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第2話 侵略的外来令嬢VS勘違いナルシスト(中)

 そして時は戻って今日、事態は急展開を迎えた。


 昼下がりの食堂でフリックが突然、ソフィアに対して断罪を始めたのだ。


「ソフィア・アームドレディ! 貴様、俺の可愛いシルキーをいじめて泣かせるとは許せん! 今ここで彼女に謝罪して自主退学しろ!」


 アステルを庇うように立ったフリックは、ソフィアを無作法に指差して弾劾する。アステルは慌ててフリックを止めようと食ってかかった。


「フリック様、何を……!? そんなこと私されてません!」


「ははは、いいんだよシルキー。怖くて言い出せなかったんだろう? あとは俺がなんとかしてやるからな?」


 何を言っても相手にされず、フリックの取り巻きによってアステルは騒ぎの渦中から遠ざけられてしまう。一方、断罪されている側のソフィアは、自分より一回り小さいフリックを、まるでキャンキャン吠える子犬を見るかのように少し屈んで覗き込んでいた。


 その体躯ゆえの威圧感に、フリックは悔しそうに顔を歪める。


「……くっ、なんてでかさだ! だが俺は負けない! お前の悪事の証拠ならここにある! 学友たちの証言と、庭園で彼女を泣かせている写真だ! 言い逃れできると思うなよ!」


 フリックは威勢良く威嚇したが、対するソフィアは根本的に話が通じない人外のような挙動で、頬に手を当てて困り果てた顔をした。


「まあまあ、この殿方はどうしたのかしら。急に大声を出して……。ゼットは分かる?」


「いいえ全く。おそらく何らかの誤解があるようですが、いつも通りの対応でいいでしょう」


 ソフィアはほのぼのとした表情で傍らの従者――ゼットに声をかけ、ゼットもまた日常通りの声色でぼんやりと答えた。


 それを挑発と捉えたフリックは逆上し、顔を真っ赤にさせてソフィアたちに対してまくしたててきた。


「き、き、貴様らぁ! 俺を誰だと思ってるんだ! この国の貴族のフリック・ウィルノイマンだぞ! ウィルノイマン家の名前ぐらいは田舎者のお前らでも聞いたことがあるだろう!」


 ソフィアとゼットは揃って、こてんと首をかしげた。本当に知らないのだとすぐに分かるその仕草に、フリックの怒りはますます高まっていく。


 やがて埒が開かないと判断したのか、ゼットは背伸びをしてソフィアに何事かを耳打ちした。


 ソフィアはそれに頷くと、春風のような朗らかな笑顔で言い放った。


「分かりましたわ。では、暴力で解決しましょう」


「……は?」


 間抜けな声を上げて固まったのはフリックだけではなかった。その場に居合わせたほぼ全員が、彼女の暴言を脳で処理しきれずにぽかんと口を開けて硬直する。


 唯一固まっていなかったゼットは、ソフィアを見上げて言った。


「ソフィア様、本音と建前が逆です」


「あら。暴力は世界共通の言語なのに……」


「それはそうですが、もっと体面のいい言葉でお願いします」


「もう、そういうところを気にするの、この国の悪いところよ」


「残念ながら、気にする国の方が多数派ですよ」


 ほんわかとした空気で繰り広げられる会話に、周囲はさらに困惑することしかできない。


 やがてソフィアも少しは今の状況をなんとかしようと思ったのか、咳払いをしてフリックに提案した。


「こほん! それでは決闘で勝負をつけましょう? もちろん、学園則に則った方法でね?」


 可憐な笑みとともに告げられ、フリックはハッと正気に戻って、慌ててその申し出に同意した。


「……いいだろう! だが女だからと容赦するつもりはないぞ! 今のうちに覚悟しておくんだな!」







 かくしてソフィア・アームドレディと、フリック・ウィルノイマンの決闘が行われることになった。


 このリブラフルール王立学園では、『決闘』の作法が学園則の中に明記されている。


 ルールは単純。互いが身につけている制服のリボンもしくはタイを奪うか、破ったほうの勝ち。王国の紋章がついたリボンとタイはこの学園にとって非常に重要な存在だ。それを奪われるようなことがあれば、敗北者として蔑まれても仕方ない。


 決闘の場所として選ばれたのは、学園の裏手にある第一演習場だった。普段は実践魔法の授業に用いられているそこで、ソフィアとフリックは距離をとって向かい合う。


「きゃー! フリック様ー!」


「頑張ってー!」


「ありがとう可愛いレディたち! ふふん、当然勝つとも!」


 周囲で観戦しているのは、アステルとフリックの同級生である一年生たちだ。


 同級生からの声援を受けながら、フリックはまるで正義を執行する勇者のような顔で、魔法石の嵌った魔杖をソフィアに向けた。


「図体だけがでかい怪物女め! どうせ母国で婚約破棄されたのも、その見た目のせいだろう? 魔物の血を引くお前など、今日俺が討伐してやる! 可哀想な俺のシルキーのためにな!」


「っ……!」


 周囲の観衆の中にいたアステルは、突然話を振られて怒りで身を震わせた。


 違うのに。私がソフィア様にいじめられたなんて、全部フリック様が勝手に思い込んだだけの捏造なのに!


