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第18話 侵略的外来令嬢VS成り代わりの密偵(01)

 むかしむかし、あるところに、天竜ソラシエルと地竜アーシズという二柱の神竜がいました。


 天竜ソラシエルは、空と癒やしを司り、地竜アーシズは、大地と豊穣を司っていました。


 人々は神竜に見守られ、幸せに暮らしていましたが、いつしか世界には争いと憎しみがはびこるようになりました。


 地竜アーシズはそれに怒り、人々に天罰を与えました。


 大地は割れ、草木は枯れ果て、新たな命も芽吹きません。


 天罰は100日もの間続き、その間にほとんどの国は滅んでしまいました。


 それでも地竜アーシズの怒りは冷めず、そのまま世界が終わるかと思われました。


 困り果てた人々は、天竜ソラシエルに助けを求めました。


『どうか地竜アーシズの怒りをお収めください』


『もう二度と争いは起こしません』


 人々の誓いを聞き届けた天竜ソラシエルは、地竜アーシズのもとに赴き、天罰を止めさせました。


 その後、天竜ソラシエルと地竜アーシズは『つがい』となり、荒廃した世界を作り直しました。


 こうして今日まで続く、平和な世界が始まりました。


 リブラフルール王国では、世界が救われ、二柱が『つがい』となった日を、今でも『双竜祭』の日として語り継いでいるのです――






 王城の一室にて、子守歌のように耳になじむ声で、教育係の女性は教本を読み上げる。彼女に一対一で教えを受けている少年――第二王子、マナシャルール・アズ・リブラフルールは、眠りの世界に誘われそうになる脳みそをなんとか繋ぎ止めていた。


 それでも眠気にはあらがえず、マナシャルールの頭はゆらゆらと船をこぐ。教育係は教本を閉じると、ぱしんと本の背で自分の手のひらを叩いて音を立てた。


「以上が、『双竜祭』の起源となる伝承です。……マナシャルール様、聞いていましたか?」


「は、ひゃい! もちろんです、先生!」


 マナシャルールはびくっと肩を震わせると、慌てて姿勢を正す。教育係は嘆息した。


「殿下。貴方はいずれ王となる方なのですから、もっと真剣に学問に向かっていただかないと困ります。それとも、大臣たちが集まる御前会議で居眠りをするような王になりたいのですか?」


「ううっ、ごめんなさい……」


 淡々と叱責され、マナシャルールは反論もできずに縮こまる。もし第一王子のヒューベルであれば、皮肉の一つでも返して噛みついてみせるところだろうが、気が弱いマナシャルールにはそれができなかった。


 もし彼が長子であれば、7歳という幼い年齢からそのような反応を期待されることはなかっただろう。だが、彼には10歳年上のヒューベルという比較対象がいる。


 ヒューベルは今でこそ王位継承権が低いが、かつてはこの国を任せるにふさわしい神童とうたわれていた。そんな彼と比較すると、マナシャルールには凡庸な才能しかない。


 少なくとも周囲の家臣やマナシャルール本人は、そう認識している。


「ごめんなさい、僕も兄上のように賢くかっこよくなれたら……」


「貴方はヒューベル殿下よりも高貴なお方なのです。殿下の名前をみだりに出さないように」


「はい……」


 冷たく窘められ、マナシャルールはさらに俯いた。


 教育係をはじめとしたマナシャルールの周囲の大人は、彼がヒューベルの名前を出すことを良く思っていない。


 気軽に兄の話すらできず、過保護な周囲のせいで外出もままならない。体調を崩しがちなマナシャルールのためと彼らは言うが、マナシャルール自身はそんな周囲に心を許すことができずにいた。


「では勉強を再開しましょう。次は『双竜祭』で行われる祭事について――」


 教育係が話し始めたちょうどその時、部屋の扉がコンコンと軽い調子で叩かれた。


「……どなたでしょう」


「ヒューベルだ。可愛い弟に顔を見せに来たんだが」


 軽い口調で答えたのは、第二王子のヒューベルだった。教育係は露骨に不機嫌になり、堅い声色で彼を拒絶する。


「お引き取りください殿下。ただ今、マナシャルール様は勉学のお時間です」


「そうかぁ。とっておきの土産話を持ってきたんだが、それでもダメか?」


 扉の向こう側で心底残念そうにヒューベルは言う。するとマナシャルールは、ぱあっと目を輝かせ、扉に駆け寄って開け放った。


「どんなお土産話ですか、兄上!」


「ははは、そう焦るな焦るな。まずは武器がないか確認してもらわないとな」


 すっかり年相応のはしゃいだ顔になってしまったマナシャルールを見て、教育係は渋い顔でヒューベルへと歩み寄った。そして、扉の外に立っていた衛兵と一緒になって、ヒューベルの全身を軽く叩いて武器や不審物を携帯していないかチェックを行う。


