もしも、あの世界で(改訂版)
〜prologue〜
「──もしも、この世界が現実で、あの世界が夢ならば、現実と夢、何を根拠に見分け、判断すればいいのかな……」
そう言って、小鳥は少年の肩から飛び去った。
「簡単だよ。だって、ここは『現実』でしょ?」
少年は、クスクス笑いながら呟いた。
と、いうところで目が覚めた。
カーテンの隙間から光が射す部屋で、少年はベッドの上でまどろみながら、小鳥たちの囀る声を聞いていた。
その時にはもう、少年は先程まで見ていた『夢』を、すっかり忘れていた。
〜part1〜
「はぁ。今日も良く晴れてる……」少年は制服にも着替えずパジャマのまま、重い足取りでリビングルームへ向かった。
窓から差す朝日が眩しく、毎日の学校が憂鬱な少年は一層気力を失わずにはいられなかった。
「今日も学校、明日も学校……。本当、なんて嫌な世界なんだろ」
少年が、意味も無く腹立たしい太陽に向かって呟きながら、リビングルームの戸を開けると、いつも通り、母親が苛立ちながら朝食の準備をしていた。
「やっと起きたのね……。何度起こしたと思ってるの。まったく、今日も学校サボるつもりなのかしら?」
毎朝聞く、早朝の母親の念仏が始まった。朝というのは、爽やかな気候の割にこうも人を苛立たせるものである。
少年は、母親の念仏が右耳から入って左耳から抜けて行くのを感じながら、不思議そうに首をかしげた。今朝、少年は枕元で母親の声を聞いた覚えが無かったからだ。
「え、起こしてくれた?知らなかった」
「起こしたわよ、三回も。でもあんたビクともしなくて、死んでるのかと思ったわよ」
母親は相変わらず不機嫌そうな顔で少年を睨みつけると、言葉を続けた。
「なんか夢でも見てたんじゃない?毎晩夜更かしして訳の分からないゲームばかりしてるから変な夢見るのよ。少しは勉強……」
その時少年の頭の中に、今朝見たような気がする光景がふと浮かんだ。
「夢?」
うっすらと頭の中に広がる光景を少年は必死に思い出そうとしたが、無理だった。不思議な、奇妙な夢だったような気がするだけで、他の記憶は全く無いに等しかった。だが少年は、何か引っかかる感じがしていたのだ。
「……」
いくら考えてもどうしても思い出せなかった。
「こら、もう時間よ。つっ立てないで制服に着替えてきなさい」
「分かってるよっ!」
母親の声にしつこく急かされ苛立った少年は、用意された朝食の代わりに、テーブルの真ん中に置いてあったレモンにおもむろにかじりつき、むせ返った。
「ったく、馬鹿なんだから!」
母親の機嫌を益々悪くしてしまったことを、少年は気にすることなく自室への階段を駆け上がった。
「げほげほっ!急がないとっ……げほっ!!」
少年は重い足取りで一番最後の段を越えようとしたと同時に、咳き込んだ。
その拍子に口の中には、先程かじりついたレモンの酸っぱい味が広がった。
「ぅぐ……」
急なリバースに目まいを覚えた少年は、階段で躓き、真っ逆さまに転倒した。
最下まで転げ落ちる少年の意識は朦朧とし、同時に記憶には無かったはずの不思議な夢の光景がちらついた。今朝見たあの夢が、ほんの一瞬少年の頭の中に広がった。
〜part2〜
少年がリビングルームのソファで目覚めたのは、既に正午を回った時で、朝と同じく部屋の中でさえ太陽が眩しかった。
少年がピントの合わない目で周囲を見渡すと、自分に付き添ってくれていたのか、隣で母親が泣いているのが見えた。
「……」
少年は薄目で母親を見つめ声を掛けようとしたが、何故か声が出なかった。
そんな中、母親は少年の顔を見ようともせずに声も無く泣いていた。
まるでモノローグ人形のように、ただ泣いていた。
