第92話 昂り
ギルマスの一閃を余裕で受け止め、硬化した腕で攻撃を弾いたのはインフだった。「なんという無礼な」と苛立った様子の彼女は、僕の腕に手を回したまま、「なんなのですか、あの男は?」と聞いた。
「あ、あの人は、こ、このリンデンギルドのマスターだよ!? で、そのマスターが、ど、どうしてこんなことを!?」
「それはこっちの台詞だ。なんのつもりか知らんが、こちらも仕事なんでなッ!」
再度斬り掛かったギルマスの一撃を、カルラが割って止めた。「お待ち下さい!」と制止する言葉も聞かず、ギルマスは圧倒的な力で彼女を弾き、再び深く踏み込んだ。
恐ろしいスピードで放たれた一撃が、壁を破壊し貫通した。しかし難なく攻撃を躱したインフの態度に苛ついて、ギルマスは「おいおい」と、昂りなのか怒りなのかわからない感情を撒き散らしながら剣を握り直す。
「な、何事ですか、一体!?」
騒ぎを聞きつけたニコルが部屋に駆け込んできた。「入るな!」とギルマスが凄んだ一瞬の隙をみて僕の耳元へ顔を寄せたインフが、「どういたしましょうか?」と聞く。
「どうって!?」
「消してしまってよろしいですか?」
「だ、ダメに決まってるだろ! もう、どうしていつもこうなるんだよ!?」
これ以上騒ぎを大きくするわけにはいかないとインフの前に立ち塞がった僕に対し、ギルマスの殺気に満ちた視線が突き刺さる。「どかなければ殺す」という無言の圧力に耐えながら、僕は頭の中で呪文のようにスキルの名前を繰り返した。
「馬脚を現したな盗人どもが。問題がありゃあ斬り捨てるまでよとペラペラ喋ってみたが、怪しいったらないぜテメェら。にしてもよぉ……、どけやッ、カモフラージュに連れてこられた素人冒険者の兄ちゃんよぉ!」
毛が逆立つほどの魔力を帯びた巨体が、空気を二つに裂くほどのスピードで突進してくる。それでも僕はギルマスの一撃を正面から受け止め、身体に受けた衝撃を強引に天井へと押し流した。
「キャアッ!!?」
ニコルの悲鳴とともに激しく建物が揺れ、斬撃の衝撃波が天井を貫通して空の彼方へ消えていく。正面から攻撃を止められてしまったギルマスは、体格差のある僕に抱えられて止まる形となり、「何が起こった?」と腰に抱きつく僕の後頭部を見下ろしていた。
「お待ち下さいマスター殿、我らに敵意はありません!!」
その隙をみて、カルラとニコルが僕らの間に割って入った。呆然と二歩後退したギルマスは、現実が受け入れられないのか一瞬放心したのち、ようやく我に返り、こちらを睨みつけた。
「なんだキサマ。何をした?」
突然現れた得体の知れないモンスターと対峙した時のように、笑顔が混じり、身体が高揚するほど昂った様子のギルマスは、部下であるニコルやカルラの制止すら気にせず、また剣を握り直した。しかし個室の異変に気付いて押し入ってきた別のギルド職員たちが総出で彼を押さえつけ、次の一撃をどうにか食い止めた。
「マスター! 建物が壊れます、やめてください!!」
「ご乱心だ、マスターのご乱心だぞ、みんな急げ!!」
最初から僕たちに交戦の意思がないことを察していたかのように、「どけっ!」と憤っているギルマスの首に職員数人が背後からしがみつく。「揉め事か!?」と、冒険者たちまでもが入り乱れて混沌とする中、ニコルは一人「なんでもありません!」と皆に事情を説明し、どうにか場を落ち着かせた。
「うるせぇ、止めんじゃねぇ! テメェら敵を見間違えるなよ、そっちが敵だろ、いけッ!」
未だ抑えが効かないギルマスを背後に隠したまま、ニコルが「申し訳ありません」と僕に詫びた。普通であれば、「ギルマスの意向=ギルドの方針」として仲間総出で僕らを排除しそうな流れなのに、何故か反対にギルマスが取り押さえられ、怒り狂っている。僕はその異様すぎる状況に首をひねりながら、「あの、……マスターさん、大丈夫なんですか?」とニコルに質問した。
「え、ええ。ウチのマスター、いつもああなんです。ちょっと気になった冒険者さんがいると、奥に呼び込んでちょっかいをかける癖がありまして……。でも近頃はずっと静かにしてましたので、まさかこのような事態になるとは思わず……」
「は、はぁ……、なんか凄いですね」
あははと苦笑いしたニコルは、完全に崩れてしまった建物の屋根や外壁を見回してから、再度ハァとため息をついた。どうやら過去にも同じような失態があったらしく、原因の大半はギルマス側にあったみたい……
「ダァァァッ! わかった、わかったからもう放せ!」
職員を片っ端から投げ払い、殺気に満ちたままの大男が僕とニコルの前に仁王立つ。僕は鬼の睨みを震えながら「あわわ」と受けたものの、窓口でのオドオドした態度はどこへやら、「そこまでです!」と一喝した彼女の態度に眉をひそめ、「ちっ」と舌打ちし、ようやく武器を下ろした。
「下手な動きをしてみろ。その瞬間に首を飛ばしてやるぞ小僧」
そんなことしませんと心に誓っている僕とは対照的に、いつの間にか隣に戻っていたインフが「もう一度言ってみなさい?」と因縁をつける。「話がややこしくなるからもうやめて!」という僕の言葉とともに、ようやく諍いは終結するのだった――




