第82話 全ての常識
背筋が冷たくなるほど直接的に突きつけたポンさん。だけど、僕はもう引き返す気はない。
「確かに僕は殺される運命なのかもしれない。この事実が公となり、竜と人との関係が危うくなれば、さらに世界は混沌としてしまうでしょう。そうなれば、僕の命を狙う人物も増えると思います」
「せやったら」と言いかけたポンさんに、僕は「だけど」と言葉を被せた。そして両手をバンと叩きつけ宣言する。
「だったら……、僕がもっと強くなればいい。竜にも、人にも、エルフにもモンスターにだって手が出せないくらい、僕がインフを守ってあげられるくらい、強くなればいい。……なってみせる。いいや、僕ならそれができる」
呆然と僕を見つめる面々。
しかし「ぷっ」と吹き出したポンさんが、「どないな冗談やねん?」と吐き捨てた。
「竜にも人にも負けんくらいやて? たかが記憶喪失のヒュム程度が、随分大きく出たもんやで。確かにおのれのスタンプは超強力や。しかしそれだけや。それ封じられたらなんもでけへんやん。そうちゃうんかいッ!?」
僕の力のことを知っているポンさんの意見は確かに重い。だけどそんなポンさんでも、一つだけ知らない事実がある。
「皆さんは、……カーズルインが滅びた本当の理由を知っていますか?」
突然の問いかけに、四人が顔を見合わせた。僕はこれから自分が口にすることを喉の奥から摘み上げるように、思い切り空気を飲み込んだ。
「カーズルインを壊滅させたのは、インフでも、真竜国のドラゴンたちでもありません。…………この僕なんです」
村長がガタンと椅子を踏み外し、尻もちをついて倒れてしまった。カルラとエアリスも、開口したまま身動きがとれず、ただただ僕を見つめて硬直していた。しかしポンさんだけは苦々しい顔で冷や汗を流しながら、ムググとこちらを睨んでいた。
「僕は意図せずインフを倒してしまっただけでなく、彼女に促されるまま、カーズルインを壊滅させてしまった。そして自分を倒した強者にこそ主人となる権利があると、一方的に言われるまま彼女と従属の契約を交わし、彼女の主になってしまった。……偶然の出来事だったとはいえ、全て本当のことです」
どうやら思うところがあったのだろう。
ポンさんは僕との過去のやり取りを思い出しながら、そのままにしてきた矛盾を、自分の中で繋ぎ合わせているみたいだった。
「この事実を知っているのは、皆さんと僕を除けば、インフ本人しかいません。この話を皆さんにしたのは、僕の覚悟を知っていただきたかったからです」
いよいよ全てが受け入れられず、小さく首を振ったエアリスが、「これはなんの冗談ですか?」と僕に焚き付けた。しかしカルラとポンさんは妙に冷静にそれを止め、沈んだように僕に質問した。
「ウタよ…………、それは本当の話、なのだな?」
「ちょ、ちょっと姉様。こんな男の言葉を受け入れるつもりですか!? こんなどこの、まるで情けない、ひ弱なこんな男に!?」
エアリスの言葉に耳を貸すことなく、カルラは椅子に腰掛け、ぐったりと項垂れながら肩を落とす。「姉様……?」と自分が信じている同族の異様な落胆ぶりに、エアリスは困惑しながら村長に泣きつく。
「村長様、このような奴の言葉を信じるというのですか!? このような、どこの、誰ともわからぬ者の言う話を!?」
村長は彼女の質問に対する答えをカルラに求めた。しかしカルラは肯定も否定もせず、ただ静かに顔を落としたままだった。
「……ウタ。おのれ、今のレベルはなんぼや?」
不意にポンさんが聞いた。
僕は隠すことなく、今のレベルを皆に告げた。
「ご、ごひゃくきゅうじゅ……!? な、何よそれ、伝説級の勇者だって、そんな馬鹿げたレベルじゃ……」
エアリスがペタンと尻餅をついた。
そして村長やカルラにしがみつき、「嘘ですよね?」と聞いて回った。
「なんで記憶のないパンピーヒュムが、そんな馬鹿げたレベルなんか、ずっと不思議ではあった。けど、原因がカーズルインの竜どもを焼き払ったのが理由ならそれも当然や。……せやけど、そんなん実際にあってええ話なんか!?」
良いはずない。
しかし僕がどれだけ否定しても、現実にカーズルインは消滅し、この世界から消えてしまった。
「ダメだよ、ダメに決まってる。そんなの当たり前じゃないか……」
どれだけの悪事を働いた軍事国家であったとしても、それを闇雲に滅ぼしてよい理由などあるはずがない。そしてその罪は永遠に消えることなく、僕の一生について回る。
そんな僕が、どれだけ善行を説いたところで、説得力はない。馬鹿げた殺戮者であることも自覚はしている。だから――
僕が覚悟を決めて次の言葉を言いかけたところで、「待ちぃ」とポンさんが止めた。そしてどうやら全てを理解したうえで、「その先は言わんでもええ」と口止めした。
「もうええ、今のであらかた全部わかった。そのうえで言わせてもらう。ウタ、お前これからどうするつもりや?」
僕にどうするのかって?
そんなの、もうずっと前から決めていた。
「……変えるよ、何もかも」
「変える? 一体何をや」
「全部。この世界のよくわからない価値観も、争いも、理不尽も、何もかも、僕や、僕の仲間たちが、みんな笑って暮らせるように、僕の思うように全て、全部ひっくり返す。そんなことで僕の罪が消えるとは思わないけど、これから僕がすることで少しでも世界が幸せになるように、全ての常識を塗り替えたいんだ」




