第13話 侵略的外来令嬢VS魔法の毒リンゴ(06)
数時間後、気絶から目覚めたゼットは、学内の医務室でソフィアに抱きしめられていた。
「ゼット~! 心配したのよ~~!」
「うぎぎぎぎ……」
傷だらけのゼットは力一杯抱擁され、彼の全身からは鳴ってはいけない音が鳴り響く。破壊されたそばからそれを治癒魔法で治療し、ゼットは与えられる痛みに耐えていた。
ソフィアを心配させたのも、自分の力量を見誤ったのも、全て己の責任だと分かっていたからだ。
そんな微笑ましい暴力行為が行われているそばで、アステルはほのぼのと、ミニアは咎めるような顔をしていた。
「でも、無事に犯人が捕まってよかったですね。ゼット様が危ないことをしてソフィア様に心配をかけたのはいただけませんが!」
「その通りよ! 自分なら怪我をすることもないから大丈夫とほざいていたのは、一体どのお口かしら?」
「う……返す言葉もございません」
正論で責められ、ゼットは珍しく素直に謝罪する。
その時、なりゆきを見守っていたサクマがパンパンと軽く手を叩いて、平和な会話を遮った。
「はいはい、ゼットも目を覚ましたんだから、アステル嬢とミニア嬢は授業に戻りなさい」
「あっ、はい! そうですよね!」
「ソフィア、ゼット。わたくしたちは行くけれど、学内でイチャつくのはほどほどにするのよ?」
「はいはいはい。ほら、行った行った」
サクマはアステルたちを追い出し、自分もそれに続いて部屋から出ていった。
自然と二人きりになった医務室で、ソフィアはゼットに寄り添うように距離を詰める。
「ねぇ、ゼット。わたくし、今回のことで一個だけ心残りがあるのよ」
「はあ、心残りですか?」
嫌な予感がしつつもゼットが尋ね返すと、ソフィアは幼い少女のように唇を尖らせた。
「呪いで眠るわたくしを助けてくれた時に、わたくしとキスをしたんでしょう? わたくし、その記憶がないのが悔しいのよ~!」
「はぁ……そんなことですか」
「もう、わたくしにとっては重要なことよ? ゼット、普段は一人前になるまで唇を許してくれないって言ってるのに……」
拗ねた顔でぶつぶつと言うソフィアに、ゼットはため息交じりに謝罪した。
「はぁ、すみませんでした。勝手にキスしたりして」
「むぅー……悪いと思ってるなら、わたくしのワガママを通してもいいわよね?」
「は?」
言うが早いか、ソフィアはゼットの顔をそっと引き寄せて、その唇に唇を重ねようと体をかがめた。
ちゅっというリップ音。
しかし、二人の唇は触れておらず、ソフィアの口づけは、自分の口を塞ぐ形で遮ったゼットの手によって防がれていた。
ソフィアは顔を遠ざけると、悔しそうに声を上げる。
「んもう! 不意打ちならいけると思ったのにぃ!」
「いくら貴女のワガママでもこれだけは聞けませんよ。そういう掟ですから」
憤慨するソフィアを、ゼットは慣れた様子で宥める。しかしソフィアの機嫌はなかなか治らなかった。
「ゼットなんてもう知らないわっ。ふんだ!」
ぷんすかと可愛らしく怒るソフィアに、ゼットは仕方なさそうに苦笑し、少し考えてから彼女の左手をそっと取った。
そしてそのまま、絵画のような優美さで、麗しい指に口づけを一つ。
ゼットは顔を上げると、きょとんとしているソフィアに素の表情で微笑みかけた。
「絶対にいつか貴女を倒して、貴女に相応しい王になってみせるよ。だから……今はこれで我慢してくれないか?」
文字通り王子様の顔でそう告げられ、不意打ちを受けたソフィアは時間をかけてゆっくりとその顔全体に喜びの感情を広げていった。
「まあ……まあまあまあ~! なんて熱烈なの~~!!」
「ぐぎぎぎぎ……」
歓喜のあまり抱きしめられたゼットは、バキバキになっていく全身の骨の音を聞きながら、二人の間で交わされた誓いへの決意を新たにするのだった。
*
王都郊外にある、クリフアーチ家の屋敷。
その一室で、ヴォスタフの蛮行に同行していた使用人が、己の主人に事の次第を報告していた。
「――報告は以上でございます、リューリク様」
「そうか、ご苦労。下がっていいぞ」
報告を受けたのはリューリク・クリフアーチ。ヴォスタフの実兄であり、有能な政治家として頭角を現しつつある人物だ。
使用人が退出したのを確認し、リューリクは大きくため息をつく。
「『侵略的外来令嬢』……。愚弟め、ここまでやらかすとはな」
ソフィア・アームドレディ。
彼女の正体を知っているのは、国でも政治の中枢を担う者だけだ。それゆえに事情を知らない貴族が彼女にちょっかいをかけることも多く、関係者は毎回、胃を痛めている。
それだけならば他国の要人が留学生として訪れているので対応しなければならないというだけの話で終わる。だが、問題はソフィア・アームドレディの性質とでも呼ぶべき部分だった。
すなわち、深く関わった者全てを変質させ、強い感情を抱かせる生来のカリスマ性。
彼女はそれをもって、無意識のうちに学園をじわじわと侵略しつつある。
今回の一件で愚弟は間違いなく彼女に堕ちるだろう。あんな穀潰しでも『四大臣』の血縁者であることには変わりない。これをきっかけに、少しでも国政に関わる人物が他にも彼女に堕ちたら――
リューリクは頭痛をこらえるように眉間を揉んだ。
「大臣の父上にもこの話は届くだろうし、下手をすれば王族の耳にも入りかねないぞ。まったく、とんでもないことになった」
彼は俯くと、肺の中身を全て吐き出すように大きく長いため息をつく。そして――次に顔を上げた時、リューリクの目には野心的な炎が揺らめいていた。
「さて、どう立ち回るか。面白くなってきたな」
これにて毒りんご編はおしまいです!
年末年始はできる限り毎日更新するので、お楽しみに!




