボール】」

「ひゃっ!」

 セルがそう言った瞬間、手の上に突然球状の炎が現れた。それを見た渚は思わず小さく悲鳴をあげてしまう。それを聞いて、セルは満足気に微笑んだ。

「実はじゃな、この者……えーと、確か玲じゃったな。玲にはこの世界では炎の魔法を使える体になっておるのじゃ。つまり、炎で出来ていれば何でも創れるということじゃ」

「はあ……どうして玲が、そんな体に?」

「それについては我もわからぬ。じゃが言えるとすれば、この世界が玲……そして渚、お前達を選んだということじゃ」

「え……私も?」

 渚は、セルの言ったことが信じられなかった。この世界に、玲だけでなく自分自身も選ばれたということに。

 呆然としている渚を見て、セル仕方ないと、それが当たり前だと、そう思った。

 それもそうだろう。いきなりどこかわからない世界へと転移されてしまい、挙句の果てに魔法で何かを創れると言われれば自然とそんな反応をしてしまう。

 でも、その《普通》じゃないことを乗り越えて、この世界で過ごしてほしい。それが、セルが二人に願う唯一の事だった。

「さて、そろそろ元に戻る時間じゃ。渚よ、我が玲に戻ったら今の説明を頼むぞ」

「は、はいっ! あ、あの、玲に戻るその前に、一つ聞いても良いですか?」

「ん? なんじゃ?」

「あ、あのですね……どうしてセルさんは、私の名前を知っていたんですか?」

「へ?」

 渚の言葉を聞いてセルは目を丸くした。予想外の質問で言葉を失ってしまったのだ。しかしすぐにその理由を言っていなかったなと思い直し、そして苦笑した。

「まったく、どうやらお主達の間に立ち入る隙間はないようじゃな」

「え、と……?」

「理由は至極簡単じゃ。玲が渚よ、お主のことしか考えていなかったからじゃ。その証拠に、玲の心には《渚》という文字しかなかったぞ?」

「え……ふええっ!」

 セルがそう言うと、渚は顔を真っ赤にして小さく悲鳴をあげた。それを見てセルは愉快気に笑うと、そっと目を閉じた。

 すると次の瞬間、玲の体からセルの魂が抜け、玲の体は支えを失った人形のように崩れ落ちた。それを見た渚は慌てて支える。

「あ……!」

 先程までずっと黙っていた女性は何かに気づいたかのようにそう呟くと、何かを掴むように手で拳をつくった。そしてその手で渚に触れる。その直後、女性の行動を疑問に思いながら見ていた渚の脳に何かが響いた。

『少しの間じゃったが、お主と話せて楽しかったぞ。我はもう消えてしまうが……きっと、お主達なら大丈夫じゃろうな』

 その声は、紛れもないセルの声だった。それを聞いて渚は空を見ながら無言で微笑み、小さく「はい」と呟いた。

 すると元に戻った玲が呻き声を出しながら目を開いた。それを見て渚は嬉しさのあまり玲へと抱きつく。

「わっ! な、渚? どうしたの?」

「何でもない……何でもない……!」

 その言葉を何度も繰り返しながら涙を流す渚を見て玲は怪我をしたのかと慌てるが、特に外傷がないことがわかって心から安堵した。そして子供をあやすように渚の頭を撫でる。

「なんか、よくわからないけど……でも、心配させちゃったんだよね。ごめん、渚」

「う、うん……! 良かった、玲が無事で良かった……!」

「本当に、ごめんね。でも大丈夫、もう心配なんてさせないようにするから」

「うんっ……!」

 そう言って、二人は笑いあった。そしてそれを見ていた女性も、釣られて一緒に笑った。



 ――――――



 渚が泣き止んでも玲はずっと頭を撫でていたが、さすがにと思った女性は遠慮がちに二人へ話しかける。

「あの……玲さんに、説明は……?」

「え……? あ、そっか。そういえば、玲に説明してなかったね」

「ん? 説明って、何を?」

 意味がわからず首を傾げる玲に苦笑しつつ、女性の助けを借りながら、渚は先程セルにされた説明をなるべく同じように玲へした。

 それを聞いた玲は当然のように目を見開いて硬直したが、すぐに正気を取り戻した。そして何を考えたのか、目を爛々と輝かせる。

「うわ、それ凄いじゃん! 何でも創れるかー……楽しそうで良いね!」

「…………はえ?」

 玲の言葉に、逆に渚が硬直した。確かに凄いことではあるが、普通はどうしようと慌てるところではないかと、そう思っていたからだ。そんな渚の反応を全く気にしていない玲は、渚と女性の手を掴んでいた微笑む。

「じゃあさ、折角だから、この世界を楽しんじゃおうか!」

「た、楽しむ?」

「……何となく、だけど……玲の性格、わかった……かも」

 女性が苦笑しながらそう呟くと、玲はあ、と声を洩らして何かを考えるかのように目を泳がし、再び女性の方を向いて口を開いた。

「名前、どうする?」

「え……?」

「だから、君の名前。これから一緒に色々な場所にいくのに、名前がないのは不便でしょ?」

「あ……それもそうだね」

 我に返った渚は玲の言ったことに便乗してそう言い、一緒に女性の方を向いた。その二つの視線を感じて、女性は戸惑いながらも何が良いかを考える。

(名前……私の、名前…………あれが……良い、な)

 女性はそこまで考えると一旦目を閉じ、心を落ち着かせてから再び目を開いた。そして緊張の思惑で考えた名前を告げた。

「な、まえ……レナ、が、良い……です」

「「へ?」」

「だから、その……二人の、頭文字を取って……レナが、良いです。駄目、ですか?」

「あ、え、いや、駄目ってわけじゃないけど……ね?」

「むしろ嬉しいんだけど……ね? そんな決め方で、良いの?」

「はい……これが、良い……です」

「……そっか」

 照れながらもはっきりとそう言う女性を見て玲と渚は微笑み、玲は掴んでいた二人の手を転ばない程度に強く引っ張った。

 それに二人は驚きながらも顔を見合わせて笑いあい、転ばないように玲の後を追った。

「さーてと、まずは街を探しますか!」

「おー!」

「とても……楽しそう」

 そう言って、三人はこの世界などについて知るために、街を探して歩き出した。


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