WW3A
会長「あのさ、ネズミを捕まえたって聞いたんだけど?」
瀬能「あ、会長さん。・・・ネズミなら物置に隠して置きました。」
会長「悪いねぇ。・・・まだ、自警団には見つかってないんだろ?」
瀬能「まだ騒いでいない所をみると、見つかっていないようです。ネズミも運が良かったのでしょう。・・・会長さん、案内しましょうか?」
会長「悪いね。」
瀬能「今、瑠思亜が見張っています。」
瀬能「会長さん。こちらです。」
皇「あ、杏子!お前ぇぇぇ!つまんねぇ仕事、押しつけやがってぇ!」
瀬能「瑠思亜、ご苦労様。」
皇「ごくろうじゃねぇよ!」
会長「まあまあ瑠思亜ちゃん。」
皇「会長?・・・私、こういう地味な事、向かないんだよ?こういう地味な事は目の前の地味女にさせろよ?」
瀬能「だれが地味だ?」
皇「お前だよ?お前!」
会長「それで瑠思亜ちゃん、ネズミは?」
皇「そこ。」
会長「ああ、君がネズミか?」
男「う゛うう゛ぅ・・・」
皇「今、喋られる様にしてやるから。いいか?慌てると自分の舌、噛むぞ?いいな?・・・取るからな。」
男「あ゛あ゛あ゛あ!なんなんだよ!これは!・・・縄とれ!ほどけ!この野郎!」
皇「まったく。慌てて喋るなって言っただろ?・・・うるさい。・・・会長、もう一回、黙らせるか?」
会長「いや、いい。そのままで。」
瀬能「・・・これではまともな会話が出来ません。」
男「お前たちは何者なんだ!ここはどこだ!・・・どこなんだいったい!俺を放せ!」
グゴっ
男「ん゛」
皇「お前、少し、大人しくしろ。・・・いいか?大事にされていられるのはお客様の間、だけだ。あんまり、お喋りが出来ない猿だと分かれば、すぐにここから出してやる。猿だと分かれば只でさえない人間の人権が、通用するとは思えないけどな?」
瀬能「あ、そうだ。鎮静剤、打ちますか?」
男「んん゛っ」
瀬能「私、医師免許も何も持っていないので注射はそれほど得意ではありません。・・・間違って空気が入ったらごめんなさいね。さて、腕、出して下さい。」
皇「ほら、お前。地味だけど、見た目だけはかわいい看護婦さんが注射してくれるってよ?」
瀬能「・・・地味だけ余計です。」
皇「お前、地味だろ?性格も悪いし。」
瀬能「性格が悪いのはお互い様でしょう?さて、お注射ぴゅっぴゅしましょう、ねぇ?」
男「ん゛ん゛ぅう゛ううう゛」
会長「何か、言いたそうだね?」
皇「早く注射、打ちたいんだろ?」
男「わかった!わかった!・・・いう事を聞く。あんた達のいう事を聞く。・・・だから、待ってくれ。待ってくれ!」
瀬能「別に言う事を聞かなくてもいいんですよ。鎮静剤で大人しくさせるんですから。」
会長「あんた、私らも悪いようにしないから、聞かれた事は素直に答えてくれ。」
男「・・・ああ。分かった。分かった。だから、そこの女を下げてくれ。頼む。」
会長「自己紹介が遅れたが私は、ここら辺の顔役だ。自治会長と呼ばれている。まあ、国が崩壊しているんだから自治も何もないがね。それで、あんたは、何者なんだね?畑で泥棒してたって聞いたが?」
男「ああ。俺は商人だ。・・・大阪から来た。泥棒したのは悪いと思っている。キュウリが美味そうだったから、つい。」
瀬能「大阪から来た?・・・本当でしょうね?」
男「嘘じゃない。本当だ。今回は大阪から来ただけで、日本中、回っているんだ。」
会長「行商人みたいなもんかね?」
男「行商人?・・・・そんないいもんじゃねぇよ。何か仕入れたら、それを持って、他所で売る。それをひたすら繰り返してたら、日本中、旅するハメになったってだけの話だ。ま、どこに行っても、厄介ものだけどな。」
皇「・・・じゃあ何か、泥棒して盗んで、他所で高く売る、って寸法か?」
男「待て、待て、待てって!・・・確かにそういう事もする事もあるが、この町じゃまだ、やっちゃいねぇ!」
瀬能「泥棒をする前に捕まえましたからね。」
会長「まだ被害にあった訳じゃないから、穏便に済ますって方法もある。このまま国外追放が一番、揉めなくて済みそうだけど。」
皇「会長・・・こういう奴は、どこ行ってもやるぜ?」
会長「かと言って、ここに置いておく訳にもいかないだろう?ただ飯を食わせる余裕なんかないし。」
瀬能「会長さんが言う様に、国外追放が無難だと私も思います。」
男「待てって。俺の話を聞いてくれ。流れもんっていうのも、商人っていうのも、本当だ。大阪から来たのも本当だ。怪しいもんじゃない。それだけは信じてくれ。」
