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第7話 侵略的外来令嬢VSお嬢様番付トップランカー(後-02)

「お嬢様バトルとは! この庭園に敷かれた石畳を優雅に歩き、各関門に設置された試練を乗り越え、先にゴールのガゼボまで辿り着いた方の勝ちという、他に類を見ない神聖な競技ですわ!」


「まあ! つまり障害物競争ということね? そういう庶民的な競争をしたことがないから楽しみだわ〜!」


「ふん! ぜんっぜん違いますことよ! 『優雅に歩く』と言ったのをお忘れになって?」


 ミニアは部員から手渡された指示棒の先でコンッと黒板を叩いた。


「お嬢様はいつ何が起ころうとも、心を乱してはならない存在ですわ。ゆえに心を乱し、石畳から足を踏み外すといったお嬢様らしからぬ失態を犯した方は即敗北! 命を狙う仕掛けに襲われることになりますの!」


「っ……!?」


 ミニアの発言に、ゼットは思わず身構えてソフィアのもとに向かおうとした。しかし周囲を固めるお嬢様たちに一斉に睨まれ、飛び出しかけた姿勢で硬直する。


 ミニアはそれに気づくと、自分の髪をさらっと優美に靡かせながら彼に目を向けた。


「あら、忠義に満ちた従者をお持ちなのね。大丈夫よ、命懸けとはいえこれは競技。一般的なレベルのお嬢様ならまず危険な目に遭うことはなくてよ」


「……そうですか」


 ゼットは踏み出していた足を戻し、元の通りに壁際に控える姿勢になった。それを見届けると、ミニアは説明を再開する。


「用意された関門は3つ。美しき薔薇の棘、小川に潜む影、そして花園の足止め。それら全てを優雅に歩きながらクリアした上でゴールを目指す。ルールはこれくらいですけれど、ご質問はあって?」


「いいえ。ミニアさんの説明がわかりやすいからよく理解できましたわ〜」


 ほわほわと笑いながらの言葉に、ミニアはまたもやグッと心がぐらつくのを堪えた。


「っ……本当に素晴らしいお嬢様力ですわね。いいでしょう、それなら速やかにお嬢様バトルを始めましょうか!」






 風のような勢いで準備は整い、数分後にはソフィアとミニアは並んでスタート地点に立っていた。


「さあ、いよいよ始まります、お嬢様バトル公認戦! 実況解説は麗しのウグイスことロビン・ワーブラーと、なんかその辺にいた殿方でお送りいたしますわ!」


「……ゼットです。ソフィア様の付き人です」


 即席で作られた実況席に、小鳥のようにふわふわの髪をしたロビンと、居心地が悪そうなゼットが腰掛ける。


 当然、ゼットは望んでここに座ったわけではない。だが競技が一番よく見えるこの場所の方がいざという時対処しやすいと諭され、しぶしぶ実況解説に協力することになったのだった。


