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廃ビルの志願者

――鈴鹿:一鶴人生謳歌の心得――


第一章・人脈形成

序論

まず始めに人ひとりが出来ることなど、たかが知れているということを心に刻まなければならない。

そして、人には必ず得手不得手が存在する。

故に人生を謳歌する為には、適材適所で人員を配置することが重要である。


以上のことを踏まえて、適材適所で力を発揮出来る人員をより多く配置する術――人脈形成五ヶ条をここでは述べておくとしよう。


ひとつ・出逢いと第一印象を大切にする


ひとつ・対人関係の基本は愛想笑いと偽善である


ひとつ・沈黙と相槌を以て聞き役に徹する


ひとり・恩を売り貸しを作りされど同情することなかれ


ひとつ・出逢いは一期一会深追いするべからず



◆◆◆◆◆◆◆

さあ、突然ですがここで問題です。


Q:空から少女が落ちてきたらどうなるでしょう。


答えは簡単です。

下にいた人が巻き添えくらって死にます。

落下する少女が都合よく、飛行出来そうな石を所持しているとか、ピンクのツインテールで二丁拳銃を巧みに扱う抜群の身体能力の持ち主だとか思うのはナンセンスだ。

だからぼくは、ビルの屋上から飛び降りようとする――つか、飛び降りた少女の腰に両の腕を巻き付け何とか落下を阻止したのだった。


寒さ厳しい二月。

夜尚ネオンと人々の息遣いで賑わう大都会、神住市かすみし

そこでぼくこと、盾無:悠《たてなし:ゆう》は出逢うこととなった。

自称魔術師を名乗る、美しき自殺志願者に――。



◆◆◆◆◆◆◆

「どうして私を助けたりなんてしたのよ!!」


神住市は、大都会の名にふさわしい都市である。

日付を跨いだ午前三時だというのに眼下では沢山の人々が往来し、その間をスーツを着こなしたお兄さんや美人局のお姉さんといった夜の蝶々達が飛び交っているのが三階建ての廃ビルの屋上からでもわかる。

もっとも周りには、十や二十を越す階層の高層ビル群が所狭しと乱立しているため三階程度でビルなどと称するのは、少し烏滸がましいのかもしれないが。

あと、この五十センチにも満たない落下防止柵はどー考えても建築基準法に違反してるっしょ。

よく知らんけど!


それは兎も角として、久しぶりに神住市に帰って来たかと思えば……コレだもんなぁ。


――――やいやい、参ったね。


ぼくは冷たいコンクリートの屋上にぺたんとお姉さん座りをして、今尚自殺阻止されたことへの文句を吐き出している“コレ”に目を向ける。

圧倒的に美少女だった。

まず目に入るのが漆黒に煌めくサラサラの髪だろう。

腰程まで長く伸ばされているにもかかわらず、傷んでいる処など皆無で癖ひとつなく滑らかである。

その下にある顔は、何というか小さい。

そして一流の人形職人が端正込めて仕上げたかの如く、全てが整っている。

意思の強そうな切れ長の目。

満月を彷彿させる金色の瞳。

すっと通った鼻梁。

花の蕾のように可憐な唇。

チャームポイントの八重歯。

新雪もかくいう肌。

…………トップアイドルも裸足で逃げ出すわな。

ブラウンのロングコートにクリーム色のタートルネックセーター、臙脂のミニスカート黒のストッキング、編み上げローファーという格好に包んだ小柄な身体は。

先程抱き締めてみてわかったが、すごく華奢で少し力を加えたらポッキリいってしまいそうだった。

余分な肉――胸にもだが――など皆無といっていい身体でありながらアホみたいに柔らかく、温かかった。

そして、彼女から香る銀木犀の匂いが甘く脳髄を蕩けさせる。


ぼくも女の子は大好きで色々な所で遊んだりもしたが、これ程の美少女にはお目にかかったことがない。

彼女はちょっと凹凸に乏しい体型でぼくの好みはボン・キュ・ボンなのだが、そんなことなど吹き飛ばしてしまう。


――――いやいや、何吹き飛ばされてるんだよ、ぼく!?


