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第8話 侵略的外来令嬢VS魔法の毒リンゴ(01)

 リブラフルール王立学園、正門付近。


 付近に所有するタウンハウスから通う学生と、寮から通う学生が合流する地点で、アステルは敬愛する人物の姿を発見した。


 遠くから見てもすぐに分かるその高身長と優美な立ち姿に、アステルは飼い主を見つけた子犬のように嬉しそうに駆け寄っていく。


「ソフィア様、おはようございます!」


「あら、シルキーさん、おはようございます。今日も元気でいいわね~」


「えへへ、ありがとうございます! ソフィア様もいつも通り麗しいですね! あ、ゼット様もおはようございます」


「おはようございます」


 もしアステルが本当に犬であったなら、ふわふわの尻尾が勢いよく振られていたことだろう。そんな騒がしい人なつっこさを発揮しながらこちらを見上げてくるアステルに、ソフィアはまあまあと頬に手を当てながらまんざらでもない顔をしていた。


 その時、カツンっと高らかなヒールの音とともに、ミニアがソフィアたちの横に並んだ。


「あら、騒がしいと思えばソフィアじゃないの。もう少しそちらの飼い犬さんを躾けたほうがよろしいのではなくて?」


「むっ、私は飼い犬じゃありません!」


 挑発的に言うミニアに、アステルは反射的に噛みつく。すると、ソフィアはわざとらしい声色で言った。


「あらあら、わたくしは飼い犬でも良いと思うのだけれど」


「えっ! じゃあ私、飼い犬でいいです! やったー、ソフィア様の飼い犬万歳!」


「ふふ、冗談よ~。シルキーさんは子犬のようにころころと表情が変わって可愛らしいけれど、飼い犬ではなくわたくしのお友達でしょう?」


「はっ……! そうでした! 私、お友達でした! お友達なんて嬉しいーっ!」


「うふふふふ」


 乱反射するようなガラス細工のようなまばゆさで移り変わるアステルの表情に、ソフィアはほのぼのと笑い、ミニアとゼットも仕方なさそうに笑う。


 四人は和やかに会話しながらそのまま校舎に向かって歩いて行ったが、入口が見えてきた頃になって思い出したようにミニアが言い出した。


「ああそういえば、ソフィア。今日、校舎入口で持ち物検査があるそうよ」


「……えっ」


 ソフィアは小さく言うと、ぴたりと足を止めた。それに気づかず、ミニアは歩きながら事情を口にする。


「この前、あなたに喧嘩を売った一年生が、未申請のマジックアイテムを学内に持ち込んでいたでしょう? この学園は外敵を排除する結界で覆われているけれど、学生本人が持ち込む校則違反の私物は防げないものね。学園側も対策を打ったってところかしら。……ソフィア、どうしたの?」


 数歩歩いてからソフィアの異変に気づいたミニアが振り返り、彼女に声をかける。立ち止まったソフィアは、笑顔のまま石のように固まっていた。


 アステルはとことこと歩み寄ると、声をかけながら彼女の目の前にひらひらと手をかざす。


「ソフィア様? どうしたんですか? おーい?」


 それでもソフィアは動こうとはせずに、笑顔のまま硬直している。その顔には彼女らしからぬ冷や汗が流れていた。


 いち早くその異変の原因を察したのは、ゼットだった。


 ゼットはそっとソフィアに歩み寄ると、彼女が片手に提げている通学カバンを指し示す。


「……ソフィア様、カバンの中身を確認しても?」


「えっ!?」


 ソフィアは咄嗟にといった様子で、カバンを胸元に抱え込んだ。


「な、何も入っていませんわ。大丈夫ですわ」


 声を震わせて分かりやすく動揺するソフィアに、ゼットは一歩歩み寄って圧力をかける。


「何も入っていないのなら、中身を見ても問題ありませんよね?」


「うぅ、でもでも殿方が、乙女の持ち物を見るのはどうかと思うのだけれど……」


「俺は男性である以前に貴女の付き人ですよ。危険物が入っている可能性があるのなら見過ごせません」


 さらに一歩距離を縮めるゼット。ソフィアは命乞いのように目に涙を溜めて首をいやいやと横に振る。


「ゼット、お願いよぉ……」


 並大抵の精神力の持ち主であれば、こんな表情で懇願されればすぐに許してしまっていただろう。だが、残念ながらソフィアが今相手にしているのは、長年の付き合いであるゼットだ。そんな泣き脅しが通用するわけもなく、ゼットはプレッシャーを放ちながら彼女の名前を咎めるように呼んだ。