「選手のお二人は、準備はよろしいですか? よろしければ合図をよろしくお願いします!」


 ロビンに呼びかけられ、ミニアは気高く高潔な笑みを、ソフィアはふわりと包み込むような微笑みを実況席に向ける。


 その直撃を受けたロビンは、胸を押さえて大袈裟に呻いた。


「はうっ!! な、なんて破壊力なの……! これは勝負が分からなくなってきましたねぇ! ゼット様!」


「鼻血が出ていますよ。どうぞハンカチです」


「あら、ありがとうございますわ」


 興奮で鼻血を垂らすロビンに、ゼットはそっとハンカチを差し出す。ロビンはハンカチで鼻を押さえながら、マイクに向かって声を張り上げた。


「それでは開始しましょう! 3、2、1……スタートです!」


 開始の合図とともに、ソフィアとミニアは同時に石畳へと歩みを進めた。


 コツン、コツン、と。二人分のヒールの音が、麗しい庭園に調和して響き渡る。


 ミニアの靴のヒールは低い身長を補うように高いものになっているが、ソフィアは対照的に低めのヒールだ。


 それゆえに、転びやすいという意味ではミニアは不利であるはずだが、彼女はそれを感じさせない堂々たる姿で前へと進んでいた。


「おっと、先に最初の関門に辿り着いたのはミニア様だ! この地点はわざと薔薇の生垣と通路の距離を縮めてあります!」


「なるほど……気をつけて歩かなければ薔薇の棘で服が破れるという関門ですか。お嬢様であればそのようなことで服を汚損させないと」


「その通り! ですが当然それだけではありません! あちらをご覧ください!」


 ロビンが興奮した面持ちで示した先には、ミニアとソフィアが鞭のようにうねる薔薇の蔓に襲われている姿があった。


「……すみません、俺の目が悪いのだとは思いますが、あれは薔薇ではなく食人植物では?」


「いいえ? あれは薔薇ですわ。ちょっと人を襲う習性はありますが、バラ科の植物ですもの」


「じゃあ薔薇ですかね……?」


 ゼットは浮かせかけた腰を椅子へと戻す。どこからどう見てもあれは食人植物だったが、それに立ち向かうソフィアがとても楽しそうだったからだ。彼の行動原理はソフィアの笑顔を最優先にすることである。


 そんな一瞬の葛藤が起きたことにも気づかず、襲いかかる攻撃の全てを、ソフィアは最低限の動きで避けていく。


 小柄な体躯を生かして軽やかに回避するミニアとは真逆な緩慢な動きだというのに、ソフィアの服には傷一つついていなかった。


「ミニア様、とっても素敵な散歩道ですわね。わたくし、気に入ってしまいましたわ〜」


「ふ、ふん! なかなかやるじゃない! でも次はこうはいかないわよ!」


 薔薇ゾーンをほぼ同時に抜けた二人は、小川のほとりへと辿り着いた。


「さあ、両者、小川ゾーンに入りました! ここでは小川に住む魚が近づくものに水を飛ばしてきます!」


「なるほど。お嬢様たるもの、水飛沫ぐらい避けなければならないということですね」


「ええ! 正確には水ではなく強酸ですが!」


「は?」


 小川の中からデス・テッポウウオが射出する強酸が、ソフィアとミニアに襲いかかる。


 ソフィアたちは涼しい顔でそれを避け、ただの散歩のように並んで歩き始めた。


「ふふ、小川でお魚を飼っていらっしゃるのね。可愛いわ〜!」


「覗き込むのはやめておいたほうがよろしくてよ。デス・テッポウウオは強酸で獲物を仕留めて食い尽くす、獰猛な肉食魚だもの」


「まあまあ! 活きがいいってことね〜! きっと美味しいのね〜!」


「……確かに食べてみたことはなかったわね。今度試してみようかしら」


 今が命懸けの勝負の真っ最中だということを感じさせないほど、二人の会話は平和なものだった。


 しかしミニアはハッと正気に戻ると、ソフィアに闘争心に満ちた目を向けた。


「余裕ぶっていられるのもここまでよ。最後の関門で引き離させてもらうわ!」


 そう言うと、ミニアは堂々たる足取りで、歩くスピードをぐんと早めた。向かう先に広がっているのは、はちみつ色の粘液が広がる道だ。


「ミニア様が一歩リードして最後の関門に進みました! この花園ゾーンは周囲に植えてある花の蜜が垂れ流され、道全体がネバネバになっています!」


「道がどれだけ悪くてもお嬢様ならば転ばないということですね。良かった。今回は危険生物はいないんですね」


「まさか! もちろん設置してありますよ! お嬢様虫の巣穴がね!」


 ロビンが指し示したのは、花園の中央に開いた大穴だった。人一人が潜り込めそうなほど大きなその入り口の奥では、無数のお嬢様虫が獲物を探して蠢いている。


「その花の蜜はお嬢様虫の大好物! 今は落ち着いていますが、道から逸れて花園に落下しようものなら、お嬢様虫たちに襲い掛かられることは間違いありません! ちなみにお嬢様虫には猛毒がありますので、本当に気をつけてくださいねーっ!」


