第10話 侵略的外来令嬢VS魔法の毒リンゴ(03)
ソフィアからゴミを没収し一人で焼却炉に向かったゼットは、ウンザリとした顔でゴミ処理をしていた。
「はぁ……ソフィア様にも困ったものです。いくら宝物を貯め込むのがドラゴンの習性とはいえ……」
ぶつぶつと言いながらも、大量のゴミをゼットは焼却炉に放り込む。この学園の焼却炉は用務員が主に使うものだが、あまりにも何度も焼却炉でソフィアのゴミを燃やす申請を出しているうちに、ゼットは特例でいつでも焼却炉を使える許可をもらっていた。
全てのゴミを炎魔法で燃やし終わり、残った火の始末も済ませてからゼットは校舎入り口のほうを振り返る。
すると、ソフィアたちを残してきたその方角から、騒がしい声が聞こえてくることに気がついた。
……ろくでもない予感がする。
たとえ一時でもソフィアから離れたことを悔やみながら、ゼットは疾風のような勢いでそちらに向かって走り出した。
ものの数分でその場所へと戻ってきたゼットが目にしたのは、そびえ立ち増殖を続ける結晶の城と、それに挑み続ける学生と、学生を怪我させないようフォローするサクマ、そして慌てふためくアステルとミニアの姿だった。
「はわわわ、もう滅茶苦茶ですよぉ」
「そこそこの実力者もいるはずなのに、全員撃退されるなんて……どれだけの魔力量があればこんなに大量の騎士を同時に動かせますの!?」
「うう、こうなったら私たちも挑戦を……!」
「何言ってるの!? 確かにわたくしも、恋愛ではなく親愛の強さなら自信はありますけれど!」
ほとんど錯乱状態に近いアステルとミニアに、大体の事情は察しつつもゼットは声をかけた。
「一体何の騒ぎですか、お二人とも」
「ゼット様!」
「何してたの、来るのが遅いわよ!」
「すみません」
八つ当たりのように叫ぶミニアに、ゼットは素直に謝罪する。
アステルはそんなゼットにまくし立てた。
「大変なんですよ! ソフィア様がリンゴを食べて呪いにかかって、愛する人がキスをしないといけなくてーっ!」
「子犬さん、落ち着きなさい。ソフィアが持ち物に紛れていた『眠りの果実』を食べたのですわ。『眠りの果実』についてはご存じ?」
「……なるほど、理解しました。それでソフィア様の信奉者の方々が、果敢にも挑戦しては散っていると」
再び城のほうに目を向けると、無謀な挑戦者たちは一切諦める様子もなく、突撃を繰り返していた。むしろ、彼らが力尽きる前に、フォローしているサクマの魔力のほうが先に尽きてしまいそうだ。
「はぁ……やるしかありませんね」
ゼットは覚悟を決めるように息を吐くと、サクマの隣に並んだ。
「サクマ先生、合図をしたら全員を結晶の城から遠ざけてください」
「ゼットか。勝算はあるんだな?」
「ええまあ」
「……分かった、頼むぞ」
まるで歴戦の戦士のように最低限の会話を交わすと、ゼットは短剣を抜き放って構える。その銀色の刀身は、渦巻く風を不可視の刃めいて纏っていた。
その風で前髪を巻き上げながら、ゼットはサクマにだけ聞こえる声量で言葉を発する。
「3、2、1……今です!」
ゼットの合図と同時に、サクマは奮戦を続けていた生徒たちを一斉に使い魔で拘束して後方に下がらせた。
狙うべき獲物を全て見失った結晶の騎士は、困惑したように動きを止める。その隙をついて、ゼットは結晶の城の入口へとたった数歩で迫った。
城の入口には他の騎士よりも一回り大きな鎧を纏った重騎士が立ち塞がっていた。
重騎士はその巨大な体躯で入口を完全に塞ぐ形で立っているので、交戦は避けられない。
ゼットは最後の一歩を踏み込むと、地を這うほど低い姿勢で重騎士の足下に肉薄した。
構えたナイフが纏う無数の風魔法を一箇所に集めて研ぎ澄ませ、薄く長い不可視の刀身を作り出す。ゼットはしっかり目を見開いて重騎士の鎧の継ぎ目を見定めると、その急所目がけて不可視の刀身を振り抜いた。
すぱん、と。
あっけない手応えとともに、重騎士の膝から下が切り落とされ、支えを失った体が地面へと落ちていく。
ゼットは地面へと着地すると、スライディングする形で自身の勢いを殺し、そのまま背後を振り返らず城の入口へと駆け込んだ。
結晶でできた階段を数段飛ばしでゼットは駆け上がっていく。外に控えていた結晶の騎士が追いかけてくる音が聞こえたが、重騎士の残骸によって多少の足止めはできているようだ。
騎士が追いつくよりも早く最上階にたどり着いたゼットは、結晶でできたベッドに横たわるソフィアを見つけた。