会長「まあいいだろう。・・・だがな、商人さん。ここら辺じゃ、売れるもんも買うもんも、何もない。あんたにゃ得になるもんが何もない場所だ。泥棒だけしなければ釈放してやろう。」
男「本当か?」
瀬能「何もないっていうのが本当。」
男「なあ、あと一つだけ。・・・なんでもいいんだ。なにか食う物を分けてくれないか?」
皇「お前、商人のくせに物乞いか?」
男「ああ、久しぶりの自由だ。」
皇「たかだか半日、拘束されただけじゃない。大袈裟な。」
男「メシ、ありがとな。」
皇「古米だけどな。・・・お前、用がないんだったら早く出た方がいいぞ?」
男「なんだ?また拘束されるってでも言うのか?」
皇「お前、バカだな。」
男「・・・あんた、初対面の人間に対して言う言葉じゃあ、ないよ?それは。」
皇「ん?・・・あ、悪い。いや、本当に悪かった。そりゃそうだ。初対面の人間に対して言う台詞じゃあないよな。悪かった。・・・こういう生活してると、常識が欠乏していくんだな。」
男「いや、いいんだ。」
皇「どうして、あんたを自由にしたと思う?」
男「いや、まったく、わからん。」
皇「自警団っていう連中が出るんだ。」
男「自警団?・・・なんだそれ?」
皇「手に負えない連中さ。元自衛隊、元警察官、そういう奴等が集まって出来た集団だ。最初は、アメリカ、中国、ロシアの軍人相手に日本人を守る自警団だったけど、今は素行の悪い奴等だけが残って、やってる事は軍人と同じ、金品やら食い物やら、使えそうなものを強奪していく、名前だけの自警団さ。」
男「・・・名前は違うけど、日本中、そういう奴等が増えているよ。俺も厄介になった事がある。」
皇「へぇ。」
男「勘違いすんなよ?あいつ等は、欲に弱いんだ。ま、ちょっと、袖を握らしてやれば見逃してくれる。俺は、そうやって旅してきた。・・・捕まるたんびに無一文だけどな。」
皇「・・・じゃあ今回は運が良かったな。そういう会長じゃなくて。」
男「全財産が没収されなくて良かったよ。」
皇「そうとも限らないぜ。うちの会長は揉め事が嫌いなんだ。お前を匿う事で、背負い込むリスクの方が高くなると踏んだんだろう?」
男「・・・なるほど。俺を自警団とやらに売った、って訳か。」
皇「滅多に自警団も来ない場所だけどな。ここは。・・・自警団が来るって事は、それなりに価値があるって事だろ?ここは何もない。本当の意味での空白地帯だ。」
男「空白地帯ねぇ。」
皇「お前、地図、持ってるか?」
男「ああ。」
皇「ここは、長野県安曇野だ。もう国の様を成していないから別段、住所に意味もないけどな。」
男「安曇野か?ああああ。諏訪を抜けて行きたかったんだけどな。」
皇「案外、上田を抜けて行った方が、長生き出来るかもな。」
男「なにかあるのか?」
皇「お前、軽井沢に行った事は?」
男「いや。・・・行こうと思っていた所だ。」
皇「軽井沢は官公庁が軒並み、機能移転してきている。」
男「官公庁って?」
皇「・・・首都移転だよ。東京はダメだ。お役人様はこぞって軽井沢に逃げてきた。そこで軽井沢に拠点を作って、国の機能を維持している、という噂だ。」
男「・・・噂ね。国が崩壊しているのに、役人だけいたって意味ないだろ?」
皇「・・・そこは私が知る術もない。ただ、いずれ、領土がどこかの国のものになった時、交渉したりなんだり、よく分からないけど、そういうのの仕事をする連中が集まっているんだろ?とかく厳重だ。自警団の連中も、軽井沢では容易に暴れない。本物のアーミーがお役人様を守っているからな。」
男「本物?・・・自衛隊?」
皇「軽井沢は既に第二の東京だ。経済も物流も軽井沢に集まってきている。・・・中に入っちまえば天国だが、外は地獄。ここは軽井沢に近い場所だが、さっきも言った通り、軽井沢にあらゆるものが集中しているから、安曇野は空白地帯。近すぎて目に入らないらしい。忘れ去られた土地だ。・・・案外、静かに暮らすには良い場所だけどな。」
男「・・・首都機能が移動したという噂は聞いていたが、まさか、軽井沢とは。」
皇「軽井沢の下、見てみろ?」
男「下?」
皇「ああ、その下じゃない。南って意味じゃなくて、県道を東京に向かって走ってみろ?群馬だろ?・・・群馬は、政治家の防衛拠点だ。」
男「防衛?」
