Episode 2 Sクラス寮
寮に戻ると、俺の部屋は今後『特別室』となるらしく特別な寮棟『Sクラス寮』へとお引越しとなったらしい。
荷物は寮のメイド達が既に入院中に移動させたらしく、俺はグラトニーが入ったケージをもってSクラス寮の201号室へと入る。
『…おい!俺様を早く出せ!』
「はいはい、わかったから待てよ…」
俺はため息をつきながらケージの扉を開ける。
次の瞬間、グラトニーは勢いよく飛び出し――ベッドの上に着地した。
『ふはははは!解放だぁ!ここが俺様の新しい縄張りか!』
「縄張りって……俺の部屋だからな、それ」
グラトニーはベッドの上をぴょんぴょん跳ね回り、カーテン、机、クローゼットと次々に視線を向ける。まるで品定めをしているかのようだ。
『むむ……広いな……そして――匂いがする』
「は?」
グラトニーはぴたりと動きを止め、鼻をひくつかせた。
『これは……肉の匂いではないが……“うまそうなもの”の匂いだ……』
「やめろ、勝手に何か食うなよ」
嫌な予感しかしない。
俺は慌てて冷蔵庫の前に立つ。
「これは俺のだ。勝手に食うな」
『ケチくさい奴め……相棒のくせに』
「だから相棒じゃないっての……」
部屋を見渡す。
Sクラス寮――その名前の通り、今までの寮とは明らかに違っていた。
広めのワンルームに、しっかりした家具。
生活に困らないどころか、むしろ過剰なくらい整っている。
「……なんなんだよ、これ」
『ふん!当然だ!俺様と契約したのだからな!特別扱いは当然だろう!』
「お前のせいかよ……」
グラトニーは得意げに胸を張る……が、サイズが小さすぎて全く威厳がない。
その時――
コンコン、と扉がノックされた。
「……もう誰だよ」
『む!?敵か!?』
グラトニーが一瞬で戦闘態勢に入る。
「いや早いって」
俺がドアに手をかけると、外から落ち着いた声がした。
「失礼します。Sクラス寮専属のメイドです」
「……メイド?」
一瞬、思考が止まる。
この寮、なんか色々おかしくないか?
俺はゆっくりとドアを開けた――
そこに立っていたのは、黒髪を腰まで伸ばしたメイド服の女性だった。
整った顔立ちに、どこか人間離れした妖しさを感じる。
「初めまして。Sクラス寮専属メイドのリリスと申します」
静かに一礼するその仕草は完璧で、隙がない。
「……あ、どうも」
思わず気圧される。
その瞬間――
『なっ……!?』
後ろから、グラトニーの声が明らかに変わった。
『お、おいルイ……こいつ……』
「ん?」
グラトニーは珍しく警戒した様子で、リリスを睨みつけている。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静かだ。
リリスはそんなグラトニーを一瞥し、わずかに口元を緩めた。
「ふふ……可愛らしい契約悪魔ですね」
『可愛いだとぉ!?この俺様を……!』
一瞬でいつもの調子に戻るグラトニー。
「……やっぱりうるさいな」
リリスは何事もなかったかのように話を続ける。
「ルイ様、本日よりこちらのSクラス寮にて生活していただきます。必要なものは全てこちらでご用意しておりますので、ご安心ください」
「……あの、なんで俺だけこんな部屋なんですか?」
俺の問いに、リリスはわずかに目を細めた。
「“特別な契約者”だからです」
その言葉だけが、妙に重く響く。
『ふん!当然だ!俺様と契約したのだからな!』
グラトニーがまた胸を張る。
「いや絶対それだけじゃないだろ……」
リリスはくすりと小さく笑った。
「詳しい説明は後ほど。まずはお疲れでしょうから、お茶をご用意いたしますね」
そう言って、自然な動作で部屋の中へと入ってくる。
――まるで最初からここが自分の領域であるかのように。
グラトニーはその背中をじっと見つめ、小さく呟いた。
『……ルイ、気をつけろ』
「え?」
『あの女……ただのメイドじゃねぇ』
その言葉の意味を考えるより先に、
リリスは何事もなかったかのように振り返る。
「どうかされましたか?」
「……いや、なんでもない」
俺はそう答えながらも、胸の奥に小さな違和感が残るのを感じていた。
――この寮も、このメイドも、そしてこの生活も。
どうやら思っているより、ずっと“普通じゃない”らしい。
リリスは静かにカップを並べ、お茶を注ぐ。
その所作はあまりにも優雅で、音すら立てない。
「どうぞ、ルイ様」
差し出されたカップを受け取りながら、俺はどこか落ち着かない気分になる。
「……ありがとうございます」
『……』
グラトニーは珍しく黙っている。
いや、違う。
――睨んでいる。
リリスを。
その視線は、さっきまでのふざけたものじゃない。
明確な“警戒”だ。
「……どうしたんだよ」
小声で聞くと、グラトニーは俺の足元に寄ってきて、さらに声を落とした。
『ルイ……あいつ、同類だ』
「……は?」
『しかも……俺様より上だ』
一瞬、背筋が冷える。
その時だった。
「ふふ……聞こえておりますよ」
リリスが、何気ない顔でこちらを見ていた。
「……っ!?」
『ちっ……』
グラトニーが小さく舌打ちする。
リリスはカップを自分の口元へ運びながら、穏やかに微笑む。
「自己紹介がまだでしたね」
――空気が、変わる。
さっきまでの“ただのメイド”の気配が、すっと消えた。
「私はリリス。確かに“メイド”ではありますが……」
一瞬だけ、彼女の瞳が深く、妖しく揺れる。
「悪魔側の存在でもあります」
静かに告げられたその言葉に、部屋の空気が一段重くなる。
「……え?」
理解が追いつかない。
「ご安心ください。敵ではありません」
リリスはあくまで穏やかに続ける。
「この寮にいる限り、私は“管理者”として皆様をお守りする立場ですので」
『守る、ねぇ……』
グラトニーが低く唸る。
『随分と都合のいい立場じゃねぇか』
リリスはその言葉にも微笑みを崩さない。
「悪魔にも役割はございますから」
その言い方は、どこか“人間の常識の外側”にあるものだった。
俺はカップを持ったまま、ただ二人を見比べることしかできない。
悪魔と契約した俺。
天使と契約した誰かがいて。
そして今、目の前には――
“悪魔側のメイド”。
「……なんだよ、この生活」
思わず漏れた言葉に、リリスはくすりと笑った。
「ようこそ、特別な契約者の世界へ」
その微笑みは優雅で――
そして、どこまでも底が見えなかった。