泣いている母親を目の前にして居たたまれない気持ちになった少年は、再び声を掛けようとするが、やはり声は出ない。少年の思いは、届かない声に掻き消されるだけだった。
やがて少年の頬にも涙が伝った。
「母さん?」
どれくらい時間が経ったのかは分からないが、いつの間にか少年は声を取り戻していた。
そしてその声は、今もなお泣き続ける母親に伝わった。
「あんた、生きてたの……?」
そして、先程まで俯き泣いていた母親は驚いた表情で少年を見た。
少年には、何故先程まで声が出なく母親と会話をすることが出来なかったのか分からなかったが、心のどこかで"ようやくこの世界で受け入れられたのだ"という不思議な充実感を感じていた。
何故か今の少年は、本来ならば『現実』に生きる人間が、『ようやくこの世界に受け入れられた』などと思っているなんておかしな話ではないか、という思考にはならなかった。
単純に母親が涙を止めてくれたのが嬉しいからという訳ではなく、何故か今の少年にはそのような感覚は無かったのだ。
少年は、『現実』を現実的に見られていないのだ。たとえ、小鳥が自分の肩の上にとまり、自分に話し掛けてきても、今の少年なら、不思議な出来事だとか異様な光景だとか、そんな思考にはならないのだろう。
あくまで、今の話ではあるが。
「母さん、どうしたの?俺、なんで寝てるんだっけ?」
いつもの調子を取り戻しつつある少年は、ゆっくりと体を起こし母親に尋ねた。
その拍子に、後頭部の鋭い痛みが少年を襲った。
ううっ、と顔をしかめると同時に、ある光景が少年の頭の中に広がった。
それは今朝、急いで階段を駆け上がっていた拍子に咳き込み、ヤケでかじりついたレモンのむせ返るような酸っぱさに目まいがし、そして階段を踏み外してしまい転倒した光景。
そして、何故だか分からないが、少年自身が小鳥と戯れている光景。
「もしも、この世界が現実で、もしも、あの世界が夢ならば、現実と夢、何を根拠に見分け、判断すればいいのかな……。え?」
無意識と言えるほど自然に、少年はぽつりとそう口にした。
全く内容の繋がらない光景、誰が言ったかは分からないが鮮明に記憶に残っている言葉、それらが少年の頭の中で空回りする。
少年は不思議な記憶に少し怯えながらも、じっくりと考えた。この記憶は何なのだろうか、と。
「あ、そうだ。階段から落ちて、誰かがここまで運んでくれたんだ」
ふと口にした自分の言葉に、少年は違和感を感じることなく続けた。
そうでしょ、母さん、と少年が尋ねようとしたが、母親の目は上の空だった。
そして、「あ、そうそう。あのね、もう一人のあんたは、お隣のおじさんが殺しておいてくれたわよ」
突然母親の口から、少年の問とは全く関係の無い回答が出ると同時に、その場に気味の悪い空気が流れ始めた。
しかも、その母親もまた、先程泣いていた時のように、自動的に言葉を発しているようで気味が悪い。
「え……?ああ、そうなんだ」
しかし、少年が不審に思ったのは束の間で、リビングルームに流れる気味の悪い空気が少年を混乱させ、思考を麻痺させてしまう。
そんな自分の意志とは切り離されたかのような思考に少年は支配され、やがて現実的には有り得ないことであっても納得してしまうのだった。
「階段のとこ、見てきなさい」
少年は、母親が指差したリビングルームの戸を開けた。すると階段付近の廊下に、何かが寝そべっているのが見えた。
「!?」
少年が見たものは、寝そっべていて動かない自分自身だった。
それには首筋から頭にかけて深い裂き傷があるが、血の流れていないその傷は不気味さを一層際立たせた。
少年からその“少年”の顔は見えなかったが、何となく静かに眠っているかのように見えた。
そして、口から流れ出た液体からは、酸っぱいレモンの香りが漂っていた。
──何なんだ?
