第11話 侵略的外来令嬢VS魔法の毒リンゴ(04)
学園から馬車で一時間ほどの位置にあるとある邸宅。
その一室で、恰幅の良い40歳ぐらいの中年の男――ヴォスタフ・クリフアーチはにやりと顔を笑みの形にしていた。
ヴォスタフは、リブラフルール王国の政治に関わる大貴族の次男だ。
彼の父親であるライラフ・クリフアーチは、高齢ながら王国の中枢を担う『四大臣』の一角を担っており、兄であるリューリク・クリフアーチも柔軟な思考と高い求心力で、次代の大臣として呼び声が高い。
しかし優秀な家族に囲まれたヴォスタフ自身は凡庸な男であり、父と兄の権力を笠に着て社交界で好き放題に振る舞っていた。
当然、周囲からの評判が著しく低いヴォスタフであったが、そんな彼は、数ヶ月前に運命の出会いをした。
それは、ヴォスタフが珍しく街に出た日のことだった。
「馬車が脱輪しただと!? ふざけるな! 五分以内に直せないなら、貴様はクビだ!」
「す、すみません! 今直しますのでお許しください、ヴォスタフ様!」
いつもしているように使用人に当たり散らし、ヴォスタフは脂肪がたっぷりついた顔を乱暴にハンカチで拭う。
彼が訪れた国王の城を囲むように広がる王都は、季節外れの高温多湿な天気に見舞われていた。
魔法で温度調整されている馬車から降りたヴォスタフは、普段の不摂生のせいもあり、滝のように汗を流し続ける。
「くそっ、なんで俺がっ、くそぉっ!」
行き場のない怒りで道に落ちていた石を蹴飛ばすと、石は思いのほか遠くへと飛んでいき、広場の噴水のほとりで和やかに談笑している少女たちのところへと転がっていった。
石はそのうちの一人の足にこつんと当たり、彼女はきょとんとした顔でヴォスタフへと視線を向けた。
そしてそんな彼女と目が合った瞬間――ヴォスタフは全身に稲妻が走ったかのような衝撃に襲われた。
慈愛をそのまま形にしたかのような目元に、神秘的に揺れる翡翠色の髪。目が合っているだけだというのに体に歓喜が駆け巡り、神が作りたもうた最高傑作なのではと思うほどであった。
彼女はヴォスタフににこりと微笑むと、そのまま少女たちとの会話に戻ってしまった。
ヴォスタフは下世話にも、彼女の豊満な胸と尻を舐めるように眺めた後、下品な笑い声を上げた。
「くくくっ……あの女、絶対に俺に一目惚れしたな。どこの誰かは知らないが、求婚してきたら愛人にでもしてやろうじゃないか」
かくして上機嫌のままヴォスタフは自分の屋敷へと戻ったのだが――待てど暮らせど、あの少女からの求婚の知らせは来なかった。
「どういうことだ! あの顔は絶対に俺に惚れているはずなのに! こうなったら素性を突き止めて、無理矢理うちに召し上げてやる……!」
ヴォスタフは人脈を駆使して彼女の正体を探り当てた。
ソフィア・アームドレディ。リブラフルール王立学園の一年生であり、ブレイブ王国からの留学生。そして――噂によれば、本国で婚約破棄をされたという人物。
「くっくっく! それはちょうどいいな! このまま行き遅れになる女なら、俺がもらってやる!」
しかし、彼女を屋敷に迎える準備を整えていると、ヴォスタフは兄のリューリクからその行動を阻止された。
「ヴォスタフ、ソフィア嬢に手を出すのは止めるんだ」
「はあ!? なんで兄貴がそんなことに口出ししてくるんだよ! あの女は俺の運命の女だぞ!?」
「彼女はブレイブ王国からの客人で、お前の欲望を満たすための道具にしていい方じゃないんだ。分からないか? 彼女を貶めることは、政治的にまずいんだよ」
「はっ! そんなこと言って、兄貴もあの女の体が目当てなんじゃねぇのか? 絶対に渡さないし諦めないからなぁ!?」
「ヴォスタフ!!」
リューリクの制止も聞かず、ヴォスタフは計画を進めていった。
「はっ、俺だって政治的な立ち回りはできるんだよ。無理矢理愛人にするのがまずいなら、運命の相手ってことにすれば文句は言われないだろう? うちの国の国王陛下はそういうお花畑な話が大好きだからな! はっはっは!」
こうしてヴォスタフは、ソフィアの私物に『眠りの果実』という呪具を忍ばせ、呪具に対応する腕輪を密かに身につけ始めた。
もし呪具が発動し、彼女が結晶の城に閉じ込められたのなら、腕輪が反応してヴォスタフにそれを知らせる。ヴォスタフは何食わぬ顔で颯爽と彼女の前に姿を現し、キスをして彼女を救い出す。
そうすれば、ソフィアの運命の相手は自分ということになる。
「くく……時間は掛かってしまったが、ようやく『眠りの果実』が発動したようだな。今行くぞ、俺のソフィア!」
ヴォスタフはあらかじめ用意しておいた大げさな衣装を身につけると、童話の王子様のような心持ちで馬車へと乗り込んだ。
「学園へ急げ! お姫様が待ちわびてるぞ!」
「へ、へい! 今すぐ!」
彼の乗った馬車は派手に揺れながら道を駆け抜け、学園の門番からの制止も無視して、呪具が発動した現場へとたどり着いた。
そこには結晶でできた城と騎士が、厳めしい雰囲気で彼を待ち構えていた。それを囲むように立ち入り禁止のロープが張ってあるが、周囲には数名の警備員がいるだけで、学生も教員もどこにもいない。
「ふん、薄情な奴らめ。今、会いに行くぞ、姫!」
ヴォスタフは鼻息荒く城へと近づくと、堂々とその中へと入っていった。腕輪の呪具を身につけているおかげで、騎士が彼を襲うことはなく、彼は何の障害もなく最上階へとたどり着いた。
最上階の中央には結晶でできた寝台が存在し、その上にはシーツをかけられた人影が寝かされている。ヴォスタフは興奮で鼻息を荒くしながら、その人物の顔をのぞき込んだ。
「ぐっふっふ……さぁソフィア、俺と運命のキスを――」
「――かかりましたね。不埒者が」
「は?」




