第67話 月狂の一撃
「デケー! おい嬢ちゃん、前言撤回、あれはデカすぎや。あんなもんどないもならんで、どーするつもりや!?」
「無論、正面から斬り捨てる」
「アホいえ! 無理に決まってるやろ!!」
言い合いしている間にも、軽く振るった鎌が激しい唸りを上げ、斬撃となって迫りくる。しかし見事なステップで攻撃を躱したカルラは、一瞬にしてマンティスとの距離を詰め、胸元へ潜り込んだ。
「ッッ!?」
目を丸くするポンさんを背負ったまま、彼女は妖糸の剣とは別の赤い刀を抜き、マンティスの横腹を一閃した。しかし返す刀で振り下ろされた鎌が迫り、珍獣の「ヒィィィッ!」という悲鳴だけが虚しく響いた。
「くッ、硬い。しかしその程度の攻撃が私に当たるものか!」
剣先で鎌をいなし、バックステップを踏んだカルラが大きく距離を取る。僅かに斬られ、紫色の血が滲む腹に触れたマンティスは、前後に揺れる牙をギリギリと鳴らしながら、一向に加勢にやってこないモンスターたちに苛立っていた。
「驚いたで、嬢ちゃん。そこまでやれるんは意外やったわ」
「お褒めいただき光栄だ。……しかし、そう長くはもちそうもないんだ」
剣の柄を握り直した彼女の手元では、例の手袋が怪しい光を放っていた。視線を落とし、苦い顔をしたポンさんは、「もしかしてそいつ……」と呟く。
「本当に物知りな獣め。ご明察のとおり、これは一種の呪いのようなものをかけられた魔道具だ。装着している間、コレは私の魔力を吸い続け、その対価として私の能力を飛躍的に向上してくれる。しかし……」
「タイムリミットは短いってか。そら難儀やで」
「御名答」と地面を蹴ったカルラが、目にも止まらぬ速さの連撃を放ち、マンティスの外骨格を削る。数秒とかからず、あちこちから血が噴出するも、致命傷には至らず、闇雲に敵を苛立たせるだけだった。
「さっきから俺様の周りをチョロチョロと動きやがって。雑魚のくせにうざぇんだよ、餌風情が!」
容易く人の言葉を操って怒りの表情を浮かべたモンスターは、周囲にいるモンスターを魔力の糸で強引に引っ張った。ドスンドスンと浮かび上がって現れたホブゴブリン3体は、混乱し、半狂乱のまま2人に襲いかかった。しかし――
「雑魚は貴様ら自身のこと。主様の戦いを邪魔するでない、愚か者どもめ」
どこからともなく現れたインフが、瞬き一つしているうちに3体の首を捻り切った。
「犬どもは、あのデカブツだけを見ていろ」と言い捨てて姿を消した彼女は、2人が戦っている周辺にモンスターが近付かぬよう、僕が逃がしたモンスターを警戒し、代わりに処理してくれていた。
「お、俺のコマを一瞬で。貴様ら、さっきの一撃といい、どうなっていやがる!?」
自ら斬撃を放って距離を取ったマンティスは、分の悪さを悟ったのか、再び姿を消して逃亡を図った。しかしそうはさせじと回り込んだカルラは、一撃の威力を高めて連撃を叩き込む。
「ウグッ、なんなんだコイツら。異常に強ぇ!?」
目にも止まらぬスピードで戦場を動き回るインフと、壊滅的な一撃で森を焼き尽くした僕。そして自らに立ち塞がる女エルフを前にして、マンティスが初めて後ずさった。その隙を逃さず踏み込んだカルラは、見事マンティスの脚の一本を斬り裂いてみせた。
「グァッ、この糞どもがぁッ!」
マンティスが反撃を試みるも、攻撃は空を切り、残像が残るほど高速で移動するカルラを捉えることができない。それどころかますますスピードを増していった彼女は、怪しい光を放つ禍々しい剣を操り、一撃、また一撃と攻撃を積み重ねていく。
文字どおり、成す術なし。
どうすることもできず斬り刻まれるだけとなり、防御姿勢のまま動けなくなったマンティスが怒りの咆哮を上げた。しかし臆することなくさらにスピードを上げたカルラは、いよいよ最後の一撃を撃ち込むため、己の内に残った全ての魔力を剣に込めた。
「決めるッッ、月狂の一撃!!」
激しく身体を回転させ地面を蹴ったカルラは、マンティスの心臓をめがけ、一直線に剣を突き立てた。
一撃必殺の一閃が撃ち込まれ、斬り裂かれた獣の肉から鮮血が飛び散った。
戦闘を横目で見続けていた僕は、その瞬間、「やった!」と呟いた。
紫色のおびただしい量の血が跳ね、地面を激しく濡らしていく。しかし完全に油断した僕の心を揺さぶるように、ポンさんの怒声が響いた。
「まだや、まだ核に届いてへん!」
声が聞こえた直後、ベタンという重い音が響き、岩場に何かが叩きつけられた。
「グハッ」という鈍い嗚咽とともに、グチャリと地面に落ちた何かが嫌な音を鳴らした。