「ソフィア様」


「うう……分かったわぁ……」


 ソフィアは観念すると、胸元に抱えていたカバンをゼットへと差し出した。彼はそれを慎重に受け取ると、地面に置いて中身をあらためはじめた。


「はぁ……やっぱりですか」


 カバンの蓋を開けた瞬間、ゼットは大きなため息をつき、混沌としている中身へと手を突っ込んだ。


 そしてそれを引き抜くと、ずるっという擬音が聞こえてきそうな勢いで、ゴミの山がカバンから溢れ出てきた。


 ゼットはその中から紙くずを拾い上げる。


「これは?」


「ええと、魔方陣練習用の羊皮紙の切れ端かしら」


「ゴミですね。捨てます」


「ああっ!」


 どこからともなく取り出したゴミ袋に、ゼットはぺいっと紙くずを放り込む。


「これは?」


「多分、何かのメモの書き損じかしら」


「ゴミですね。捨てます」


「あうっ!」


 容赦なく紙くずをゴミ袋へと放り込み、ゼットはお菓子の包み紙を拾い上げる。


「これは?」


「ゴミですわ」


「じゃあなんで捨てないんですか!?」


「だ、だってだって! お友達に『これ捨てておいて』って渡された大切なものなんですもの!」


「それはお友達ではありませんし、どの学年のどなたですか、今すぐ消して参りますので速やかに教えてください」


「はぅ……」


 次々に容赦なく捨てられていくカバンの中身に、ソフィアはしょんぼりと肩を落とす。


 それを遠くで見ながら、アステルとミニアは囁き合った。


「なんだか意外です。ソフィア様って、勝手に綺麗好きなんじゃないかと思っていました」


「基本的には綺麗好きですわよ。身だしなみもお嬢様として満点ですし。でも本人曰く、代々受け継いでいる人外の血のせいで、自分のものだと思ったものをため込む癖があるんですって。真偽のほどはさだかじゃないけれどね」


「はぇー、そんな話が……」


 眉唾の話を聞きながら、アステルは相づちを打つ。


 その時、仕分け待ちのゴミ山の中から、艶やかな赤色のリンゴが一つ、アステルたちのほうに転がってきた。


 あまりに美味しそうなその見た目に、思わずアステルは手を伸ばそうとする。


「わっ、綺麗なリンゴですね!」


「下手に触らないほうがよろしくてよ。ただのリンゴに見えますけれど、命を奪う呪物かもしれませんわ」


「ひ、ひぇぇっ!?」


 伸ばしかけた手を慌てて引っ込め、アステルはミニアの後ろへと逃げる。ミニアは、叱られた子犬じみたその挙動に、思わずうずっと彼女の頭を撫でたくなったのを堪えた。


「……あなた、本当に子犬みたいね。これからは子犬さんと呼んで差し上げますわ。感謝しなさい」


「ええっ!? 私、子犬じゃありませんよっ!」


 アステルとミニアが騒がしくやりとりをしている間に、カバンの中身のチェックは終わったらしく、ゴミ袋を抱えたゼットが立ち上がった。


「これで全部ですかね。俺は校舎に行く前に焼却炉にこれを持って行きますから、皆さんは先に登校してください」


 そう言い残すと、ほとんどゴミに分類されたそれを持って、ゼットはすたすたと立ち去っていった。


「うぅ、ひどいわぁ……あんまりよぉ……」


 せっかくため込んだおもちゃを洗濯される大型犬じみた様子で嘆くソフィアに、道行く生徒たちは見て見ぬふりをして通り過ぎていく。


「それにしてもあんな量、どうやってカバンに入っていたんでしょう」


「魔法でもかかっていたのかしら。そうとしか思えない量よね……」


 アステルとミニアは立ち去っていくゼットの背中を見ながらそう囁き合い、彼の姿が見えなくなってから、妙に静かにしているソフィアへと振り向いた。


「ソフィア様、元気出してください!」


「ほら、ソフィア。いつまでそうして――」


 その時、二人の目に飛び込んできたのは、艶やかなリンゴを持ち上げて笑みを浮かべるソフィアの姿だった。


「ふふ、捨てるぐらいなら食べてしまってもいいわよねぇ」


「えっ」


「えっ」


「いただきまーすっ」


 ソフィアは人とは思えないほど大きく口を開けると、リンゴ丸々一個を口にそのまま入れた。


 ごくん、という音とともにリンゴが飲み込まれ、アステルとミニアは一瞬で起きた蛮行に何も出来ず間抜けな顔をする。


「えっ」


「えっ」


「ぐぇ、ううーん……」


 次の瞬間、ソフィアの体はふらっと揺れると、ばたーんと派手な音を立てて、地面へと勢いよく倒れた。


「ソフィア!?」


「ソフィア様ぁあああ!?」

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