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未定  作者: おうか
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Episode 7 ENCOUNT

教室の空気が、ゆっくりと現実に引き戻される。


ガラッ――


「はいはい席つけー」


気の抜けた声と共に教師が入ってきた。

その瞬間、さっきまでの張り詰めた空気が嘘みたいに消える。


「……」


俺は黙ったまま席に座る。


『ケケ……面白ぇな』


グラトニーが小さく笑う。


『あの女、もう半分“消えかけてる”ぞ』


「……どういう意味だよ」


『分かんねぇのか?』


グラトニーは楽しそうに言う。


『あいつ、“二つ”使ってる』


「……っ」


その言葉で理解する。


――天使と、もう一体。


「……自分で削ってるってことか」


『そういうことだ』


授業は始まっているはずなのに、頭に入ってこない。


黒板の文字も、教師の声も、全部遠い。


視線だけが、前の席のアイリスに向いてしまう。


彼女は何事もないようにノートを取っている。


――普通に見える。


でも。


「……なんであんな平然としてんだよ」


『慣れてんだろ』


グラトニーがぼそりと呟く。


『壊れることにな』


「……」


言葉が詰まる。


その時だった。


――ゾワッ


背筋に、冷たいものが走る。


「……なんだ?」


空気が、変わった。


教室のざわめきが、わずかにズレる。


誰も気づいていない。


でも――


カイが、顔を上げた。


ミオも、ペンを止める。


そして。


アイリスが、ゆっくりと立ち上がった。


「……来た」


小さく呟く。


「は?」


次の瞬間――


ガンッ!!


窓ガラスが、外から叩きつけられる。


「きゃっ!?」

「な、なんだ!?」


教室が一気に騒然となる。


ガラスの向こう。


そこにいたのは――


“人じゃないもの”。


黒く歪んだ影のような何かが、窓に張り付いている。


『ケケ……魔物だ』


グラトニーが嬉しそうに言う。


「……こんな昼間に?」


『関係ねぇよ。向こうからすりゃ“餌場”だ』


バキンッ!!


窓ガラスが砕け散る。


悲鳴が上がる。


教室に“それ”が侵入した。


――その瞬間。


「動くな」


低い声。


アイリスだった。


空気が、変わる。


彼女の周囲だけ、温度が落ちたような感覚。


「ここから先は――」


ゆっくりと、手を伸ばす。


その指先に、何もないはずなのに。


ゆっくりと、手を伸ばす。


その指先に、何もないはずなのに。


空間が“歪む”。


『ケケ……出るぞ』


グラトニーが笑う。


次の瞬間。


――スッ


魔物の体が、“削れた”。


「……っ!」


だが、消えない。


削れたのは腕の一部だけ。


黒い体が歪み、すぐに再生しようとする。


「チッ……浅い」


アイリスが小さく舌打ちする。


さっきまでの余裕がない。


『おいおい、さっきと違うじゃねぇか』


グラトニーが笑う。


アイリスは無視して、もう一度手を伸ばす――


が、止まる。


「……っ」


動かない。


ほんの数秒。


その“隙”を魔物は見逃さない。


ギャアアアア!!


一直線に突っ込んでくる。


「危ねぇ!」


カイが前に出る。


ガキィンッ!!


金属音。


カイが攻撃を受け止める。


「連発できねぇのかよ!」


「……うるさい!」


アイリスが吐き捨てる。


その瞬間。


彼女の輪郭が、ほんの一瞬だけ“揺れた”。


「……っ」


俺はそれを見逃さなかった。


『ケケ……いいな』


グラトニーが低く笑う。


『あれ、もう削れてるぞ』


「……何がだよ」


『あいつ自身だ』


ギャアアアア!!


魔物の咆哮が、教室を震わせる。


「チッ……再生早すぎ」


アイリスが距離を取る。

さっき削ったはずの腕は、もう元に戻りかけていた。


「下がってろ!」


カイが前に出る。

金属音と共に、魔物の攻撃を受け止める。


だが――


「くっ……!」


押されている。


「おい……これまずくねぇか」


俺は一歩も動けないまま、立ち尽くしていた。


『どうする、相棒?』


グラトニーの声が、やけに楽しそうに響く。


『使うか?』


「……」


右手が、じわりと熱を持つ。


黒い剣の“感触”が、頭の奥に浮かび上がる。


「……使ったら、記憶が消えるんだろ」


『ああ』


軽い返事。


『でもな』


グラトニーの声が、少しだけ低くなる。


『“選べる”んだろ?』


「……」


そうだ。


どうでもいい記憶なら――


「……」


頭の中を探る。


何か、軽いもの。


失っても困らないもの。


――昨日の晩飯。


「……これでいい」


その瞬間。


黒い剣が、手の中に現れる。


ドクン、と脈打つ。


「っ……!」


頭の奥から、“それ”が引き抜かれる。


一瞬の空白。


「……」


思い出そうとする。


――何食ったっけ。


分からない。


完全に、消えている。


『いいねぇ』


グラトニーが満足そうに笑う。


『軽いが、ちゃんと喰えた』


「……いくぞ」


俺は一歩踏み出す。


魔物に向かって、剣を振るう。


ヒュッ――


――ガンッ!!