よく考えろ。

これ絶対厄介事だろ。

選択肢間違えるとドツボにはまるぜ。


「な……っ、何よ!! 黙ってないで、言いたいことがあるなら言いなさいよっ!」


口調は強気ながら、身体は居心地悪そうにモジモジさせる黒髪美少女。


「なんか言いなさいってばぁ……」


終いには大きな瞳に涙を浮かべ


「これぞまさに水面月だな」


「ふぇ?」


「あー、いやいや、こっちのこと」


「そ、そう……」


「あ、あぁ……」


「…………」


「…………」


お互い出逢いが出逢いだけに、どうも会話が手探りになってしまう。

だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

ここは、ぼくから噛み付き易い話題を振ってやるか。


「なんで君は自殺なんてしようとしてたの?」


「そ、そうよ!?」


自分が何に対して感情を顕にしていたのか思い出したのだろう。

黒髪美少女は立ち上がると、グイっとぼくに顔を寄せてきた。

綺麗な顔と銀木犀の香りがとたんに身近になり、少し自分の顔に血が集まるのがわかる。


「なんで貴方、私のこと助けたりしたのよ!」


――――余計なお世話よ。


と、彼女は語気を強める。

そうか。

まずは、その誤解から解かないとな。


「ちょっと待って貰おうか」


「…………なによ?」


「別にぼくは君を助けたわけじゃないし」


「…………。…………え?」


どういうこと、と首をかしげる黒髪美少女から視線を逸らし、ぼくはビルの端に目を向ける。

ぼくの視線に誘導されて、彼女もビルの端に目を向けるのを待ってから、ぼくは話始める。


「このビルは三階建てだ。一フロア高さ三メートルとしても、地上からぼく達の今いる屋上まで十五メートルもないだろう」


そこでぼくは一息入れると、視線をもう一度彼女に戻す。


「人間ってのは意外と丈夫でね。十五メートルぐらいなら、当たり処が悪いと普通に生き残れるんだよね」


頭から着地でもしないと、さ。


「一方。質量四十キロを越える物体が十五メートル程度から落ちた時に発生するエネルギーを頭からくらうとね、人は呆気なく死ねるんだよ。

あ、まったく関係ない話だけどね。ぼくは神住市出身で、この街には知人が沢山いたりするんだよね」


「……全然関係なくないじゃない」


若干頬を膨らまして拗ねた感じの黒髪美少女。


「つまり、貴方は私を助けたのではなく、私に当たるかもしれない知人を事前に守ったってことでいいのね」


「理解が早くて助かるよ」


「誤解が解けたところでもう一度。故君は自殺なんてしようとしていたんだい?」


「貴方には関係な――」


「ユウ。盾無:悠」


黒髪美少女の言葉を遮って、ぼくは名乗りを入れる。

勢いよく。

思い切りもよく。

会話の主導権を握る初歩的なテクニックだ。

相手のペースを乱すのは。

その証拠に先程まで私に関わるなーバリアを張っていた彼女は『え? え?』っと、わかりやすく取り乱してくれている。

この好きに少し黒髪美少女についての情報収集でもしますか。

今のところ黒髪美少女を見ていてぼくが思ったことは、彼女は中々に負けず嫌いだなということ。

そして、丁寧に整えられた艶やかな髪。

染みひとつない肌。

決して派手ではないが、品が良く高級な服装。

これらのことから、この黒髪美少女は良いところお嬢様という可能性が高い。

とすると、ただの負けず嫌いだけでなく高潔さも持ち合わせていそうだ。

そんな相手への対応は。


「ふーん……。君は人には名乗らせておいて自分は名乗らない人間なんだね」


「あ、貴方は勝手に名乗ったのであって、私はべ、別に貴方の名前なんて知りたくっ」


「…………言い訳、か(ボソッ)」


ぼくは黒髪美少女に聴こえる程度に声を抑えて、やれやれと肩をすくめ、あざとい挑発をする。


「ば、馬鹿にしないでっ!! これでも私は、誇り高き坂東武者の血を引き継ぐ者で――」


面白いぐらいにくらいつくな~。

そうか。

そうか。

坂東武者ッスか。

これはいよいよもってわかりやすい性格といえよう。

育て方も、曲がったことは許さない誇り高き生き様をするよう刷り込んだんだろうな。

ぼくとは正反対だ。


「――私の名前は、姓は十六夜いざよい! 名は輝夜かぐや! しっかり頭に刻んでおきなさいよねっ」


いざよい:かぐや、さんね。

はいはい、わかりましたよ。

…………?

いざよい……、かぐや……?

十六夜?

輝夜?

十六夜:輝夜……たと?


――――プッ。


源氏名?


「本名よっっ」


「いやいや、それはないっしょっ」


だって、十六夜:輝夜だぜ?

明かに偽名っしょ!

