近未来構想メモ
駅の改札を抜け、向かって右側にあるキヨスクに立ち寄るのが、彼女の出勤時の日課だ。
ハムときゅうりの挟んであるサンドイッチと緑茶を買う。
朝は米よりパン派のようだ。
とはいっても、サンドイッチのパンズの原材料は米だ。特に気にしていないようだが。
そもそも、日本が小麦の輸入を止めたのは、彼女が生まれる前の話。米粉のパンは生まれた時からの日常で、挟まれたきゅうりが植物工場で生産されたということも、小学生なら誰でも知ってる常識だった。
レジの支払いをいつも通り指紋認証で済まして、彼女は自分のオフィスへと向かう。
労働に気の進まない月曜日。
頭がクラクラする。朝スッキリ起きれる奴は人間ではない。
ついでに心もグラグラする。踵を返して、自宅に帰ってやろうか。
(今ならまだ間に合うんじゃないか)
そう思った瞬間、彼女の目の前が真っ暗になった。
その場で立ち止まる。状況を理解しようと、脳細胞をフル回転させる。
天罰が下ったのだろうか。
(労働の美徳を穢して、怠惰に堕ちようとするワタクシめに神が罰を与えたもうたか……)
フル回転させた結果、頭のズキズキがガンガンに変わってきたようだ。
頭が癌癌になるのも時間の問題だろう。
(あぁ、神様。コンビニでエロ本を物色している時、きちんと他のエロ本の並びを直しているような清く正しいワタクシめにどうして罰をお与えになるのですか?)
神様もドン引きである。
そりゃあ、こんな歪んだ思考回路の奴には、天罰の無量大数や洛叉位はぶつけてやりたくなるだろう。作者の私でもそう思うんだから、そうなんだろう。
そもそも数多いる女子においても、コンビニでエロ本買う奴って異端者なんじゃないかと思うんだけれど、こいつにはそんな発想は微塵も無いらしい。
外見だけでいけば国士無双なんだけどねぇ……。
おヘソの当たりまで伸びたストレートを2つに結んだ彼女。
老若男女振り向かない奴はいない。
繁華街で怪しいスカウトに絡まれるのは日常茶飯事である。
「ねぇねぇ、君。モデル、とか興味ないかなぁ?」
「私、ガンタンクとかゲルググにしか興味ありませんから。では」
こうやって、怪しい男どもをキョトンとさせるのも日常茶飯事だ。
時には、酔っ払ったエロ親父にも絡まれる。
「グフェフェフェエー、君、いくらなら良い? 1万、2万かなぁ? それとも……」
「5000万ペリカなら手を打ちましょう。私は安くないのです」
「…ペリ…カぁ?」
「払えないのなら、交渉決裂です。さようなら」
もう少し、女子力溢れる対応が出来るなら完全無欠なのだけれど。
現状においては、全く違うベクトルで完全無欠である。
そういえば、だいぶ脱線した。話を元に戻そう。どこまでいっただろうか。
そうだそうだ、彼女の目の前が真っ暗になったんだっけ。
結論から言おう。
メガネの電池切れである。
何の事はない。別に失明したわけではないし、HPが尽きた訳でもない。
彼女は単純にメガネを外した。
久しぶりの日光が差し込んでくる。瞳孔がキュッと小さくなる。
白日の下に晒された彼女の愛らしい猫目。
幸いなことに、メガネを外した彼女を見た者はいなかった。キュン死にする被害者が爆誕せずに済んだ世界は、今日も平和である。
では、解説しよう。
現代日本においては、視力に関わらず、日常生活においてみんなメガネをしている。
要は全国民が〇〇コイル状態ということだ。
常に拡張現実を利用して、人々は豊かな生活を享受している。
携帯電話はもちろん、スマートフォンのような端末を使っていたのは、我々の祖父の世代が最後だったのではないか。今では、国立民俗博物館にきっちりと収められて展示されている。
視界上に画面やキーボードが出てくるから、物理的な端末は持つ必要が無くなった。
実の所、口述筆記すればキーボードも不要なのだけれど、指先を使うと脳が活性化されるということで、タッチタイピングを習得している人間の方が圧倒的に多い。
ちなみに彼女もタッチタイプが出来る。「浪漫があるから」という非合理的な理由からなのだが、それは個人の自由なので触れないでおこう。
そのメガネの便利さの上に成り立った社会についての妄想は、読者の皆さんにお任せするとして、話の本筋にまた戻ろう。
つまり、ブラックアウトの原因は電池切れである。どこかで充電しなければならない。
彼女は若干の猫背で、また歩き出した。
赤黒チェックのスカートをヒラヒラさせ、黒タイツの御御足をチラチラさせながら、駅を背にして進んでいった。
どうやらキヨスクまで戻るのも面倒だし、途中のコンビニで充電することにしたようだ。
彼女の辞書に逃走の文字はないらしい。
オフィスにはしっかり向かうようだ。
金がなくてはフィギュアは買えぬ。
朝ご飯も買っちゃったし、行くしかあるまい。
「あぁ、面倒くさい」
溜息も吐きたくなるということかしら。