少年はこの時ようやく、事態の異様さに違和感を感じた。
しかし……。
――いや?何もおかしく無いよ。そう、これでいい。
少年自身が決してそう思いたい訳ではないのだが、何故か勝手に頭の中で、“これが『現実』”だと書き変えられてしまうのだった。
自分の惨たらしい死体を目の前にしているにも関わらず、“何故だ”という思考にはならない。
明らかに『非現実』な物事が、無意識の内に『現実』だという認識に固まってしまうのだ。
此処は、そんな世界だった。
~part3~
少年は自らの死体を自室に運んで行き、ベッドに寝かせた。
両手で簡単に抱き抱えることの出来た自分の肉体の軽々しさに驚くと共に、血色が悪く、暗い表情をしている自分自身を見て、少年は少しの憐れみを感じていた。
だがその反面、何故だか妙にモヤモヤした何かを感じていた。
そんな少年は、訳も分からず自らの死体をベッドから蹴り落とし、ため息をついた。
このモヤモヤした何かが、死体を目の前している恐怖からなのか、それとも、そうではない何かなのかは分からない。自分が何をしているのかも分からない。だからと言って目の前の光景に対し、何ら不思議に思う事は無いし、そんな自分の意識にも何ら違和感がない。
少年はただ、自からの死体を見つめ、その場に立ちつくしていた。
ああ、自分が死んでいるな、と。
「綺麗だな。……はは」
何を言っているんだ、と少年は自らを笑ったが、実際、自分自身の肉体をじっくり見る事など無かったので、今見ている光景に、少しの新鮮さを感じていたのだった。
少しだけ触れてみようかな、と指先を伸ばしたが、何となく躊躇してしまった。
「片付けようか」
少年はそう言って、クローゼットに入っていた梱包材と段ボールを大きく広げた。
そして、それらで包み込むように、ゆっくりと死体を転がしていった。
何の計算もせず包装したため、顔や体は完全に隠れたが、裂けた頭だけは姿を現したままになった。
まあいいかと、少年は筒状になった死体を黒いゴミ袋で包み、部屋の隅に立て掛けた。
だがその時、先程一瞬感じた気持ちが再び甦った。
――俺は何をしてるんだ?
サーッと背中に汗が流れ、少年は訳の分からない寒気を感じた。
――怖い。
突然襲い掛かってきた恐怖に怯えながら、少年はその場から遠ざかろうと必死に足の震えを抑えようとしたが、その時突然、死体が、死体を覆う黒い固まりが音も無く倒れた。
そして、少年の目の前でゴミ袋の結び目が解け、梱包材と段ボールで覆われた頭部が突き出し、裂け傷を負った頭が少年の目に映った。
「うわああああ!!」
あまりの恐怖と気味悪さに少年は喚き叫び、慌てて部屋を出た。
――うっ!!
吐き気がする。目まいがする。ああ、このまま死んでしまいたい。
言う事を聞かない足で、少年は止まり止まりに階段を下りて行った。
訳も分からず驚き狂っている自分が恥ずかしく、落ち着いた態度を装って、そのままリビングルームに入った。
「母さん、ねぇ、あれ捨てておいてよ。邪魔だよ」
そう言って、少年は二階の自室を指差した。
だがそこに居る母親は、何も答えなかった。
荒れ狂う感情を必死に抑えている少年を見つめ、ただ黙りこくっていた。
今朝、ソファで寝ている少年に寄り添っていた時と同じ、モノローグ人形のように。
「どうしたの……?」
少年は尋ねた。だが母親は何も話さない。
やがて少年の鼓動は激しくなり、心の中に少しずつ怒りが湧いてきた。
同時に、少年の頬に涙が伝った。
何なんだよ、と母親を睨みつける。
「隣のおじさんが殺した俺を、捨てて来てくれって言ってんだよっ!!」
少年がいくら涙を流し、声を震わせても、母親は何も反応しない。ただ、少年を見つめているだけだった。
「……何か言ってよ。いつもみたいに説教してよ、母さんっ!!」
少年の声は、まるで何かに消されてしまったかのように伝わることは無かった。
そしてまた、体中が震え出し、目まいがする。
「はあ、はあ。う……」
母親は何も話さない。瞬きはしているくせに、全く反応しない。
少年が流している涙も言葉も、母親には、この母親には、『この世界』のモノではないのだ。
一瞬、少年は自分の声が出ているのかどうかすら疑った。
それなのに、この状況を異常だとか、おかしいとは思わなかった。
