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第21話 侵略的外来令嬢VS成り代わりの密偵(04)

「ゼットのばかぁ! おたんこなす!」


「それはこっちの台詞です! ソフィア様の分からず屋っ!」


 暴風雨のように吹き荒れる魔力と攻撃の最中で、ソフィアの胸に押しつけられるように抱かれたキャトルは泡を噴いて気絶しそうなのを必死で堪えていた。


 ダメだ。ここで意識を飛ばそうものなら、間違いなく二度と覚めない眠りにつくことになる。なんとかしてこの痴話喧嘩を終わらせないと……!


 これまで密偵として生きてきた人生の中でも、一、二を争う命の危機に、キャトルは脳みそをフル回転させて打開策を見いだそうとする。


 どうする、どうする、どうする……!


 ゼットは話が通じる状態ではないし、ソフィアもソフィアで癇癪を起こしている少女のような有様だ。言葉でなんとか出来る次元はとっくに通り過ぎている。だとすれば力ずくで止めるしかないが、この二人に勝てるような力は自分にはない。


 くそっ、俺の人生ここまでか……まさか令嬢の胸に押しつぶされた姿勢で死ぬとは思わなかったな……。


 キャトルの脳内には。もはや諦めと現実逃避しか浮かばなくなる。


 そんな最悪の状況を変えたのは、吹き荒れる嵐の中央で叫んだゼットの言葉だった。


「ソフィア様なんてもう知りませんっ! 俺なんて捨てて別の男と幸せになればいいじゃないですかっ……!!」


 ヤケクソな声色で放たれたその言葉をソフィアは正面で受け止め――唐突に、吹き荒れていた魔力の渦は跡形もなく消え去った。


 魔力の奔流でえぐれた地面の真ん中で、理解できていないという顔のままソフィアは何度もまばたきをする。そしてゼットに拒絶されたという事実をゆっくりと飲み込み、その顔はくしゃくしゃな泣き顔へと変わっていった。


「うぅ、うわぁぁーん……ゼットに嫌われたぁー……!」


 ソフィアは天を仰ぎ、幼い女児のように声を上げて泣きじゃくる。腕の中のキャトルは、まるでお気に入りのぬいぐるみかのようにギリギリと抱きしめられる。


 対するゼットはソフィアが大泣きしているのを見て、目に見えて狼狽えていた。自分の言葉によってソフィアを泣かしてしまったのは分かっているが、慰めることも謝ることもできず、魔力を収めてオロオロとするばかりだ。


 これが最後のチャンスだ。キャトルは抱きしめられる苦しさをなんとか無視し、全力で声を張り上げた。


「ち……違います、嫌われていませんッ!! ゼットさんは、ただ嫉妬しているだけなんですっ!」


 断片的に聞いた事情から推測した希望的観測を、キャトルは叫ぶ。すると、大きな幼子のような有様になっていたソフィアは、声を上げて泣くのをやめて、涙に濡れた蜂蜜色の目をきょとんとゼットへと向けた。


「嫉妬……?」


「……」


 見つめ合うソフィアとゼットの間に、気まずい沈黙が流れる。その隙をつき、キャトルは全力で気配を殺してソフィアの腕の中から逃れ、慌てて距離を取った。


「ゼット? 嫉妬というのは本当なの……?」


 不安そうな目をしたソフィアに見つめられ、ゼットは悔しそうに唸った後、やがて開き直って声を張り上げた。


「ええそうですよ、嫉妬したんです! 俺というものがありながら他の男とつがいになるなんて……! な、泣きたいのはこっちのほうなんですよっ……!」


 これまでプライドで我慢していた涙がぼろぼろとゼットの目からこぼれ、彼はそれを手の甲で乱暴に拭う。


 そんな意地っ張りな男児のような姿をさらすゼットに、ソフィアは少しおろおろと迷った後、そっと歩み寄って、彼の体を包み込むように優しく抱擁した。


 常であればあふれ出る愛情のままに骨を粉砕する勢いで抱きしめるところだが、今のソフィアは戸惑いや彼に嫌われたらどうしようという恐怖で、躊躇いがちな力を込めることしかできない。


 そんなソフィアの心情を知ってか知らずか、ゼットは彼女の体に身を任せ、まるで撫でることを請う猫のように彼女の体に頭をすりよせる。


「ソフィア様の、ばかっ」


「ゼット……」


 すすり泣きながら弱々しく紡がれたゼットの言葉に、ソフィアはようやく自分の何が悪かったのかを自覚した。


「……ごめんなさい。そうよね、ゼットはわたくしのことが大好きだものね」


「っ、当然ですっ……」


「いいこいいこ。心配しなくても、わたくしの最愛は永遠にあなただけよ? ……つがいのことも、理由があるの。聞いてくれる?」


 ゼットはソフィアの体に顔を埋めるようにこくりとうなずく。ソフィアはそんな彼の耳元に顔を寄せると、声を潜めて何かを囁き始めた。


 一方、修羅場が終わったことを悟った周囲の人々は、これ以上巻き込まれてはたまらないとさっさと日常へと戻っていった。


 キャトルはそんな人波に身を任せ、流れるような動きでその場を後にした。


 やれやれ、とんだ厄介事に巻き込まれてしまった。収穫がなかったわけではないが、どう報告したものか……。


 そう物思いにふけりながら、キャトルは人気の無い場所へと足を踏み入れる。そして変身魔法にほころびがないか確認するため、鏡を取り出し――次の瞬間、彼の体は床に崩れ落ちていた。


「え、な……?」


 間抜けな声を上げながら、キャトルの意識は遠のいていく。毒か、しびれ薬か。まさか同業者か?