 教育係はヒューベルの非武装を確認しながら彼に密着し、マナシャルールには聞こえない声量で囁いた。


「妾腹が何を考えているのかは知りませんが、妙な真似をすれば即刻その首を落とすつもりですので」


「それは怖い。心配しなくてもこの部屋には、王宮魔法隊が総力を結集した魔法封じの術式がかかっているんだろう? それに……もう一つ保険があることを私が知らないとでも?」


「っ……」


 牽制を牽制で返され、教育係は悔しそうに口をつぐむ。数分かけて確認は終わり、解放されたヒューベルはようやくマナシャルールに近づく権利を得た。


 ヒューベルは部屋へと立ち入り、教育係と衛兵に振り向く。


「それじゃあ君たちは外に出ていてくれるかな?」


「しかし……」


「なに、いつものことじゃないか。そこの人形で、中の様子はお見通しなんだろう?」


「……何もかもご存じのようで」


 忌々しそうに呟く教育係に、ヒューベルは貼り付けたような笑みで返す。


 数秒、二人は無言でにらみ合い、先に折れたのは教育係のほうだった。


「分かりました。ただし妙な真似をしたら……どうなるかはお分かりでしょうね?」


「もちろんだとも。さあ行った行った!」


 ヒューベルは蹴り出すほどの勢いで教育係と衛兵を外に追い出す。そして扉がしっかり閉まった後、魔杖を一振りして、この部屋にかかっていた魔法封じと人形型の盗聴機を無効化した。


 ただ解除するわけではなく、外側から見た時に魔法封じが発動しているように見せかけ、盗聴機にダミーの音声を流し続けるのも忘れない。


 さらに重ねて防音の障壁を張り終わったのを確認し、ずっとうずうずと待っていたマナシャルールは満面の笑みでヒューベルに抱きついた。


「兄上、お会いしたかったです!」


 ほとんどタックルのような形で飛びつかれ、ヒューベルはたたらを踏んだ。だが、年長者のプライドでなんとか体勢を持ち直し、腹にへばりついているマナシャルールをそっと地面に下ろす。


「大げさだな、マナ。つい2週間前も会いに来たばかっかりじゃないか」


「2週間ではなく15日です! 僕は毎日だって兄上にお会いしたいのに……兄上は違うんですか……?」


 目を潤ませて、マナシャルールはヒューベルを見上げる。その銀色の瞳に見つめられるだけで、膨大な魔力を叩きつけられる衝撃がヒューベルへと加わった。


「っ……」


 ヒューベルは一瞬目を細めてそれに耐えた後、マナシャルールの柔らかな金髪をそっと撫でた。


「お前のその力が自在に使えるようになれば、もっと家臣どもに舐められずに済むんだろうがなあ」


「え?」


「もっと相手の目を見て話せるようになりなさいってことだよ。引っ込み思案な可愛いマナ」


 おどけた口調で言いながら、ヒューベルはマナシャルールの前にしゃがみ込む。マナシャルールはようやく何が起きたのかを察して、表情を曇らせた。


「ごめんなさい。僕、また魔力を暴発させちゃったんですね……」


 しゅんと肩を落とす彼に、ヒューベルは苦笑する。


「いいんだよ。お前のそれは、濃く血を継いだ王族の証である『銀鏡の目』なんだ。魔力を無意識のうちに目に宿してしまうのは仕方ないことだ」


「でも……」


 マナシャルールは落ち込んだ様子で視線を落とす。


 彼が普段から周囲に対して強く出られないのは、単純に引っ込み思案な性格だからではない。自分の目が騒動をもたらすことを自覚しているからこそ、彼はいつも下を向いて、他人を傷つけないように避けているのだ。


 それを理解しているヒューベルは、マナシャルールの頭を撫でながら言い聞かせた。


「マナ、その力をコントロールしたいと思うのなら、他人と目を合わせるのを避け続けていたらいけないよ。何事も練習しなければ変わるはずがないんだ」


「はい……」


 いくらヒューベルが声をかけても、マナシャルールの憂鬱そうな顔は晴れない。ヒューベルは仕方なさそうにふっと苦笑すると、ころっと表情を明るいものにして、大げさな身振りで話を切り出した。


「それより、土産話をしてもいいか? 正確にはお前にプレゼントがあるんだが」


「え? プレゼントですか!?」


 年相応のはしゃいだ顔になったマナシャルールに、ヒューベルはやけに芝居がかった仕草で笑んでみせた。


「ああ、とっておきのプレゼントだよ。もう少しの間、待っていておくれ」

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