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5話 失意の輪郭

 私には双子の妹がいる。


 リリスとセレナ。

 同じ茎に並んで咲いた百合のように、二人はよく似ていて、そして美しかった。


 白磁のように滑らかな白い肌。

 光を含んだ碧い瞳と、絹糸を束ねたかのような金色の髪。

 少し微笑むだけで場の空気を変えてしまうその表情は、目を引かずにはいられないほどに愛らしい。


 二人は生まれたその瞬間から、ヴァレンシュタイン子爵家にとって『特別な存在』だった。


 それに対して、私が『平凡な長女』と見なされるようになるまで、そう時間はかからなかった。

 勉強も、家政も、家のために必要なことは一通りこなしてきた。

 けれど、妹たちのように“そこにいるだけ”で褒められることは、一度もなかった。


 今になって思う。

 私は姉として、妹たちに何か示せていたのだろうか。


 両親が二人を大事にする気持ちも、理解はできた。

 だから、社交界で起きた小さな軋轢も、行き過ぎた言動も、すべて私が引き受けた。


 それが『姉の役目』だと、信じていたから。


 男児に恵まれなかったヴァレンシュタイン子爵家の跡継ぎ問題についても、両親は焦りを見せなかった。

 リリスとセレナがいれば、それでいいのだと。


 予想通りだった。

 成人の儀を終えて社交界に出た双子は、瞬く間に注目を集めた。

 誰もが振り返り、誰もが噂し、誰もがその名を口にする。


 ――ヴァレンシュタイン子爵家の双子。


 だから、驚くことはなかった。


 セレナの縁談相手が、赤字続きだった北方領を立て直し、その手腕を王城にまで知らしめた侯爵家嫡男――レオナルド・シルベリアだと知ったときも。


 むしろ、納得しかなかった。

 立場は子爵家より上でも、社交界を賑わせるセレナと彼なら、申し分ない縁談だと思えた。


 ――けれど。


『イリア・ヴァレンシュタインが、今後一切、社交の場に立たれないこと』


 縁談に添えられたその「条件」を聞いたとき、私は初めて、はっきりと失望した。


 妹たちを支配し、使用人を恫喝し、子爵家の資金を持ち出した――

 そんな噂で塗り固められた“偽物の私”を、侯爵家は拒絶したのだ。


 しかも、その条件を両親はあっさりと受け入れた。


 妹たちの未来のためなら、長女ひとりの人生など取るに足らない。

 そう判断されたに過ぎない。


 理解はできた。

 けれど、耐えきれなかった。


 私は、その日のうちに家を飛び出した。


 そして今日。

 私は、自分の居場所を奪った人物――レオナルド様と会うことになっている。


 まだ詳しい話は聞かされていない。

 けれど、これが良い話であるはずがないことだけは、私も分かっている。


 ◇


 ユリウス様の屋敷で暮らし始めて、今日で八日目になる。


 午前中は、いつもと変わらなかった。

 仕事部屋で書類を整理し、窓際ではユリウス様が無言で本を読んでいる。


 ページをめくる音と、ペン先の走る音だけが、静かに部屋に響いていた。


 この光景にも、いつの間にか慣れてしまった。


 視界の端で、本が閉じられる気配がした。


「……そろそろだな」


 低い声で、ユリウス様が言う。


「レオナルドが到着する頃合いだ」


 その名を聞いた瞬間、胸の奥が微かに揺れた。

 ユリウス様は私の様子を一瞥し、それから続ける。


「そういえば、彼から君の話を少し聞いた」


 私はペンを止めた。


「……どんな話でしょうか」


「セレナ嬢との縁談で、君と少し揉めたそうだな」



 揉めた――その言葉が、ひどく遠回しに聞こえて、思わず苦笑が漏れる。


「あれは、揉めたというほどのことではありません。

 今のヴァレンシュタイン子爵家には、私より妹たちの方が大事なので」


 言葉が途中で詰まる。


「……妹たちを優先するのは当然で、私は――」


 ――私は。


 その先が、出てこなかった。


 頭の中には、続くはずだった言葉がはっきりと浮かんでいる。


 姉としての役目を果たしてきた、と。


 そう言えたら、楽だったかもしれない。

 けれど、それはこれまでの人生すべてを“自分で選んだ犠牲”にしてしまう気がして、どうしようもなく悔しく、情けなかった。


『お姉様っ!』


 幼い頃、二人が私に抱きついてきた記憶が、唐突に蘇る。


 嫌いじゃない。

 今でも、嫌いにはなれない。


 未練すら、残っている。


 けれど。

 あの記憶から成長した彼女たちの世界に、もう姉としての私は映っていない。

 いつしか私は、便利な存在として扱われるようになっていたのだろう。


 そう割り切ってきたはずだったのに――。




「頑張ったんだな、イリア嬢」




 その一言が、胸の奥に落ちた。

 理解しようとしても、言葉として噛み砕けない。


 代わりに、指先が熱を帯びる。

 握りしめた手の甲に、ぽたりと何かが落ちた。


 そこでようやく、私は気づいた。


 ――ああ。私は、泣いているのだと。


 両親にも、姉としても、一人の人間としても、認められたことはなかった。

 妹を大事にする姉でいることを、誰もが当然だと思っていた。

 私自身も、そうだと思い込んでいた。


 けれど、ユリウス様の言葉で目が覚めた。

 他人が認めなくても、せめて私だけは、自分を認めてやるべきなのだと。


「……私は、とても頑張りました」


「ああ、分かっている」


「すみません、こんな話をユリウス様にして……今からレオナルド様とお会いするのは分かっているんですけど、その……止まらなくて」


「気にするな。落ち着くまでここにいろ。レオナルドが到着したら、俺から伝えておく」


 それはユリウス様にとって、何気ない労いだったのかもしれない。

 けれど、その言葉は私にとって確かに背中を押すものだった。


 私は涙を手で拭い、深く息を整える。


「……いえ、大丈夫です。もう行けます」


 これから過去と向き合う。

 妹のために、と弁える必要などない。侯爵家が相手でも、私は自分のために意見を述べるのだ。


 私は覚悟を決めた。

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