 キャトルの視界に、背後に忍び寄っていた襲撃者の足だけが映る。襲撃直前に一瞬だけ鏡越しに見えたその人物の顔に、彼は不幸にも心当たりがあった。


「お前、『静寂』の――」


 その名を言い終わらないうちに、キャトルの意識は完全に刈り取られた。






 十数分後、ソフィアは談話室でゼットに事情を説明していた。


「――ということだったのよ。知る人は少ないほうがいいと思って黙っていたのだけど……いいえ、そんなの言い訳よね。思い詰めさせてしまってごめんなさい」


「……そうだったんですね。俺こそ、早とちりしてしまってすみませんでした」


 ソファで寄り添い合って、二人は穏やかに会話する。


 空いてしまった距離感をゆっくりと埋めるように、ぎこちなく重ねられた手。そこから伝わる互いの体温に、ソフィアとゼットは浸っていた。


 そんな仲睦まじい空気を壊したのは、何者かが談話室をノックした音だった。


「ソフィア様、少しよろしいでしょうか」


 ドアの向こう側から聞こえてきたのは、ヒューベルの従者であるアレクの声だった。ノックされるまで一切気配を悟ることができなかった悔しさで、ゼットはドアの向こうをにらみつけ、トゲのある声色で問いかける。


「何の用ですか」


「私はソフィア様に伺ったのですが……まあいいです。例の件の顔合わせをお願いしたく参りました。もちろん、そちらの泣き虫さんもご同行いただいて構いませんよ」


 つい先ほどの醜態を見られていたと察し、ゼットの顔は一気に真っ赤になる。羞恥と怒りに震えるゼットの肩を抱き寄せ、ソフィアは堂々とドアの向こうのアレクへと声をかけた。


「分かったわ。でも、わたくしの本当のつがいはゼットよ。それだけはお忘れにならないでね?」


「勿論です。あなた方を引き裂くような真似は、私もリューリク様もしないと誓いますよ」


「それは、わたくしの前で誓えるかしら」


「ええ、あなたの前で誓えます」


 まるで神前の誓いのように儀式めいたやり取りを二人は行う。


 実際、神通力に等しい力を持つソフィアの前で行う誓いは、軽々しく破ることはできない呪いのようなものだ。


 それが結ばれたことを確認し、ゼットは密かにホッと胸をなで下ろした。ソフィアは当然それに気付いていたが指摘することはなく、ドアへと歩み寄って、押し開ける。


 アレクは無表情のまま、魔法石がはめ込まれたブレスレットを、ソフィアたちに差し出した。


「それでは、行きましょうか。ヒューベル様の待つ、この国の王城へ」







 リブラフルール王国、王城の一室にて、第二王子マナシャルールはすっかり焦れていた。


「兄上、プレゼントというのは何なのですか?」


「まあ待ちなさい、マナ。急いては事をし損じるぞ」


「うぅー、そう言っても、もうすぐ兄上が来てから一時間は経つじゃないですかー……」


 最初抱いた期待が大きかったのもあって、なかなか教えてもらえないプレゼントとやらの存在に、マナシャルールは不機嫌になっていた。


 もしかして自分は、兄に意地悪をされているのではないか。自分をからかって兄は何が楽しいんだ。


 敬愛する兄相手にそんな疑念を抱いてしまうほど、マナシャルールの内側には徐々に拗ねた気持ちが満ちていく。


「一体何なのさ、僕は兄上と一緒ならそれでいいのに……」


 ぶつぶつと口の中で、マナシャルールは不満を口にする。


 そして、もう数分もあればその不満が大爆発していたであろうタイミングで、部屋の床の一部が光り――次の瞬間、そこには三人の人影が転移してきていた。


 その中の一人であるアレクに、ヒューベルは苦言を呈する。


「アレク、遅かったじゃないか。何かあったのか?」


「少々、鼠が紛れ込んでいましたので。すでに捕らえて、屋敷に転送済みです」


「なるほど。タイミングがいいのか悪いのか……」


 何か事情がありそうな難しい話をしているヒューベルたちの声は、ほとんどマナシャルールには届いていなかった。


 今の彼の目に映っているのは、部屋に突如として現れた麗しい女神だけだ。


 神秘的に揺れるウェーブのかかった翡翠の髪。見る物全てを安心させてしまう穏やかな目元。


 身に纏っているのはただの学生の制服だというのに、豪奢の限りを尽くして整えられたこの部屋が、恥ずかしく思えてしまうほどの美がそこにあった。


 普段のマナシャルールは、主張が強い人間ではない。何かがほしいと自分から願ったこともなく、家臣が頭を悩ませるほど無欲な人間だ。


 だが、今のマナシャルールは生まれて初めて、目の前の存在を明確に『ほしい』と思ってしまっていた。


「あ、あのっ……!」


 マナシャルールは名も知らぬ女神の足下に駆け寄り、声をうわずらせながら彼女に呼びかける。


「あら? どうしたのかしら?」


 女神は腰を僅かに折ると、慈愛の眼差しをマナシャルールに向けてきた。


 マナシャルールは緊張と高揚で暴れ回る心臓をそのままに、見よう見まねで身につけた仕草で彼女の手をぎこちなく取り、床に跪いて高らかに宣言した。


「女神様っ、僕と結婚してくださいっ!」

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