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第20話 侵略的外来令嬢VS成り代わりの密偵(03)

 ソフィアのその言葉に、任務を思い出したキャトルはハッと正気を取り戻した。そして、自分が犯してしまった過ちに気付き、彼は顔面蒼白になる。


 くそっ、魔力にあてられた……! ここまでの使い手だなんて聞いてないぞ!


 想定外の事態に硬直する彼の顔を、ソフィアは心配そうにのぞき込む。


「あら、どうかされたの? 顔色が悪いみたいだわ」


「い、いえいえ! 何でもありません! どうぞ話を続けてください!」


 これ以上彼女に魅了されないよう、キャトルは目をそらして早口で言う。ソフィアはそんな彼に不思議そうな顔を向ける。


「そう? 具合が悪いのなら医務室に行かなくて大丈夫? ママが付き添ってあげますから遠慮無く言ってちょうだい?」


「ほ、本当に大丈夫ですから! それよりもソフィア様のお話を聞きたいなぁ~!」


 体を寄せてくるソフィアの豊満な胸が、その体格差ゆえにキャトルの顔に押しつけられる。キャトルは必死に精神集中して、己の正気を繋ぎ止めた。


 ソフィアはまだ完全には納得していないという顔だったが、ふうとため息をつくと、そっと話し始めた。


「実はこの前、わたくしを『双竜祭』に誘う権利を賭けて、ヒューベル殿下と争ったのよ。自分たちの従者を戦わせて勝敗を決めようってなって……」


「ヒューベル殿下と? どうして殿下は、ソフィア様を『双竜祭』に誘おうとしたんです?」


 突然、任務の核心に触れる話題になり、キャトルは前のめりに詳細を尋ねる。するとソフィアは、イタズラっぽく目を細めた。


「ふふ、それは内緒よ。貴方はそれをお聞きに来たのかしら?」


「っ……!」


 ソフィアはこちらを探るように、じっとキャトルを見つめる。


 スパイだと見透かされたのか!? いつ気付いたんだ、どうやってこの場から逃げればいい……!?


 冷や汗をダラダラと流しながら、キャトルは目を泳がせる。ソフィアはそんなキャトルをしばらく観察してから、ふわりと可憐に笑った。


「だとしたらごめんなさいね。結果的にわたくしは殿下のお誘いを受けたけれど、その真意は秘密にすることになっているの。……分かってくれるわよね?」


 花がほころぶような笑顔だというのに、キャトルは文字通り蛇ににらまれたカエルのような心持ちだった。


 下手な返答をすれば、パクリと丸呑みにされて彼女の腹の中だ。


 そんな未来を脳裏に鮮明に描いたキャトルは、ガチガチに硬直しながらも、なんとか言葉を発する。


「は、はい、分かりましたっ」


「ふふ、可愛い子。ママがぎゅーってしてあげますからね?」


 ソフィアは慈母の笑みを浮かべながら、隣に座るキャトルを抱きしめる。彼女の声色から慈愛ゆえの行動だということは痛いほど分かったが、それとは裏腹に、キャトルの全身の骨はミシミシときしんだ。


「ぎぎぎ……死ぬぅ……!」


「まあまあ、そんなに喜びの声を上げて! ゼットも昔、そうやって死ぬほど嬉しいって言っていたわ~!」


 絞り出すような悲鳴を曲解され、キャトルの全身からバキバキと骨が折れる音が響く。咄嗟に変身魔法の応用で、骨を強化して生き延びようとしたが、それを貫通する勢いでソフィアの抱擁は長く、強く、続いた。


 その時、ドサリと荷物が地面に落ちる音がした後、とある人物の声が、ソフィアとキャトルにかけられた。


「……ソフィア様、一体何をされているんですか」


 息も絶え絶えになりながらキャトルがそちらを見ると、そこには荷物を取り落として呆然とこちらを見つめるゼットの姿があった。


 最初は信じられないといった表情を浮かべていたゼットの顔は、徐々に燃えるような嫉妬と怒りへと染まっていく。その感情に呼応するように、彼の周囲の空気が魔力で渦巻いた。


「その男は誰ですか。俺以外をそんな風に力強く抱擁するなんて俺への当てつけですか」


「まあ、違うわよゼット。この方はわたくしの悩みを聞いて寄り添ってくれていただけで……」


「寄り添う? 貴女の隣は俺だけのものじゃないんですか。この前の殿下との約束といい、酔狂もいい加減にしてください! それとも決闘に負けた俺は、もう用済みなんですかっ……!?」


 ゼットを中心にして渦巻く空気は、地面の砂を巻き上げて竜巻のようになっていく。ソフィアはキャトルを腕に抱いたまま、慌てて立ち上がった。


「そんなこと言ってないじゃない! そもそもゼットが、理由も言わずに怒ってるからわたくしはこの方を頼ったのに!」


「理由も言わずに? 分からないとは言わせませんよ! 俺がこの数日、どんな気持ちで……!」


「わ、分からないわよっ! わたくしだって、わたくしだってぇ……!」


 幼い子どものような言い合いをしながら、ソフィアの周囲にも魔力が吹き荒れる。地獄の様相を呈してきた中庭から、生徒たちは我先にと逃げ去っていった。


 ……流れでソフィアの腕の中に抱きしめられたままのキャトル以外は。




 そして、話は冒頭へと戻る。

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