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第14話 侵略的外来令嬢VS道楽王子(01)

 リブラフルール王国、王城の一室。


 四大臣の一人、ライラフ・クリフアーチは己に割り当てられた執務室で、息子であり部下でもあるリューリク・クリフアーチに深刻な眼差しを向けていた。


「リューリク、ここに呼んだ理由は分かっているな?」


「……『侵略的外来令嬢』の件でしょうか」


 侵略的外来令嬢。ふざけたその二つ名を聞いたライラフは、衝動のままに己の拳を勢いよく机に叩きつけた。


「ヴォスタフめ、何ということをしてくれたんだ……! よりにもよって、あの女に手を出すとは……! おかげで私はいい笑いものだ!」


 怒りで顔を赤くしているライラフに、リューリクは密かに冷めた目を向けてから、表情を取り繕って尋ねた。


「心中お察しいたします。ですが、ヴォスタフはこれ以上の問題を起こさないよう屋敷に軟禁済みです。これ以上、この件に関して動くのは得策ではないのでは?」


 ソフィア・アームドレディは、その圧倒的存在によって深く関わった者全てを変質させる存在だ。


 味方として頂くのであればよき支配者になるだろうが、部外者が下手につついてしまえば破滅の未来は避けられない。


 ただそこにいるだけで繁栄も没落も招く女性。彼女のような存在を『傾国の美女』と呼ぶのだろう。少なくとも、リューリクはソフィアのことをそう評価している。


 それゆえに彼は、父親のライラフに対して窘める言葉をかけたのだが――ライラフは苦々しい顔で絞り出すようにそれに答えた。


「ヒューベル殿下が、あの女に興味を抱かれたのだ」


「『道楽王子』が? それはまた……」


 ヒューベル・エル・リブラフルール。このリブラフルール王国の第一王子であり、王位継承権第二位の17歳の青年だ。


 当初は妾の子ではあっても他に王子がいなかったので、世継ぎとして育てられていたが、10歳年下の第二王子が誕生したことによって王位継承権が繰り下がり、国王になる未来はほぼ閉ざされた。


 そのせいか、ここ数年のヒューベルはろくに勉学にも励まず、貴族のサロンを渡り歩いて遊び回っている。


 そんな道楽者がソフィアの噂を聞いて、興味を抱かないはずもないだろう。


 頭が痛くなる思いがしながら、リューリクは眉をひそめた。


「国王と一部の臣下以外には、ソフィア嬢の正体は知らされていなかったのでは?」


「御前会議でうっかり話題を出した大臣がいてな。あの間抜けめ、国家機密レベルの情報だろうに……!」


 ライラフは再び怒りに震え、平静を失いそうになったが、なんとか公人である矜持でそれを飲み込み、ほとんどにらみつけるようにリューリクを見た。


「リューリク。お前は幼い頃のヒューベル殿下に、よく懐かれていただろう。殿下に近づき、その真意を確認してこい。以上だ」


 それだけを言うと、ライラフは手首を振ってリューリクに退出を促した。リューリクはその意図に従ってドアの前まで歩いていったが――ふと振り向いて、己の父親に尋ねた。


「父上。もし、殿下に国への叛意ありと確認できた時は……」


「――殺せ。もちろん犯人は分からないようにな」


 酷薄な笑みを浮かべながらのライラフの言葉に、リューリクは完璧な笑顔を浮かべて一礼した。


「かしこまりました。お任せください、父上」







 リブラフルール王立学園には、夏の気配が訪れようとしていた。


 気温は上がり、風は生ぬるく停滞し、木々の若葉の緑は深くなり、太陽の光は素肌をじりじりと焼こうとしてくる。


 しかしそういったありきたりな変化以外にも、この学園には、王都ならではの夏の気配がすぐそこに迫っている。


 すなわちそれは――リブラフルール王国に古くから伝わる神聖な行事、『双竜祭』の準備だった。






 その日、アステルはいつもより遅い時間に起床してしまい、寮から学園への最短距離を駆け足で突っ切っていた。


 敷地内にある雑木林を突っ切り、庭師が見たら激怒しそうなルートで芝生を走り、アステルは先を急ぐ。


「はぁはぁ……このペースなら多分間に合うっ……!」


 アステルの制服のあちこちには木くずがつき、頭には葉っぱが乗っている。そんな授業には間に合うだろうが、教師に見られたら問答無用で叱責される格好であることには一切気付かず、彼女は校舎が視認できる位置までたどり着いた。