 だけどそれをフリック本人に言ったところで彼が納得するはずもないし、周囲もまた聞く耳を持ってくれないだろう。


 アステルは歯痒い思いを抱きながらも、どうしたらいいのか分からずに顔を伏せた。


 きっと今の私にできることは何もない。でもこのままじゃソフィア様が危ない目に遭ってしまう。それだけは絶対に嫌だ。そうだせめて、ソフィア様を庇って私が攻撃を受ければ……!


 その時、悶々と考え込むアステルの横に、音もなく一人の青年が近づき、囁いた。


「アステル嬢、妙な気は起こさないでくださいね」


「えっ」


 顔を上げるとそこにいたのは、ソフィアの付き人である男子生徒であった。改めて顔を見ると、美形だがどこか空虚な無表情のせいで没個性的な印象を受ける外見だと気づく。


「あなたはえっと……」


「ソフィア様の付き人のゼットです。どうぞよろしくお願いします」


「あ、はい、ご丁寧にどうも……」


 空気を読まないぼんやりとした挙動のゼットにつられるように、アステルもぺこりと頭を下げる。


 ゼットはそのまま自分のペースに巻き込む形で、アステルに話し始めた。


「アステル嬢、今、自分が盾となってソフィア様を守ろうと考えたのでしょう?」


「えっ、なんでそれを……」


「昔から人の観察は得意なので、ある程度考えていることは分かります。何もできない自分には、ソフィア様の代わりに攻撃を受けるぐらいしかできないと考えたのでしょう?」


 内心をピタリと言い当てられ、アステルは驚愕と同時に悔しさを覚えた。


「……私じゃ、ソフィア様の盾にもなれないって言いたいんですか」


 八つ当たりじみた声色で、アステルはゼットに問い返す。恨めしそうににらみつけてくる彼女の視線を、ゼットは一切気にせずに淡々と答えた。


「いいえ、ただ弾除けになるなんて行為は誰だってできます。ですが、あなたにはもっと他にできることがあるのでは?」


「えっ、できること……?」


「もちろん、それを考えるのはあなたですが。少なくとも、あなたが盾になろうとなるまいと、ソフィア様が負けることはありませんよ」


 ゼットはそう言いながら、今まさに決闘が始まろうとしている演習場の中央へと目を向ける。


 そこには相手をバカにした顔で挑発を続けるフリックと、微笑ましそうにそれを見守るソフィアの姿があった。


「はっ、どうした? 恐怖で声も出ないのか? 残念だが今更決闘は無しなんて言われても許さないからな! お前を討伐して、俺の経歴に箔をつけてやる! 人型に化けられる魔物を討伐したとあれば、学園卒業後の進路も安泰だからな!」


「あらあら、よく吠える殿方だこと。ぱくっと食べてしまいたいぐらい可愛らしいわ〜。さあもっと、その可愛いさえずりを聞かせてちょうだい?」


「なっ……バカにしやがってぇ……! もう許さんぞ! 絶対に絶対に許さないからなぁ!!」


「ふふふ、威勢がよくて可愛いわね~。子等は元気なのが一番だものね~」


「ギイイイイイイ!」


 あくまで保護者のような言動をするソフィアに、ゼットは顔を赤黒くしながら怒り狂う。


 そんなソフィアたちのちょうど中間地点にくたびれた印象を受ける男性教師が立ち、二人に声をかけた。


「あー、二年生主任教師のサクマ・トドロキだ。今回の決闘も俺が立会人を務めるが、両人とも異論はないな?」


「ええ、もちろん」


「異論はない! さっさと決闘を始めろ!」


 両者の承諾を得たサクマは安全地帯まで遠ざかり、二人に一枚のコインを見せつけた。


「このコインが落ちたら開始ってことで。怪我人は御免だから手加減しろよー」


 気が抜ける喋り方でそう言うと、サクマはコインを親指の上に置いた。


 いよいよ始まる戦闘に備えて、フリックは魔杖を持った右腕を引いて、いつでも攻撃魔法を撃てるように身構える。対するソフィアは攻撃のための姿勢を取ることもなく、ほんわかとした表情でフリックを観察していた。


「じゃ、始めるぞー」


 いまいち締まらない掛け声とともに、サクマはコインを真上に弾き上げた。


 コインは勢いよく回転しながら50cmほど真上に飛び、弧を描いて一瞬滞空した後、重力に従って真下に落ち始める。陽光を反射して瞬くように光るコインの軌跡は、その場の全員が見守る中、ついに地面へと到達し――


「炎よ、渦巻き襲え! フレイムショット!」


 コインが落ちた瞬間、フリックは素早く攻撃魔法を唱えた。魔杖から溢れた炎の砲弾は、緊張感なく立っていたソフィアへとあっという間に迫り、彼女に直撃して小さな爆発を起こす。


「ソフィア様っ……!」


 アステルは悲鳴を上げて身を乗り出し、周囲の観衆たちもソフィアがダメージを受けたことを確信する。だが、爆発の煙が晴れた先に現れたのは、傷一つ負うことなく微笑むソフィアの姿だった。

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