皇「元々群馬は総理大臣を幾人も出していた政治色の強いお国柄で、未だに、その威光が強い。それを頼って避難してきた政治家が群馬に集中しているんだ。党派閥関係なく、今や群馬は政治の中枢。国家の意思は群馬で決まると言って過言じゃない。軒並み、核シェルターが掘られて政治家が隠匿生活している、という話だ。政治家の拠点が群馬にあり、峠を越えた先の軽井沢に、官公庁の拠点。政治、経済、物流、その全てが、群馬県と長野県の境にある。これだけ山の中だと、アメリカ、中国、ロシアもおいそれと攻撃は出来ないだろうからな。」
男「おまけに山の中だ。水もあるし、それを回せば発電も出来る。・・・籠城するには持ってこいの場所だな。」
皇「・・・そう。厄介な連中が近所に住みついた訳さ。」
男「あんたは、ここの生まれなのか?」
皇「痛い所をつかれたね。・・・私も疎開で流れて来た身だよ。ここに住んでいる連中はみんなそうだ。追われ、追われて、山の中。気が付けば山と山の間に挟まれたこんな所まで来ちゃった訳よ。」
男「それじゃあ、お互い様じゃねぇか。」
皇「案外、長野の土地は、地盤が固いので有名でね。お役人様も政治家様も、どこかれ構わず逃げてきた訳ではないみたい。・・・頭がキレる連中だからな。」
男「・・・それは知らなかった。」
皇「お前、これからどうする気だ?・・・軽井沢に行くのか?」
男「その物流の中心で、商売が出来れば、ひと儲けできるんだろ?」
皇「・・・・呆れたバカだな。あんな所は、コネの世界だ。コネが無ければお目通りもさせてもらえないだろ?」
男「なんかあれだな。時代劇の世界だな。・・・そういう取り仕切っているボスみたいなのに気に入られないと商売も出来ないのか?」
皇「ああ、もちろん。あんな所は近づかない方が身の為だ。・・・悪い事は言わない。このまま引き返して、静岡まで出て、東海道を東に行けば、東京に出られる。」
男「俺は大阪から来たとは言ったが、別に、東京に行くとは、言っていないだろ?」
皇「・・・そうか。それは、すまなかった。」
男「俺が見て来た限りでは、東京は既に日本の中枢ではない。瓦礫の山だ。さっき、あんたも言っていた様に、頭の良い官僚や政治家はどっかに逃げた後だ。まさか群馬と長野にいたと思わなかったけどな。北海道、東北、北関東はロシア勢。新潟と中心とした日本海側は、中国。太平洋側はアメリカ。大阪から向こう中国地方、四国、九州は、中国とアメリカがずっと小競り合いをしている。日本人に自治権なんてもんは無くなった。それこを自治を行使できるのは、それなりに権力を持っているお役人様と政治家様ぐらいだろ?防衛費からくすね取った火器で武装して、主人を守っている。もし、ロシア、中国、アメリカの軍隊が攻めてきたらドンパチでもするのかねぇ?ハトに豆鉄砲だろ?」
皇「・・・あいつ等は、元警察、元自衛隊の蛮行組織から主人を守る犬だ。・・・日本人の敵は日本人なんだよ。」
男「まったくバカばっかりだな。救いようがない。」
皇「お前もそうだろ?」
男「ああ。俺も救いようがない。救われようがないバカだ。・・・かと言って、どこかに落ち着いて暮らすアテもない。まさか日本が戦争に巻き込まれて、一億総難民時代になるとは誰も予想しなかっただろうなぁ。」
皇「このまま、三国の内戦状態が続けば、ロシアから核ミサイルが飛んでくる可能性だってある。・・・そうなればどこにいても逃げ場はない。」
男「日本に限った話じゃない。大陸弾道ミサイルは地球の反対側からだって届くんだ。標的は日本に限らないんだぜ?・・・日本でドンパチやったって、朝鮮戦争の時みたいに軍事でお金が儲かる時代じゃない。・・・アメリカだって、こうなっちゃえば、太平洋の玄関口としての意味が日本にないから、いつ、手を引くか分からない。」
皇「・・・日米安保なんて幻想よ。何をいまさら。」
男「ちょっと前まで難民に冷たかったのに、反対に、国民全員が難民になるとはな。お笑い草だぜ。」
皇「権力がある連中は、とっくに日本から逃げて行ったけどね。どこに行こうが、金があろうが、難民は難民だけどね。」
瀬能「・・・随分と仲がおよろしい様で。」
男「あ゛?」
皇「・・・なにぃ?なんか用?」
瀬能「あなた、まだ、出発しないのなら、ご飯くらい用意しようと思いまして。瑠思亜もご飯、食べるでしょう?」
男「そうだな。・・・身の振り方を考えるか。食ってから考えよう。」
※本作品は全編会話劇です。ご了承下さい。