Episode 3 契約とその代償
「ようこそ、特別な契約者の世界へ」
リリスのその一言で、部屋の空気が少しだけ重くなる。
「……特別な契約者って、なんなんだよ」
俺はカップを置きながら問い返す。
グラトニーは腕を組んで、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
『ふん、今さらだな』
「うるさい、俺は何も聞いてねぇんだよ」
リリスはゆっくりと頷く。
「そうですね……では、簡単にご説明いたします」
彼女は窓の方へと歩き、カーテンを少しだけ開いた。
外には、いつもと変わらない街の景色が広がっている。
――だが、どこか“違う”。
「この世界には現在、“異界”から魔物が流入しています」
「……それは、ニュースで少し見たけど……」
「ええ。ただし、あれはほんの一部に過ぎません」
リリスは振り返る。
「人間が認識している以上に、世界はすでに侵食されています」
その言葉に、背筋がぞくりとする。
『ケケ……ようやく現実が見えてきたか?相棒』
「……黙ってろ」
リリスは続ける。
「その脅威に対抗するため、人間は“人外の存在”と契約する道を選びました」
「人外って……」
『俺様みたいな悪魔、ってことだな!』
「ええ。他にも妖精、妖怪、そして――天使」
アリエルの姿が頭をよぎる。
「……あいつも、そういうことか」
「はい。契約者はそれぞれ異なる存在と契約し、力を得ます」
リリスの瞳がわずかに細くなる。
「ただし、その力には必ず“代償”が伴います」
部屋の空気が、少しだけ冷える。
「記憶、感情、血、能力……何を失うかは契約相手によって異なります」
『クク……いいだろ?俺様の力は』
グラトニーがにやりと笑う。
「……全然よくねぇよ」
俺はぼそりと呟く。
「そして――」
リリスは少しだけ間を置いた。
「Sクラス寮に集められるのは、その中でも“特に適性の高い契約者”です」
「適性……?」
「はい。強い力を引き出せる者、もしくは――」
一瞬、リリスの視線が俺に刺さる。
「“特別な条件を持つ者”」
「……それって、俺が?」
「さあ、どうでしょう」
リリスは微笑むだけで答えない。
『ふん、決まってるだろ』
グラトニーが偉そうに言う。
『俺様が選んだからだ』
「……それ、理由になってるのか?」
リリスは小さく笑う。
「いずれ分かります。嫌でも」
その言い方に、軽い冗談じゃないものを感じる。
「最後に一つ」
リリスはドアの前に立ち、振り返った。
「この寮では、契約者同士が関わることになります。協力も、対立も……全ては自由です」
「……対立?」
「ええ。力には代償がある以上、“奪い合い”が起きることもありますから」
『ケケ……面白くなってきたな』
グラトニーが嬉しそうに笑う。
俺は、何も言えなかった。
――悪魔と契約した時点で、
普通の生活には戻れないってことか。
「……まじかよ」
リリスは最後に、静かに一礼する。
「それでは、ごゆっくりお休みください。ルイ様」
ドアが静かに閉まる。
部屋には、俺とグラトニーだけが残された。
『さて相棒』
グラトニーがにやりと笑う。
『まずは肉だな』
「……はぁ」
ため息をつきながら、俺は天井を見上げた。
――戦いは、もう始まっているらしい。