 ロビンは手を大きく振って二人に呼びかける。一方ソフィアたちは、粘つく地面に足を取られそうになりながら、必死で体勢を保って前に進んでいた。


「っ、ここはっ、難所ですわねっ」


「ええ……でも、ふふっ、わたくし今とっても楽しいわ」


 涼やかな顔を崩さずに、ソフィアはそんなことを言う。ミニアはきょとんと振り向いた。


「……え?」


「同じ年頃の方と、こうやって同等に競い合って、ちょっと悔しいって思う瞬間も嬉しいって思う瞬間もあって、それってすっごく素敵なことねって思いましたの。尊くて大切にしたくて……本当にとっても楽しいわ。ミニアさんもそうではなくて?」


 ソフィアに問いかけられ、ミニアは意表をつかれた顔をすると、すぐにニヒルな笑みを浮かべた。


「ふふん。ソフィアさん、それがわたくしがなりたい『ライバル』というやつですわ」


「ライバル……」


「ええ、わたくしはお友達は要りませんけれど、ライバルなら大歓迎ですのよ。この戦いに勝利して、名実ともに貴女には、お嬢様番付のライバルになってもらいますわ!」


 気高い獣のような目で宣言され、ソフィアも一瞬驚いた後、好戦的な笑みを浮かべた。


「ふふっ、わたくしもお友達のことは諦めていませんわよ?」


「その意気や良しですわ! さあラストスパートですわよ!」


 二人は蜜の道を歩くスピードを上げ、ゴールのガゼボへと邁進する。順位は目まぐるしく入れ替わり、あと少しでゴール地点というところまで来てもまだ勝負はわからない。


 しかしその時、デッドヒートに夢中になっていたミニアは、普段ならば絶対にミスをしない段差で足を滑らせた。


「あっ……」


 間抜けな声を上げて、ミニアの体は花園の中に倒れていく。


「ミニアさん!」


 それに気づいたソフィアは、咄嗟に自分の体で庇う形で彼女を抱き込んで一緒に花園へと落下していった。


 ドサっと音を立てて、二人の体は花園へと倒れ込む。ソフィアが庇おうとした結果、ミニアはソフィアの体の上に乗る形で倒れたので無傷だった。


「うーん……」


 倒れた拍子に頭を打ったのか、ソフィアは目を回している。ミニアは呆然とソフィアの名を呼んだ。


「ソフィアさん、あなた……」


 しかしその感傷を遮るように、ブーンという低い羽音が急速な勢いで彼女たちに近づいてきた。


 花園に獲物が落ちたことを察したお嬢様虫の群れが、一直線に二人に襲いかかってきたのだ。


 ミニアは、咄嗟に防護魔法を展開しようとしたが、自分の詠唱速度と実力では自分一人しか守れないと瞬時に理解した。


 だからミニアは――ソフィア一人に防護魔法をかけ、自分は単身でお嬢様虫たちに向かい合った。


「ここは通さないわよ、虫ケラさんたち――!」


 雄々しい雄叫びとともに、ミニアはお嬢様虫を攻撃魔法で迎え撃つ。しかし奮闘も虚しく、数秒後には獰猛なお嬢様虫たちの牙は、ミニアの体へと食らいついていた。






 ミニアが次に目を覚ますと、大粒の涙を流して泣くソフィアの腕に抱えられていた。


「ミニアさんっ、ミニアさんっ……」


 周囲を見ると、すぐに駆けつけてきた助けの応戦によって庭園はボロボロになっていた。当然お嬢様虫たちの姿もなく、危機は去ったのだとミニアは理解する。


 安堵のまま、顔を上に向けると、ソフィアが流し涙がぽつぽつとミニアの頬に当たった。


「どうして、わたくしを庇ったりだなんて……っ」


「ふっ、どうしてでしょうね……貴女とは競い合いたいだけだったのに……体が動いてしまったのよ……。先に転んだのは、わたくしですし……勝負は、貴女の勝ちね……」