ゼットはソフィアへと駆け寄り、その顔を覗き込む。いつも生気と慈愛に満ちあふれている目は瞼の内側に隠され、眠っているときですら穏やかな表情を浮かべている口元からは、今は何の感情も読み取れない。
呪いで眠っているだけだと分かっていても、ゼットは自分の心臓が冷え切ってしまう思いがした。
「ソフィア……っ」
震える声で名前を呼び、ゼットは彼女に触れようとする。
その時、階下から騎士たちが追いかけてくる足音が聞こえ、ゼットは正気を取り戻した。
呪いを解くには、最愛の人のキスが必要。一刻の猶予もない。
ゼットは覚悟を決めると、ソフィアへと顔を近づけた。
「……ごめん、ソフィア」
小さな謝罪の後、触れるだけのキスがソフィアの唇に落とされる。その瞬間、辺りを覆っていた結晶はパキンっと音を立てて粉々に崩れ去った。
当然足場を失ったゼットとソフィアは地面へと落下を始める。ゼットは自分よりも遙かに大きな体躯のソフィアをしっかりと抱えると、着地地点である地面に風魔法を展開した。
それをクッションにして緩やかに着地し、ゼットは地面に膝を突く形でソフィアの体をゆっくりと地面に下ろす。
しかしソフィアの瞼はいまだ閉ざされたままで、体も指一本動かすこともなく冷え切っている。
まさか、間に合わなかったのか。
絶望とともに、ゼットは彼女の名前を小さく呼ぶ。
「……ソフィア、頼む、目を開けてくれ」
すると、その声に反応するようにソフィアの体が揺れて、彼女は大きく咳き込んだ。
「ぐぇ、けほけほっ!」
ソフィアの口からぽーんと飛び出てきたのは、彼女が一切噛まずに丸呑みにしたリンゴだった。それがてんてんと転がっていくのを呆然と見ていると、ほのぼのとした声がゼットの腕の中から聞こえてきた。
「あら、ゼット。そんな顔をしてどうしたの?」
ほんわかと平和そのものの顔で微笑むソフィアに、ゼットは泣きそうになっていた表情をごまかして、わざとらしいほど怖い顔を作った。
「……リンゴを丸呑みなんてしたら、呪いがなくても昏倒しますよ。ソフィア様」
*
十数分後、すっかり回復したソフィアは、とある談話室でうなだれて反省していた。
「うう、ごめんなさい。わたくしがリンゴを食べたせいで……」
「本当にその通りですよ。出所の分からないものを食べないでくださいとあれほど申し上げたのをお忘れですか?」
「はぅ……」
普段は何でも肯定してくれるゼットに叱りつけられ、ソフィアは申し訳なさそうに縮こまる。
この部屋にやってきてからずっと続いているそのお説教を止めたのは、いつも通り面倒そうな表情のサクマだった。
「あー、そろそろ事情聴取をしたいんだが構わないか?」
「はい、お待たせしてしまい申し訳ありません。……ソフィア様、説教の続きはまた後で行いますからね」
「ええ、わかったわぁ……」
しょんぼりと肩を落とすソフィアをそのままに、サクマはその場にいる者に質問を開始する。
「そもそもの確認だが、あのリンゴはソフィア嬢の持ち物ではないんだな?」
「はい、少なくとも俺は関知していません」
「わたくしも心当たりはないわ。いつの間にわたくしのカバンに入っていたのかしら」
心底不思議そうに首をかしげるソフィアに、サクマの眉間の皺はますます深くなる。サクマは部屋の隅のほうで居心地悪そうにしていたアステルとミニアへと視線を向けた。
「そっちの二人も心当たりはないんだな? 間違いなくカバンから出てきたところを目撃したか?」
「はい、この目でしっかりと! カバンのゴミの中からころころと出てきました!」
「わたくしも証言するわ。あのリンゴは、ソフィアのカバンの中から出てきたものよ」
アステルは元気に、ミニアは冷静に事実を報告する。サクマは頭痛を堪えるように頭を押さえた。
「となると考えられるのは、ソフィア嬢に危害を与えるために、誰かが彼女の荷物の中に呪物を紛れ込ませたといったところか……」
「き、危害!? それってまさか暗殺とか……っ」
アステルは素っ頓狂な声を上げ、それと対照的に周囲は重苦しい表情で沈黙した。サクマは大きくため息を吐いた。
「最悪の場合、そうなるな。はぁ……下手をすれば国際問題だぞ」
ぶつぶつと言いながら、サクマはこれからの対応を思案する。ゼットはそんな彼の様子を見つめた後、ふと机の上に置かれた証拠品である『眠りの果実』へと目を向けた。
ゼットの脳内に、一つの案が思い浮かんだ。
「……皆さん、少しいいですか」
軽く手を上げて、ゼットは話を切り出す。その場の全員が彼に注目した。
ゼットはソフィアを傷つけられたことへの静かな怒りを目に宿したまま、冷静な声で提案した。
「俺に考えがあります。協力していただけますか」




