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第5話 侵略的外来令嬢VSお嬢様番付トップランカー(中)

入学した直後のソフィアの過去編です。

 遡ること一年前――


 入学して間もないソフィアは、ちょっとした悩みを抱いたまま、初々しい学生生活を送っていた。


 ソフィア・アームドレディは異邦人である。


 彼女の出身地は、この学園が存在するリブラフルール王国の北方に位置する、ブレイブ王国だ。


 ブレイブ王国は、技術面においてもインフラ整備においてもリブラフルール王国を初めとする周辺各国に後れを取っており、領土のほとんどが山間部であるということを踏まえても、決して栄えているとは言いづらい。


 少なくとも、周辺の国はそうやってブレイブ王国を評価している。


 田舎者。未開の土地の野蛮人。脳筋ばかりで話が通じない。


 そんな恐ろしい国から麗しの令嬢、ソフィアが学園に入学して数ヶ月が経過し、彼女を取り巻く環境はじわじわと変わっていった。


 最初は興味本位で彼女に接触しようとする学生も多かった。だが、徐々にその身のうちに秘めた彼女の暴力性に恐れをなし、ソフィアの周囲からは人が消えていったのだ。


 そして今、ソフィアは学園の中央に位置する中庭で、大きなため息をついていた。


「はぁ……寂しいわぁ……」


 まるで絵画のような優美さで、ソフィアは憂鬱な息を吐く。通りがかった男子生徒のうちの一人がそれに目を奪われて立ち止まりそうになったが、周囲の友人たちが慌てて彼の頭を小突き、引きずるようにその場を後にした。


 中庭を歩きながら愁いを帯びた表情で嘆くソフィアに、その斜め後ろに控えていたゼットは問いかけた。


「ソフィア様、一体どうしたのですか?」


「ああ、ゼット。わたくし、とっても寂しいのよ。折角、生まれ育った土地から離れて身分も力も関係なくお友達ができるかもと思っていたのに、なぜか皆さん、わたくしと交流してくれないの。ゼットは何が悪いと思う?」


 ゼットは笑顔で固まると、すぐに気を取り直して進言した。


「……そうですね。とりあえず、出会った方々への挨拶として、持ち運んでいるレンガを握りつぶすのを止めてみてはいかがでしょうか?」


「ええっ! でも、初対面で力量を見せつけるのは、貴族のたしなみではなくて? 無駄な争いを呼ばないために、初対面でちゃーんと力の差を分からせるのは必要でしょう?」


「実はですねソフィア様。その風習はブレイブ王国にしか存在しないんです。他国でそれをやると、ただの無意味な威嚇と捉えられます」


「まあ! そうだったの? なんで教えてくれなかったの~恥ずかしいわぁ~!」


 ソフィアは赤面しながら、ゼットの肩をばしばしと叩いた。当然、彼の肩の骨は粉砕されたが、常時発動している治癒魔法によって即座に破壊された骨は修復される。


 ちなみにゼットは自分の骨が粉々になったことを一切悟らせないよう、激痛の中でも一切表情を変えなかった。なぜなら、ソフィアを悲しませるのは彼の本意ではないので。


 ゼットは骨の修復を終えると、真面目な顔でふむと考え込んだ。


「何度、お相手に逃げられても同じようにレンガを破壊しているので、てっきり田舎者となめられないように示威行為をして回っているのかと思っていました」


「むぅ……。わたくしが礼儀のつもりでやっていたことで、周囲の皆様が離れていく結果になっていたなんて考えも及ばなかったわ。それに引き換え、ゼットは常識的に物事を見ることができてすごいわね~」


「お褒めいただき光栄です」


 ぐりぐりといささか乱暴に頭を撫でられ、折角整えられたゼットの髪がぐちゃぐちゃに乱れていく。しかしゼットはそれを甘んじて受け入れているので、ソフィアが力加減を間違えていることに気付くことはなかった。