 自嘲するように言うミニアに、ソフィアは彼女の体を抱きしめて叫ぶ。


「そんなことどうでもいい! わたくしは、勝負の勝ち負けも、貴女がお友達でもライバルでも、どっちでもいいの……! ただ笑って隣に立ってほしいだけなのに……!」


「ふふ、そんなに熱いラブコールを受けたのは初めてよ……。もし、次に目覚めることがあったら、その時はわたくしたち……」


 その言葉を言い終わることなく、ミニアの全身から力が抜ける。


「ミニアさん……ミニアさん……っ!」


 動かなくなったミニアを抱きしめるソフィアの嗚咽は、変わり果てた庭園に響き続けるのだった。







 時は戻って現在。


 話を聞き終わったアステルは、顔をぐしゃぐしゃに歪めて泣いていた。


「そ、そんなのってないですよおっ、せっかくソフィア様に、対等なお友達ができたのにっ、そんな別れ方なんてぇ……!」


「あらあら、鼻水まで出てるわよ。ほら、これでお拭きなさい?」


「ううっ、ありがとうございまず……」


 ソフィアから受け取ったハンカチでアステルは顔を拭こうとする。


 その時――窓の外から怒り狂った少女の声が、談話室へと飛び込んできた。


「ちょっと、ソフィア! 勝手に殺さないでくださる!?」


「まあ、ミニア。木登りなんてしてどうしたの?」


「逃げたお嬢様虫を捕獲しに来たのよ! そしたら貴女がまるでわたくしが死んだみたいに話してるから!」


「ふふふ、ごめんなさい。軽い冗談よ」


 ソフィアと気安く喋る少女に、アステルはぶるぶる震えながら無作法に指を突きつけた。


「もしかして、ミニアさんのお化けですかぁ!?」


「違うわよ! 失礼な子ね! 普通にあの後、治癒魔法で回復できただけよ!」


「す、すみません……」


 木の枝の上で憤慨するミニアに、アステルは縮こまる。そんな彼女を上から下まで見て、ミニアはふんっと鼻を鳴らした。


「あなた、全然お嬢様ではなさそうね。でもソフィアがサロンに上げてるなら、これからに期待かしら」


 アステルはきょとんと目を丸くした後、元気に返事をした。


「はい、伸び盛りです! お褒めいただきありがとうございます!」


「褒めてないわよ何なのこの子……」


 ドン引きして顔を歪めるミニアに、アステルは子犬が尻尾を振っているかのような無邪気な笑顔を向ける。


 ソフィアは困ったように眉を下げた。


「あらあら、わたくしのお友達たちはもう仲良くなったのね〜。ちょっと嫉妬しちゃうわ〜」


「仲良くしていませんわよ!?」


「えへへ、照れちゃいます」


 噛み合わない会話に憤慨しながら、ミニアは窓から談話室へと侵入する。ゼットによってミニアのための食器と椅子が用意され、和やかなお茶会が再開した。


「ミニア様ってソフィア様のお友達なんですよね! 私もソフィア様のお友達になりたくて!」


「はあ? お友達じゃなくてライバルですけど? 何を勘違いなさっているのかしら?」


「またまた〜! 照れ隠しですね!」


「違うと言っているでしょう!? 本当に何なのこの子……!?」


 ぎゃんぎゃんと騒がしいアステルとミニアのやり取りを眺めながら、ソフィアは感慨深そうにゼットに囁いた。


「ねぇゼット、わたくしこの学園に来て良かったわ」


「ええ。俺もそう思いますよ」

VSお嬢様番付トップランカーはこれでおしまいです。

続きは明日のはずなのでぜひブックマークしてお待ちください。

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