月野:うさぎやミルキー:ウェイじゃあるまいし。


「ほっといてよ、私は自分の名前気に入ってるんだから!」


「はいはい、ごめんごめん」


「何よニヤニヤして! 絶対馬鹿にしてるでしょ!」


ぼくがニヤけちゃってるのは、黒髪美少女――十六夜さんが頬を赤く染めて可愛らしい八重歯を剥き出しにして怒っているのが、なんとも微笑ましかったからなんだけどね。


「それで、十六夜さん――」


「輝夜でいいわよ。貴方みたいな嫌な性格の人に丁寧な対応されるの、気持ち悪いし」


気持ち悪いって、アンタ……。


「了解、輝夜。じゃあ、ぼくのことも貴方じゃなくて悠でお願いね。君みたいな美少女に素っ気なくされると、興奮しておかしくなっちゃうかもしれないから」


「嫌よ」


嫌って、アンタ……。


「下の名前で呼び合って、万が一第三者に貴方のような変態と仲良しなんて思われたら屈辱だもの」


屈辱って、アンタ……。


「だから私は、貴方のことは盾無くんって呼ばせて貰うわ」


もう、好きにしてください。


「くすくす……。――それで、盾無くん」


輝夜がそれまでのイタズラっぽい表情を納め、鋭い口調になる。

つまり、本題を話すということなのだろう。

しかも、結構めんどくさいオマケ付きのを。


「いい、盾無くん」


「よくない」


条件反射でチャチを入れてしまう、ぼく。

こういうシリアスな空気になると、ついつい要らぬボケをかましたくなってしまうのは、ホント悪い癖だと思う。

それこそマジでよくない、ね。

改善の余地ありだ。


「冷静な分析しているところ悪いのだけど、一回顔面ぶん殴らせてくれないかしら(ニッコリ)」


「いやいや、折角美人に生まれてきたんだからそういう勿体ないことはすべきじゃない、とぼくは思うよ」


「あ・な・た・の顔面よっ!! なんで私がセルフ顔面殴りしなきゃならないのよ!?」


「……へぇ~。輝夜って、自分で自分のこと美人だっておもってるんだ~。ふぅ~ん……」


「はぁ!?」


「誰か“君が”美人に生まれてきたなんて言ってたっけ?」


「え、なっ、ちょっ……!?」


「自慢じゃないけど、ぼくって女装が得意なんだよね」


「~~~~~!」


あ~、なんだろ。

輝夜をからかうの、凄く楽しいんだけど!?

もう、なんか頬を真っ赤に膨らませて両手をバタバタやってるのとか見ると、微笑まし過ぎて眉が垂れてくるんですよ!


「貴方絶対私のこと馬鹿にしていて、私の話なんか聴く気ないでしょー!!」


「ごめんごめん。ちゃんと、真面目に、聴くからっ。アレでしょ? 輝夜が実は超能力者っていう……」


自分で言っててこの誤魔化し方はないは~、と語尾がどんどんちっちゃくなっていってしまう。

流石に超能力者は……。


「適当言わないで」デスヨネー。


「私は、超能力者じゃなくて魔術師よ」デスヨネー。


………………。…………………………。

…………………………ん?


何ですと……っ?


「だから、私は超能力者じゃなくて魔術師なのっ」


ほうほう、さようですか。


「その顔、全然信じてないでしょ……」


「ソンナコトナイデスヨー」


「だったらせめて、棒読みは止めなさいよねっ」


――いいわよもう、別に信じて貰えなくても。


俯いて完璧に拗ねてしまう、輝夜。


「――信じるよ」


「え――?」


「信じるよ」


ぼくはもう一度同じ言葉を繰り返す。

出来る限り真剣な表情で。


「なんで……? なんで、こんな荒唐無稽な話を。盾無くんは魔術師の存在を信じるの? 何の証拠もないのに」


「ぼくが信じるのは魔術師の存在じゃなくて、君の言葉だよ」


「――――なっ」


「ぼくが信じるのは魔術師の存在じゃなくて、君の言葉だよ」


重要な気がしなくもないので、もう一度。


「なんで、そういうことを平気な顔して言えるのよ!!」


「トキめいちゃったでしょ?」


お顔真っ赤ですし。


「そういう不真面目なところが……っ」


「まあまあ、落ち着いて」


「気安く肩を叩かないで」


「こりゃ、失敬」


「はぁ……。もう何だか悩んでいた自分が馬鹿らしくなってきたわ……」


輝夜は大きく息を吐き出すと、仕切り直しとばかりにその美しい煌めく黒髪を掻き上げた。

どうせ髪を弄るんならそんな男らしい仕草じゃなくて、後れ毛を耳にかけるような色っぽい仕草の方が良かったな、ユウさんとしては。

口に出すとまた話が脱線しそうだから黙っとくけど。


――沈黙と相槌を以て聞き役に徹する――


どうもぼくはこの教えを徹底しきれていないな。

師匠が生きていたら何と言うか。

…………なんか、そもそもそんな教えつくったっけっとか真顔で言いそうだな、あのボケ老人。

もっとも、考えるべきは、今は亡き枯れ木ではなく目の前の美しい花だ。

というわけで、ぼくはようやく輝夜の経緯を耳に入れるのだった。

因みに始まりはこうだ。


「そもそも私は、だだの魔術師ではなく。月の女神アルテミスの力を行使する神性魔術師なの――」

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