閑話 双子の談笑
ユリウスの屋敷にレオナルドが訪問することに決まった、その三日前の夜。
姉妹用の居間では、双子のよく似た笑い声が響いていた。
部屋の中央に置かれた長椅子に腰掛けているのは、双子の姉、リリス。肘掛けに身を預け、行儀の悪い姿勢で菓子皿に手を伸ばしている。
その向かいの椅子に座っているのが妹のセレナだった。膝の上には本が開かれているが、いつものことで特に集中して読んでいるわけでもない。
二人にとって、就寝前のこの時間は日課であり、日々の楽しみでもあった。
使用人が用意した甘い菓子をつまみ、他愛ない話をして笑い合う。
この家では、それが『双子の過ごし方』だった。
「ねえ、セレナ。知ってる?」
ふと思い出したように、リリスが口角を上げる。
その表情には、単なる好奇心以上の色が滲んでいた。
唐突な問いかけに、セレナは本をめくる手を止める。
「なに?」
「ふふ、お姉様が今どこにいるかって話よ」
リリスは無邪気を装った表情で言うが、その瞳は楽しげに細められている。
それを見たセレナは一瞬躊躇ったあと、すぐに本を閉じて顔を上げた。
「私は知らないけど。リリスは知ってるみたいだね、誰から聞いたの?」
「まぁ、あくまで噂よ、噂。でも、面白い内容よ。聞きたい?」
セレナは小さく頷いた。
本よりも『姉の噂』へと意識が傾いている自分に気づきながらも、止められない。
その様子を見て、リリスは満足そうに微笑んだ。
「公爵令息のユリウスって知ってるでしょ?」
「あの女好きって有名な?」
「そうそう! 私が前に、公爵家とは知らずに話しかけた相手よ」
「噂ではもちろん知ってるけど、私は直接お会いしたことはないかなぁ……」
「普段表に出てこないのは、屋敷に女を連れ込んでるからって話らしいわよ」
真偽など、二人にとっては問題ではなかった。
噂は事実かどうかよりも、どう使えるかが重要なのだ。
それに、と。
リリスはわざとらしく間を置き、声を弾ませる。
「お姉様が今いる場所こそ、ユリウス様の屋敷らしいわ!」
根拠の曖昧さなど、最初から気にも留めていない。
不確かな噂だというのに、リリスは楽しそうに言い切った。
「ほんと!?」
「事実は知らないけど、ユリウス様とお姉様を見たって目撃情報は多いわ」
くすり、とリリスが笑う。
その声音には、身内を案じる色は微塵もなかった。
「家を出てどこに行くかと思えば……やっぱり、勢いよく家を出たのは虚勢ね。あたし、おかしいと思ったのよ」
「おかしい?」
「今じゃ、うちの不始末に対する矛先はお姉様よ。そんなお姉様を匿う貴族なんて、まともなわけないわ」
かつて、ユリウスの元へ謝罪に行ったのが誰だったか。
リリスはよく覚えている。
だからこそ、二人の関係をそう結論づけるのに、迷いはなかった。
「よりにもよって、居候先はあの女好き公爵令息。お姉様も救いようがないわね、ほんと」
「お姉様、可哀想〜」
セレナの声は柔らかい。
だが、その言葉に温度はなかった。
姉の話題は、それで終わった。
まるで、価値のない噂話だったかのように。
「そういえばリリス、今日のギレム辺境伯の令嬢の件、放置して大丈夫なの? 早めに謝った方が――」
「え、謝る? 私が?」
リリスは即座に遮った。
「でも、結構怒ってたよ?」
「ふん、知らないわ。田舎者に都会の常識を教えてあげただけよ」
菓子を口に運びながら、平然と言い放つ。
「まったく、セレナもお姉様みたいになってきたわね。そんな弱音ばっかり吐いてたら、貴族の恥って言われるわよ? そんなの嫌でしょ?」
「それは嫌だけど……」
「でしょ? だから気にしなくていいの」
それよりも、とリリスは話題を切り替える。
「昨日レオナルド様とお出掛けはどうだったの!」
「どうって、何もなかったかなぁ」
「何もって? 楽しくなかったの?」
「楽しくないとかじゃないけど……真面目すぎるというか、少し融通が利かないの」
その言葉に、リリスは堪えきれず声を上げて笑った。
「ふふん、顔がつまらなそうだものね」
身内の婚約者であっても、リリスにとっては他人事だった。
「リリスったら酷い」
「冗談よ。拗ねないで」
そして、さも当然のように続ける。
「まぁセレナなら簡単に落とせるわ。男なんて、女が泣けばなんでも言うことを聞くようになるんだから。特にあたしたちが相手なら、男なんて余裕よ」
それは経験から出た言葉だったのか、それとも疑いもしない傲慢さだったのか。
少なくともリリスの中に、疑うという選択肢は最初から持っていなかった。
「……そう、だよね!リリスの言う通り!」
セレナは一瞬ためらい、それから同意するように小さな声で。でも大きく頷いた。
「で、レオナルド様とは次いつ会うの?」
「……明日」
「明日!?ふふん、いいじゃない。頑張ってきなさい!」
居間には、変わらず穏やかな笑い声が残った。
暖炉の火は静かに揺れ、甘い菓子の香りが夜気に溶けていく。
その夜、二人は何も疑わず、何も気づかないまま眠りについた。
自分たちが口にした噂も、軽い冗談も、すべてが『いつものこと』だと信じたまま。
ただひとつ。
イリアがいなくなったヴァレンシュタイン子爵家では、これまで当然のように保たれていた均衡が静かに、しかし確実に崩れ始めていた。




