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第19話 侵略的外来令嬢VS成り代わりの密偵(02)

 昼下がりの王立学園の中庭。


 そこは、修羅場のまっただ中になっていた。


「ゼットの分からず屋! もう知らないっ!」


 癇癪を起こしたように幼い顔で叫ぶソフィア。彼女の声に呼応して、炎の渦が円を描いて周囲に放たれる。彼女の腕の中には、地味な少年が抱きしめられており、その腕力で窒息寸前になっていた。


 そんなソフィアとにらみ合うのは、彼女の付き人であるゼットだ。


「絶対に謝りません! 悪いのはソフィア様です!」


 ゼットは風魔法で炎をはじき返し、声を張り上げる。その目に燃えているのは子どもじみた嫉妬であり、その悪意を一身に受けている人物こそソフィアの腕の中にいる少年だった。


 炎と風が衝突し、周囲の地面や草木を抉り、普段ならば嬉々として観戦を決め込む生徒たちすら身の危険を察知して逃げ去っていく。


 原因は明らかに痴話喧嘩だが、今の状況は愁嘆場というよりはむしろ戦場の最前線と表現したほうが正しいだろう。ソフィアの腕の中に抱きしめられた少年――キャトルは、暴風雨のように吹き荒れる魔法から逃げ出すこともできず、息も絶え絶えになりながら己の過ちに思いを馳せた。


 ――何がどうしてこうなってしまったのか。


 そもそもの始まりは、キャトルがソフィアに近づいたことだった。






 その日の朝、とあるアパートメントの一室で、キャトルは鏡に映った自分の姿を指さし確認していた。


「制服、よし。靴、よし。髪型、よし。爪、よし」


 彼は自分の全身をくまなくチェックし、最後に自分の顔をぐねぐねと揉んで手を離す。


 するとキャトルの顔は一瞬で別人のものになっていた。


「顔、よし」


 準備が整ったことを確認すると、キャトルはほとんど足音を立てずに部屋を後にする。


 可も無く不可も無い、平均点ちょい下の印象に残らない地味な男子学生。それが今回のキャトルに与えられた『(ロール)』だ。


 キャトルは、リューリク・クリフアーチに雇われた名のある密偵である。


 裏社会で密かに名を上げている人物は、皆それぞれ特異な技能を所持している。


 隠密に長けた者、暗殺に長けた者、一騎当千の戦闘力を持つ者――


 密偵だというのに忍ぶつもりすらない者もいるが、その常識外れの例外を除けば、周囲に見つからないことが優秀な密偵の条件となっている。


 その中でキャトルが名を上げているのは、彼の変身魔法の技術がゆえだった。


 老若男女、どのような年齢、体型の人間にも完璧になりきれる。それゆえに彼についた二つ名は『成り代わり』。ターゲットと成り代わり、1ヶ月誰にも気付かれることなく任務を遂行したこともある一流の密偵だ。


 仮の住まいとしているアパートメントから出たキャトルは、路地裏から不意に現れる野良猫のように滑らかな動きで大通りへと出ると、道行く人々の中へと溶け込んだ。


 常であれば消している足音をわざと立てて、キャトルは一般人の学生の顔で潜入場所である学園へと向かう。


 今回の任務のターゲットは、ソフィア・アームドレディ。ブレイブ王国からの留学生で、とある尊い方の婚約者であるらしい女性。


 存在しない学生に変身し、彼女を密かに監視してその企みを明らかにするのがキャトルに与えられた仕事だ。


 何か大きな陰謀が裏で動いていそうな任務だが、キャトルはそれを追及したりはしない。命じられたことだけを命じられたままに遂行する。それこそが一流の密偵の条件だからだ。


 キャトルは名家の子息として違和感がない所作で、登校中の学生たちの中に紛れ込み、厳重な警備に守られた学園の正門へとたどり着く。


「おはようございます、ミニア先輩!」


「あら、子犬さんごきげんよう。今日も見ていて微笑ましいほど元気ですわね」


「えー? それって褒め言葉です?」


「ふふっ、さあどうかしら?」


 青春そのものの会話をしながら歩いていく女子学生の横をすり抜け、キャトルはすんなりと学園への侵入を果たした。


 ソフィア・アームドレディは、常に付き人をそばに置いているはず。であれば、まずはそいつの目を盗むか、懐柔をする必要があるが――


 しかしキャトルの予想を裏切り、昼休みに見つけたソフィアの隣には、付き人の青年の姿はどこにもなかった。


「はぁ……どうすればいいのかしら……」


 中庭のベンチに座ったソフィアが憂いに満ちたため息をつくと、そのあまりの麗しさに通りがかる生徒の全員が振り向く。


 そして目を奪われたまま歩いていった生徒のうちの何人かが正面衝突し、貴族特有の喧嘩っ早さでいがみ合った。


「どこを見て歩いているんだね! 名を名乗れ!」


「君こそソフィア様に見とれていただろうが! 身の程を知れ!」


「あら、貴女。前も向いて歩けないのね? その目、もっと良いものに取り替えたらどう?」


「おほほ、こちらの台詞ですわ。お望みとあらば、素敵な医師を紹介してあげてもよろしくてよ?」


 取っ組み合いの喧嘩になりそうな剣幕で口論する男子生徒たちもいれば、静かに火花を散らし合っている女子生徒もいる。


 そんなそこら中で起きているトラブルには目もくれず、ソフィアは嘆き続ける。


「はぁ……」


 今にも涙をこぼしそうなほどの嘆きの息に、声をかけるべきかと迷う生徒がそこかしこにいるが、互いに牽制しあっているせいでなかなか彼女に近づく人間はいない。


 キャトルはそんな生徒たちの中に馴染んで立ちながら、どうするべきかと考え込んでいた。


 ただ監視するだけならば、接触はせずに様子をうかがうのが得策だろう。だが、今回の仕事は彼女の企みを探ることだ。そして、もし彼女に話しかけてお近づきになるのなら、付き人がいない今が格好のチャンス。


 数秒の逡巡の末、キャトルは自然な動きでソフィアが座るベンチへと歩み寄り、彼女の横に静かに腰掛けた。


「あの……ソフィア様ですよね? 何かあったんですか?」


 特徴の無い声色でそっと尋ねると、ソフィアは今にもこぼれそうな涙をたたえた目をキャトルへと向けた。


「ええ、そうなの。優しい子、少し話を聞いてくれないかしら」


 その蜂蜜色の目を正面から見たキャトルは――今まで自分に課していた『(ロール)』を、一瞬で思考の彼方に吹き飛ばされた。


「ぁ……」


 目を合わせることによって流し込まれてきた膨大な魔力に思考を焼かれ、酩酊しているかのように体が火照る。


 もし一瞬でも彼が理性を取り戻すことができたなら、これが魔力酔いによる魅了の症状だと察することが出来ただろう。だが、彼の思考はすでに目の前の強大な存在に屈服してしまい、ただ彼女の願いに応えることしかできなくなっていた。


「坊や、貴方のお名前は?」


「ひ、ひゃい……キャトル、れすぅ……」


 設定していた架空の人物の名前を使うこともできず、キャトルはそう名乗る。彼の目元はとろりと蕩け、自分が何を言っているのかも理解できていない。


 しかしソフィアはそんなキャトルの変化に気付くことなく、マイペースに話を始めた。


「実はね、ゼットがなんだか怒ってるみたいなのよ」

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