 ゼットは自分のことを常識人だと思っているが、結局のところ彼も野蛮で常識外れのブレイブ王国出身者であり、それ以上にソフィア至上主義過激派なのだ。


「でも、それに気付けたのは大収穫だわ! これからはレンガで威嚇するのを止めて、もっと友好的に――」


 その時、ぐっと拳を固めて前向きな決意をするソフィアの服の胸元に、親指ほどの大きさの甲虫が激突した。


 甲虫はそのまま彼女の服にしがみつくと、大音量で鳴き声を響かせ始める。


「オーッジョッジョッジョッジョーー……」


「あら?」


 並の女性であれば叫び声を上げるほど大きな虫に留まられたというのに、ソフィアの反応は平然としたものだった。


 それどころか、とても面白いものを見つけたという様子で、きらきらと幼い少女のように目を輝かせている。


「まあまあ! 美しい輝きの甲虫さん、一体どこからいらしたのかしら?」


「ソフィア様、不用意に触れようとしないでください。軽くつまんだだけで潰れてしまうかもしれませんよ」


「はっ、それもそうね。ゼットは本当に賢明ね~!」


 ソフィアはゼットの言葉に従い、甲虫に伸ばしていた指を引っ込めた。身の危険を察知して威嚇のポーズを取っていた甲虫は、危機が去ったと判断したのか、再び奇妙な鳴き声を発し始める。


「オーッジョッジョ……オージョッジョッジョー……」


「ふふふ、圧倒的強者の服に留まってることにも気付かず鳴いてて、本当に可愛らしいわ~! ぎゅーって指先でひねり潰してしまいたいぐらい!」


 ほのぼのとした表情から放たれる物騒なワードに、騒ぎに気付いて集まりつつあった生徒たちは一斉に後ずさる。


 そのままいつも通り、蜘蛛の子を散らすように周囲の人々が逃げ去っていくと思われたその時、一人の令嬢の声が、野次馬の向こうから朗々と響き渡った。


「あなたがた、道をお開けなさい! わたくしが通るわよ!」


 可憐かつ傲岸不遜なその声に、野次馬たちは慌てて道を譲る。人の壁によって自然と作り出されたその道を通って、堂々と歩み寄ってきたのは、気が強そうな目元が特徴的な少々小柄な令嬢だった。


「あら、あなたは……?」


「ミニア・オジョスニア。この学園の二年生よ。まだ幼体とはいえ、お嬢様虫が留まるなんて、あなたなかなかのお嬢様ね。名を名乗りなさい」


 真っ直ぐに目を見据えながらのミニアの言葉に、ソフィアは思わず目をぱちくりとさせた。


 190センチ超えのソフィアに対して、ミニアの身長は150センチ前後しかない。


 しかし、身長差は実に40センチ以上あるというのに、ミニアは堂々とソフィアを「見下ろして」いた。


 絶対的な自信を秘めた眼差しと、体格差のあるソフィアに対して一歩も引かない態度。その二つをもってして、彼女はソフィアに対して、「自分の方が上だ」と全身でアピールしていたのだ。


 一方のソフィアは、その心意気を受け入れ、ミニアに丁重な礼で挨拶した。


「ソフィア・アームドレディですわ。ブレイブ王国からの留学生ですの」


 制服のスカートをつまみながら、優美に足を引いて、滑らかな動きで一礼。


 後光が差すほどの完璧な所作での挨拶に、ミニアは思わずぐらりと体のバランスを崩しそうになった。


「くっ……なんて神々しいお嬢様オーラですの。嫉妬すら覚えますわ」


 ぎりぎりと悔しそうに歯ぎしりをするミニアに、ソフィアは顔を上げて不思議そうに尋ねる。


「ミニアさん、どうかされましたの?」


「い、いえ? 何でもありませんことよ。それよりソフィアさん、あなたをお嬢様番付に推薦して差し上げますわ! 光栄に思いなさい?」


 気圧されたということを悟られないよう、ミニアは声を張り上げて大上段から宣言する。しかし、ソフィアの反応は芳しくなかった。


「お嬢様番付……って何かしら? ゼットは知っている?」


「いいえ、不勉強なもので存じ上げず」


 ほのぼのと話し合うソフィアとゼットに、ミニアはふんっと鼻を鳴らして説明し始める。


「お嬢様番付とは、このリブラフルール王立学園の中でつけられている序列のことですわ! 優れた令嬢をお嬢様度で順位づける制度ですの! 序列上位者には学園から受けられる特別待遇もありますし、わたくしが部長を務めるお嬢様部では、お嬢様番付のランクアップを目標に日々鍛錬が続けられていますのよ! オーッホッホッホ!」