 しかし校舎前の大時計の時間を確認し、その横を通り過ぎようとした時――アステルは思いも寄らない人物の姿を大時計の陰に発見した。


「あれ、ソフィア様?」


 ソフィアは大時計の後ろに隠れるように縮こまっていたが、190センチ超えのその身長のせいで体がはみ出てしまっている。


 アステルは思わず走っていた足にブレーキをかけ、主人を見つけた子犬めいた走り方で、転がるようにソフィアのもとへと駆け寄った。


「ソフィア様、おはようございますっ!」


「ひゃあっ!?」


 人懐っこくアステルが声をかけると、ソフィアは大げさなほど驚いて彼女に振り向いた。そして、相手がアステルだと確認すると、ソフィアはほっと胸をなで下ろす。


「も、もうシルキーさん、驚かせないでちょうだいっ、めっ!」


「えっ、ごめんなさい……。でも、こんなところでどうしたんですか?」


 叱られたショックでしょんぼりとしつつも、アステルはソフィアに尋ねる。ソフィアは、うっと罪悪感にかられた表情をした後、そんな彼女の頭をうりうりとなで回した。


「よしよし、八つ当たりをしてしまってごめんなさいね。ちょっと問題が起きてて、気が立っていたの」


「あばばばば……も、問題ですか?」


 力加減がいまいち苦手なソフィアの撫で方に翻弄され、アステルは目を回しそうになる。


 しかし持ち前の三半規管の強さですぐに持ち直すと、アステルはソフィアに対して疑問の目を向けた。


「ええ、そうなの。あれを見てちょうだい」


 ソフィアがそっと指さした先では、複数名の生徒が校舎前に陣取って、殺気立つ表情を浮かべていた。


「今年こそ、ソフィア様を『双竜祭』のつがいにお誘いするんだからっ」


「いーや、つがいになるのは俺だ! お前らとは本気度が違うんだよ!」


「何ですって!?」


「やれやれ、けんかっぱやい野蛮人はソフィア様には相応しくないっていうのに」


「はあ!?」


「やんのかゴラァ!」


 激しく言い争い、今にも暴力沙汰が始まりそうに見えるその有様を目にし、アステルはドン引きの表情を浮かべながら覗かせていた顔を引っ込めてソフィアを見る。


「えっと……あれは一体……?」


「わたくしと『双竜祭』を一緒に回りたい方々よ。授業の合間や放課後に追い回されるだけじゃなくて、とうとう登校時にも待ち伏せされるようになってしまって……。アステルさんは『双竜祭』はご存じかしら?」


「は、はい! 田舎育ちなので、実際に参加したことはないですが……。たしか、昔話に登場する二柱の神竜を祀るお祭りですよね」


 アステルはそう言いながら、王都のあちこちが飾り付けられつつあることを思い出していた。


 心なしか王都を行き交う異邦人も増えていたので、観光客も多く訪れる国を挙げての一大行事なのだろう。


「ええ、『双竜祭』は一週間後に始まるのだけど、ちょっとだけ厄介なことがあるのよねぇ……」


 本当に困ったという顔で艶めかしく息を吐くソフィアに、アステルは純粋な心配からおろおろと狼狽する。その時、不意にそんな二人の後ろから、ゼットが話しかけてきた。


「『双竜祭』では、親しい相手を『つがい』に選んで、一緒にお祭りを回るというしきたりがあるんですよ。昔話で二柱の神竜がつがいになったというのになぞらえた風習らしいです」


「うわっ、ゼット様!? いつの間に!?」


「アステル嬢がソフィア様のなでなでから逃れたあたりからですかね」


 ゼットは飄々と言うと、ソフィアの手を取って校舎の裏手を指し示した。


「ソフィア様、裏口を開けてもらいました。奴らに見つからないよう、そちらから校舎に入りましょう」


「ええ、ありがとうゼット。本当に頼りになるわぁ~」


 ソフィアはゼットを胸の前で挟むように抱き込むと、遙か上から愛おしそうに彼に頬ずりをする。ゼットはそれに迷惑そうな顔を一切せず、平然とアステルに声をかけた。


「……アステル嬢も一緒に来ますか? このままでは正門から行ったら確実に遅刻になりますが」


「はっ」


 自分の置かれている状況を思い出したアステルは、天の助けでも得たような顔でゼットに頭を下げた。


「あ、ありがとうございます! お言葉に甘えさせていただきますぅー……!」


 こうして三人はこそこそと身を隠しながら登校に成功したわけだが――ソフィアの受難はまだまだ終わる気配はなかった。

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