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第6話 血の契約



「―― ん、う、ん……」




 肌を焦がすほどの熱すぎる空気に触れ、僕の本能が重いまぶたをどうにか開ける。オレンジ色に輝く妙な揺らめきと、異常な焦げ臭さに眉をひそめながら、僕は慌てて身を起こす。


 目に付く全てが怪しく包む炎の色に染まっていた。草の一本まで炭化し燃え尽き、もはや瓦礫と地面以外に残るものがなくなった一面の荒野は、そこで起こった事態を容易に想像させた。



「なに、これ。何がどうなって……?」



 頭がズキンと痛み、いつかの景色がフラッシュバックする。頭を撃たれて死んだはずの僕が、どうしてまだ地に足をつけ、生きているんだろう。

 慌てて(ひたい)を擦るが、穴どころか血の一雫も出ていない。服だけは見るも無惨にボロボロだったが、そこから覗くツルツルの肌が、さも異常さを強調していた。


 各所でプスプスと煙が上がり、新鮮な空気が消え失せた周囲を見回す。人の姿どころか生き物の形跡すらなく、僕は声の限り誰かを呼んだ。すると――


 突風が吹き、空気が持ち上げられる。身をかがめた頭上から、バサバサと羽ばたく音が聞こえてくる。頭上では、微かに光る星の瞬きを遮り、あのドラゴンが僕を見下ろしていた。



「き、キミは……。教えて、何がどうなったのさ!?」



 表情を変えず僕を見下ろす彼女は、一度勢いをつけ、ズドンと目の前に着地した。地面が揺れ、僕は思わず転んで尻餅をついた。



「どうなっている……、だと?」


「そ、そうだよ。僕はキミに捨てられて黒い槍で頭を撃たれて。それからのことは、何も……」



 驚いた表情で彼女は一瞬(うつむ)いてから馬鹿にしたように笑った。そして嫌らしい悪魔のような笑みを浮かべながら言った。



「これだけのことをしておいて、何がどうなった? 面白い、これは傑作だ!」


「……え?」


「キサマさ。キサマが滅ぼしたのだ」


「ほろ、ぼ……?」


「キサマがやったのだ。このカーズルインを、不沈艦(ふちんかん)と呼ばれ、誰もが忌み嫌い(おそ)れた魔境カーズルインを、一撃でだ。たった一撃だぞ!? これが笑わずにいられるものか、アッハッハッハ!」



 高笑いする彼女に呆気にとられ、僕は改めて周りを見た。

 植物一本に至るまで破壊の限りを尽くした業火によって、形ある全てのものは消え失せた。飛ばされず残った建物の残骸だけが、ここがもと街だったことをまざまざと見せつけている。



「これを、僕が……?」


「美しかった。あれだけの集中砲火を掻い潜ってなお、一撃で沈めてみせた。我らが800年かけ、なおなし得なかった均衡を、キサマはただの一撃で証明してみせた。誇るがいい、キサマの力は素晴らしい、圧倒的なほどに!」


「力って、僕にそんなもの……」



 そこまで言いかけたところで、視線の端で何かが動いた。僕は痛む頭のことも忘れて駆け寄り、しゃがみ込んだ。



「ひ、人だ。誰か埋まってる、ねぇお願い、助けるのを手伝っ――」



 地面から伸びる形で見えていた腕に触れると、そのままちぎれた腕だけが持ち上がった。僕は「イヤァッ」と無様な悲鳴を上げて倒れ、無意識にソレを放り投げていた。

 落下し、パラパラと灰のように崩れて消えていった腕の欠片を見つめながら、ガタガタ震える僕の身体は、この地にいた人たちの姿を想像せずにはいられなかった。


 何が起きたのかは、わからない。

 しかしこの地に生きた人々が、一瞬にして燃えて消えた。

 僕は心臓を押し潰すような得体のしれない恐ろしさから、目尻から頬を伝った涙にも気付かぬまま、「はは、なんだよこれ」と呟いていた。



「世界の均衡はこの時をもって崩れた。ニ(すく)みで保たれてきた我ら龍族の争いは終わり、この瞬間わらわが名実ともにトップとなった……と言いたいところだが、残念なことにわらわはそんなことにトンと興味がない」



 人型の女の子に変化し、彼女は僕の正面で頭を撫でながら不敵に笑う。僕はショートしてしまった思考回路が全く働かず、彼女の言葉は一つも耳に入ってこなかった。



「決めたぞ。わらわを倒したキサマに、この身を、わらわの一生を捧げると。もとより太古の昔より決めていたこと。最強である我らを討ち果たした者につき従うは、ごく自然なことであろう」



 不敵に笑みを浮かべる彼女は、尻もち付いたまま動けない無様な僕の手をそっと握った。それから目の前で小さな魔法陣を書き連ね、自身の親指の腹を牙で抉ると、「血の契約を」と円の中心に押し当てた。

 激しい光が辺りを包み、僕と彼女を怪しく照らしている。身体が浮かび上がるような異変が起こり、我に返った僕は、「へ?」と間抜けな小声で反応した。



「喜ぶがよい。我、インフェ・グレーゴル・ドルード12世は、これよりキサマの従者となろうぞ。決して退屈などさせてくれるなよヒトの子。いや、ウタよ」



 永遠にも思えるほど分厚かった雲の広がる上空に、巨大な光柱が立ち伸びる。空が割れ、あれだけ薄暗かった地上に光が差し込み、僕ら二人だけを眩く照らす。



「さぁウタよ、次はどの世界を滅ぼそうか。共に行こうぞ、このインフとともに」



 彼女が僕の手を取り、笑いかけた。

 そのとき僕は、なぜだか少しだけ救われた気がした。



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