「オーッジョッジョッジョー……」


 ミニアに共鳴するように、ソフィアの胸元でお嬢様虫が鳴き始める。ソフィアは困り果てたという表情で頬に手を当てて考え込み、ゼットにアイコンタクトをした後、眉を下げながら言った。


「ごめんなさい。わたくし、そのお嬢様番付には参加できないと思うわ」


「な、何故ですの!? お嬢様番付トップランカーのわたくしが誘って差し上げているのに!? 優れたお嬢様にしか懐かないと言われるお嬢様虫を服に留まらせた貴女がどうして!?」


「わたくし、他国からの留学生ですもの。聞く限り、そちらの制度は学内政治の意味が大きいのでしょう? 下手に異邦人のわたくしが入ってしまったら、きっと色々なところに迷惑がかかりますわ」


「う、うぐぐ、正論すぎて反論が出てきませんわね……」


 ミニアは一旦口ごもったが、すぐに姿勢を正すと、ソフィアに対して胸を張った。


「いいえ、こんなところで諦められませんわ! わたくしがお嬢様部部長の権限を行使して、特例を認めさせます! それなら貴女もお嬢様番付に参加できるでしょう?」


「ええっ、ゼットどうしましょう……?」


 ソフィアは声を潜めて傍らのゼットに助けを求める。しかし、ゼットは険しい顔で首を横に振った。ソフィアは残念そうに肩を落とすと、ミニアに向き直った。


「ごめんなさい、やっぱりわたくしは参加できませんわ。……でも、貴女さえよければ、お嬢様番付は置いておいて、その……ただのお友達になりたいのだけど……」


「お友達ですって? ふん、お断りですわ! わたくし、他の方々とのなれ合いには興味ありませんの!」


 つっけんどんに拒絶され、ソフィアはショックを受けた顔をした後、子犬のようなしょぼくれた顔で俯いた。


 麗しい普段の姿がほんの少し崩れ、自然と周囲の人々は、彼女に対して「可愛らしい」という感情を抱く。


 目の前でそれを見たミニアも例外ではなく、呻きながら後ずさった。


「うぐっ……お嬢様オーラに加えて、あざとい属性もありますの!? なんて強者なのかしら……絶対にしのぎを削り合いたい……!」


 それでもなお諦めるという選択肢はミニアにはなかった。彼女が抱いているのは、もはや強者と相対した時の武人のような感情だ。


 ミニアはぐっと考え込んだ後、ソフィアに提案した。


「分かりました。わたくしと勝負しましょう」


「え? 勝負?」


「わたくしが勝ったらお嬢様番付に参加してもらうわ。でももし、わたくしが負けたら、あなたのお友達とやらになってあげようじゃない。どう? 悪い条件じゃないでしょう?」


 ソフィアは何度も瞬きをして、その提案の意味を飲み込み、再びちらりとゼットに視線を向けた。


 ゼットは眉間を揉みながら考え込んでいたが、ふとため息をつくと、ソフィアに対して首を縦に振った。ソフィアの表情がぱあっと明るいものになり、喜びのままにゼットをきつく抱きしめる。


「嬉しい! ありがとう、ゼット!」


「ぐぎ……いえ、これも経験ですから……」


 息も絶え絶えになりながら、ゼットは無理矢理笑みを作る。そして、そのままの姿勢でミニアに尋ねた。


「でも、勝負なんて本当によろしいんですか? もしかしたら存じ上げないかもしれないですが、ソフィア様は人よりちょっとだけ力が強くて……」


「ふん、誰が暴力での勝負と言ったの? お嬢様度をそんな野蛮な基準で競い合えるわけがないじゃない!」


 ミニアは気高く堂々とした立ち姿で、ソフィアへと真っ直ぐ人差し指を突きつけた。


「優雅かつ可憐な立ち振る舞いを求められる、お嬢様だけに許された神聖なる競技。すなわち――お嬢様バトルを貴女に申し込むわ!」

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