心の中のモヤモヤが消えず、絶えず何かが引っかかっている感じがしているにも関わらず、目の前の異常な出来事に対しては、何ら違和感を感じないのだ。
それは、『この世界』がそういう場所だからであり、『非現実』な世界では、そこに居る人間の思考も『非現実』だからである。
「何なんだよぉ!」
少年は掠れた声でそう吐き捨て、自室へ走った。
~part4~
少年は溢れ出す感情が抑え切れないまま、自室に走り込んだ。
そこにはやはり、“少年”の死体があった。
「うぅっ!」
死体の前で、少年は息を切らしながら崩れ落ちた。涙が止まらず、目の前の死体が歪んだ。
――意味が、分からない。
少年はぐらつきながら立ち上がり、青白い顔で死体を見つめた。
――何なんだよ。
「おい、何とか言えよ」
少年は腫れかけた目で、死体を睨みつけた。
そして恐怖など忘れたかのように死体の頭を足で蹴り、“少年”に怒りをぶつけた。
「お前が、お前がぁっ!」
自分が何を言っているのかも分からず、ただ狂ったように死体を蹴り続けた。
この状況に対し何ら違和感を感じないのに、心の中で何かが叫んでいた。
でもそれが何なのか、何故なのかは分からず、少年はただひたすら何かに八つ当たりするしかなかった。
この得体の知れない感情を、何かにぶつけずには居られなかった。
そしてその時初めて、少年と“少年”の目が合った。
少年を見つめる“少年”の目は、もう少しで完全に閉じてしまいそうな程かなりの薄目だったが、それが死んだ人間の目では無く、まだ生きている、眠っている人間の目のようであると少年は感じた。
「お前、何なんだよ……」
状況の悲惨さ、自分の惨めさ、そして心の中で渦巻く何かが同時に少年に襲い掛かり、少年の狂気は絶頂に達した。
「死んでしまええええええ!!」
少年は既に死んでいる死体に向かってそう叫んだ。
そして、すからずポケットから取り出したカッターナイフを、目の前の“少年”に向かって振りかざした。
「っ!ふ、はははは!!」
少年は、切っても切っても血の出ない肉体を夢中になって両手で壊し続け、延々と人間を裂く感触を、快感にも近い表情で味わっていた。
やがて、一層無残な姿になった死体を目の前にし、少年は笑いが抑えられなくなった。
――はは、ざまあ見ろ。
そしてそのまま、少年はカッターナイフを右手にリビングルームへ向かおうと立ち上がった。
だがその時、少年は何処からか聞こえてくる声に足を止めた。
「まだ気付かないの?」
窓からパタパタと部屋に入ってきた小鳥が、少年の肩にとまりそう言った。
~part5~
「え?」
少年が声のする方を見た拍子に、状況とはミスマッチ過ぎるほど綺麗な夕日が顔に直撃した。
そして、勉強机の上に積まれたゲームと、散乱した教科書の上に置かれたノートパソコンが目に入る。
そうかここは自分の部屋なんだ、と少年は思った。
そうして冷静に戻った時、自分の肩で羽を伸ばす小鳥が目に入った。
「お前は……」
そう言って少年は小鳥を見つめた。
「この間も『この世界』で会ったよね」
小鳥は黒い瞳を少年に向け、言葉を続けた。
「君は、今何をしていたの?こんな所で」
「何って……」
小鳥の問いに対し、少年は答えを出せなかった。何をしていたのか、どうしてしていたのか、自分でも分からなかったのだ。
「やっぱり。分からない?『この世界』はおかしいって、気付かない?」
小鳥は自らの羽で、物を言いたげに少年をさすった。
小鳥の言葉を聞きながら、少年は目の前の“少年”見ていた。
そして、心の中で何かが動き始めたのを感じた。
「お前と、昨日会ったよね。そう、『夢』で会ったよね」
少年は、朝目覚めた時には頭から消えていた、この小鳥と出会った場所や出来事は、『夢』だったのだと思い出した。
「正解。君は忘れていたみたいだけど、僕は君の『夢』で君と会った。そしてこう告げた。“もしも、この世界が現実で、もしも、あの世界が夢ならば、現実と夢、何を根拠に見分け、判断すればいいのかな”ってね」
そう言って小鳥は笑った。
この時、ようやく少年の中の歯車が繋がった。
『現実』と、『夢』という二つの歯車が、小さな記憶とともに繋がった。
「お前と会ったこと、忘れてた。でもそれは、そこが『夢』だったから。『現実』と『夢』は、全く別の世界で、そこに居る自分も、また別の存在で……」