「っ!?」


弾かれた。


浅い。


全然、通っていない。


『そりゃそうだ』


グラトニーが肩をすくめる。


『その程度の記憶じゃな』


「……くそっ」


魔物がこちらに視線を向ける。


次の瞬間、突っ込んでくる。


「ルイ!」


ミオの声。


間に合わない――


「……っ!」


俺はとっさに剣を構える。


その瞬間。


頭の中に、いくつもの記憶が浮かぶ。


――どうでもいい会話

――昔の帰り道

――誰かの笑った顔


その中に。


一つだけ、重いものがあった。


「……これ」


胸が、ざわつく。


『お?』


グラトニーが笑う。


『いいのか?』


「……」


一瞬だけ、迷う。


でも。


目の前でカイが押されている。

アイリスは動けない。


――使わなきゃ、誰かがやられる。


「……使う」


そう決めた瞬間。


剣が、強く脈打つ。


ドクンッ――


今度は、さっきとは比べ物にならない。


頭の奥が、強引に引き剥がされる。


「――っ!!」


何かが、消えた。


でも、それが何か分からない。


ただ。


胸にぽっかり穴が空いたような感覚だけが残る。


『いいねぇ……“重い”』


グラトニーが恍惚と呟く。


「……はぁっ……!」


息が荒くなる。


でも。


剣が、さっきとは比べ物にならないほど“重い”。


「これなら――!」


俺は踏み込む。


ヒュッ――


今度は違う。


魔物の体が、大きく“削れる”。


ギャアアアア!!


明確なダメージ。


「いける……!」


だが同時に。


「……あれ」


違和感。


何か、大事なものを思い出そうとして――


思い出せない。


「……なんだっけ」


『ケケ……』


グラトニーが笑う。


『もう戻らねぇぞ』


「……っ」


一瞬、手が止まる。


その隙に魔物が動く。


「馬鹿、止まるな!」


カイの声。


「……ああ!」


俺は歯を食いしばる。


「もう――いい!」


振り切る。


ヒュッ――


魔物の体が、今度は大きく“削り取られた”。


ヒュッ――


黒い刃が空を裂く。


次の瞬間。


魔物の胴体が、大きく“削り取られた”。


ギャアアアアアア!!


断末魔。


そして――


そのまま、崩れるように消えていく。


静寂。


ガラスの破片が、遅れて床に落ちる音だけが響いた。


カラン……コロ……


「……終わった、のか?」


誰かが呟く。


教室にいた生徒たちは、何が起きたのか理解できていない顔で固まっている。


「……はぁっ……」


俺はその場に立ったまま、荒い呼吸を繰り返す。


手に持った黒い剣は、いつの間にか消えていた。


『いい食いっぷりだったなぁ、相棒』


グラトニーが満足そうに言う。


「……うるせぇ」


俺は額の汗を拭う。


その時。


「ルイ」


ミオが近づいてくる。


「大丈夫?」


「ああ……なんとか」


「……ねえ」


ミオは少しだけ不安そうに、俺の顔を覗き込んだ。


「さっきの、覚えてる?」


「さっき?」


「うん。戦う前……ちょっと話してたでしょ?」


「……」


思い出そうとする。


――何を話してた?


頭の中に、ぽっかりとした空白がある。


「……いや」


言葉が詰まる。


「なんか……思い出せない」


ミオの表情が、わずかに固まる。


「……そっか」


小さく頷く。


それ以上は何も言わない。


でも、その沈黙がやけに重かった。


「おいルイ」


カイが近づいてくる。


「さっきの、あれ……」


「ああ」


俺は自分の手を見る。


「これが、俺の力らしい」


「……代償は?」


「……記憶」


短く答える。


カイは一瞬だけ目を細めた。


「……そうかよ」


それ以上は何も言わなかった。


ただ、少しだけ距離を取った気がした。


その時。


「……やっぱり」


小さな声。


アイリスだった。


いつの間にか、すぐ後ろに立っている。


「使ったのね」


「……ああ」


「どのくらい?」


「……分からない」


正直に答える。


アイリスは少しだけ目を伏せた。


「そう」


短く、それだけ。


でも。


その視線が、ほんの一瞬だけ優しかった気がした。


「……あんた」


俺は思わず聞く。


「なんで分かるんだよ」


アイリスは小さく息を吐いた。


「見れば分かるわよ」


「……何が」


「“削れてる顔”してる」


「は?」


意味が分からない。


『ケケ……言われてるぞ相棒』


グラトニーが笑う。


「……うるせぇ」


その時。


「きゃあああああ!!」


教室の外から悲鳴が上がる。


全員が反応する。


カイが舌打ちする。


「……まだいるのかよ」


ミオが静かに呟く。


「さっきの、単体じゃなかったんだ……」


アイリスは窓の外を見ている。


「……増えてる」


その一言で、空気が一気に張り詰めた。


俺は無意識に手を握る。


さっきの感覚が、まだ残っている。


――もう一度使えば。


でも。


「……っ」


頭の奥の“空白”が、じわりと広がる気がした。


何かを、もう一つ失えば――


「……どうする」


カイが言う。


「行くぞ」


迷いのない声。


ミオも頷く。


アイリスは何も言わず、歩き出す。


俺だけが、一瞬だけ立ち止まる。


『どうする?』


グラトニーの声。


『また喰わせるか?』


「……」


俺は、ゆっくりと顔を上げた。


「……行くに決まってんだろ」


足を踏み出す。


――もう戻れないって、分かってても。

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