第十九話:カオリの転機
無事家には帰れたものの、依然私の仕事は変わらない。
ツトムに言われるまま要求された額を期限までに渡すことだ。
好きなものも買えない。ご飯もいつもおにぎり。終電を逃しタクシーを使うと責められるから始発を待つ。でもカオリは全てに付き合ってくれた。こんな生活に耐えていられるのは、カオリの存在が大きい。彼女もまた、ろくでもない男に苦しめられて、私が支えだったはずだ。私達はいつもお互いを支え合って励まし合った。
でも私もカオリも間違っていた。もっと早くに決断するべきだったのだ。
私達は限界を感じていた。働いても稼いでも、次々とやってくる新しい地獄に。私は言葉で精神的に追い詰められたり脅されたりという感じだったけど、カオリの場合は身体的な暴力を振るわれていて、腕にはいつも無数のアザがあった。それでも離れられなかったのは、やっぱり好きだったんだろう。
そんな時、カオリの方である決定的な出来事が起こった。私達は仕事の他に、自分達で店を通さず客をつかまえていた。そこで客と三人で会っていた時、カオリの携帯に男から連絡が入った。
出てみると無言。しかしよく聞くと微かに話し声が聞こえてきた。泣き叫ぶ女となだめる聞き慣れた男の声。どうやら男が浮気をして、それを女が責めているようだった。
怒り心頭したカオリはすぐさま私と共に男の家に向かった。必ず家に帰ってくると踏んだのだ。
寒空の下、私達は男の家の前の道路を張っていた。するとしばらくして、本当に男が帰ってきた。
男は車で、助手席に若い女の子を乗せていた。どうやら電話口から聞こえた声の主らしい。男は私達に気付くと、家の前で止まらずそのまま走り去ろうとした。
カオリは目の前を今通り過ぎようとする車を止めようとしたが、無駄だった。走って後を追った。一度は止まってウィンドウをおろしたが、カオリがドアを開けようとするとそのまま走りだし、数メートル引きずった。それでも車は止まらず、とうとうカオリが手を離し、道路に転がった。
幸いたいしたケガもなく無事だったけど、
「あいつ他に女がいたんだね。助手席であの女、笑ってた。私が引きずられてるの見て、笑いながらコワイって言ったよ。」
と力無く言った。カオリは、殴られても男を信じていたし憎むことが出来なかった。