少年はゆっくりと、確認するように言葉を並べていった。
「そう。なのに、君たちはその『現実』と『夢』のどちらかか判断ができないで、目覚めてみないと区別が付かないんだよね?今の君みたいに。明らかに非現実で、おかしいことばかりの、全く別の世界なのにね。君と僕が会えるのだって、『この世界』だけなのに。どうして気付かないのかな?」
小鳥は不満げに少年を見つめた。
少年は、目の前に転がっている“少年”を見つめた。
「そうだね。目の前で俺が死んでる。おかしいよね。だから、これは『夢』だって言いたいんだろう?」
「どうして気付かないの?って」
「全くその通りだよ」
その小鳥の言葉を最後に、少年の視界は薄くぼやけていき、やがて消え去った。
~epilogue~
目が覚めた時、少年は階段に続く廊下に寝そべっていた。
どうやら、母親の声で目が覚めたらしい。
「全くもう、大丈夫!?あんた、気を失ってたわよ!?危ないんだから、気を付けなさい!!」
母親は少年に向けて、相変わらずの念仏を唱えていた。だが、そんな母親の目は涙でいっぱいだった。
「あ、母さん。ごめん、レモンで噎せたんだ。心配かけたね」
そう言って微笑み、少年はほっと胸を撫で下ろした。
――『夢』じゃない、ここは、ちゃんと『現実』だ。
「もう、馬鹿息子。早く用意なさい、今日も学校ズル休みするつもり?」
母親は、泣いているのか怒っているのか分からないような声でそう言って、リビングルームに姿を消した。
「ありがとう、母さん……」
少年はそう呟き、窓を見上げ、朝日を浴びた。
眩しいが、今朝ほど憂鬱では無い気がした。
「お前の問いに、簡単には答えられないよ」
少年は、『あの世界』の存在にそう呟きかけた。
「『夢』の中で何ら違和感を感じなかったり、現実的な考えが通用しないのは、それは確かに『夢』と『現実』が別の世界で、そこに居る俺たちもまた、別の存在だからなのかも知れない」
「でも、わざわざ判断しなくたっていいよ。この世界が『現実』でも、あの世界が『夢』でも、その世界全部ひっくるめて『今』なんだから。俺が今、素直に母さんの存在に感謝してるのは、お前が見せた惨たらしい『夢』があったからだよ」
少年は、空に向かって微笑んだ。
「それに夢は、自分の中のもう一つの世界なんじゃないかな。目が覚めて、夢落ちだって残念がっても、自分が居た世界だってことは間違いないし、それは『夢』であり『現実』だったって思っても間違いじゃない。どこかで『現実』と『夢』は、繋がってるんだよ。まあ、嫌な事もあるだろうけどね」
あれ、ちょっと矛盾してるかな?と、少年は少し照れながら笑った。
『現実』と『夢』が必ず繋がっているから、『今』の自分があるのだと思った。
その答えが間違いでも、少年はそう言い切るつもりだった。
「こーらー、なに一人で喋ってんの。早く用意しなさい!」
再び、母親の荒い声が聞こえた。
でも今の少年には、そんな母親の呆れた表情さえ嬉しかった。
『あの世界』の母親とは違う、少年の知っているいつもの母親が居ることが、嬉しくてたまらなかった。
「ねぇ、母さん。隣のおじさん、どうしてる?」
少年は階段に足を乗せたまま、そう母親に問いかけた。
「隣のおじさん?だれよ。お隣は公園でしょう。寝ぼけてるんじゃない?」
母親はそう言って首をかしげた。
「だよね!」
少年は、思わず笑ってしまった。
不思議な気分だった。そして何より、『今』があることが嬉しかった。
これからは、ちゃんと学校にも行こうと思った。
「行ってくるね」
「ちょっと制服は?馬鹿息子っ!」
いつも通りの、母親の声が聞こえた。
「ほんとだ、あはは」
少年は、心から笑っていた。
END
最後まで読んで下さいまして、ありがとうございました。
この物語は、私が実際に見た『夢』を元にしています。
それにしても、『夢』と『現実』って、区別が付かないモノですね。怖いような嬉しいような・・・。
もし機会があれば、手に「これは現実」だと書いて、日々を過ごしてみて下さい。
日常的に習慣化した手の甲にある文字が、『あの世界』で無くなっているのに気付く時、“これは夢だ”と教えてくれるかも知れません。笑
それではまたお会いしましょう。
chaos boat.