第4話 僕の人生
「ぅん……、こ、ここは?」
微かに光差す空を見上げ、目を擦る。
眩しそうに眉をひそめる様は、そこらの中学生とさほど変わらない。
「そ、そうじゃ。わらわはカーズルインの賊に討たれ、そして…って、ここはどこじゃ? ハワッ!!?」
ようやく僕の存在に気付いた元ドラゴンだった女の子は、僕の服を被されて眠っていたことに気付くなり、不審者を見るように睨みつける。
「なんじゃキサマ。まさかわらわが目を覚ますのを待っていたと? わざわざ意識ある状態で我を貶めようとは、この鬼畜めが!」
怒り狂ったネコのように眼を玉にした女の子が闇の力を開放する。黒髪のショートボブ、それでいて僕より少し幼く見える小さくて華奢で可憐な風貌に反し、トラでも食い殺してしまいそうな迫力で迫った彼女は、ゴキゴキ全身の骨を鳴らしながら語気を強めた。
圧縮された空気に押し出されて僕が仰け反っている間にも、ますます力を高めた彼女は、口の両端から滲み出てしまう牙と負のエネルギーとを見せつけながら、すっくと立ち上がった。
「わらわが太古の神竜インフェ・グレーゴル・ドルード12世と知っての狼藉か。良いだろう、こちらにも意地はある。最後の最後まで抗い朽ちてやろうではないか!」
「あ、抗うって、そ、そんなのいいから服、服着て! 見えてる、全部見えてるからっ!!?」
ツルペタ素っ裸で拳を握りしめる彼女は、こちらのことなどお構いなしに憤怒を高めている。しかしすぐガス欠に陥ったのか、ポスンと頭の先から音を立てて膝から崩れ、顔からペタンと倒れてしまった。
「だから言ったじゃないか。よくわからないけど君は限界みたいだから、じっとして休んだ方がいいって!」
「や、休……む、だと? キサマは一体、何を……」
彼女に膝枕した僕は、少し不快かもしれないけど我慢してと、目を逸らし、彼女のことを見ないようにしながら服を被せた。
「なん、の、つもりだ、やめ、ろ」
「……ホント、なんなんでしょうね。自分でもよくわかんないんですけど」
「やめろ、はなれろ、キサマ」
「…………ホントに。なんだったんでしょうね、僕の人生って」
グッと目を瞑った僕は、膝の上にいる彼女のことも忘れ、徐々にハッキリしてきた頭の中を整理していた。
初めての経験に浮かれて、油断し、川に落ちた。そして何の因果か夢か幻か、空から転落し、挙げ句、巨大なドラゴンを膝枕している。
冷静に考えれば、多分僕はもう死んでいるんだと思う。僕が見ているこの意味不明すぎる夢も、恐らく死ぬ間際に見るという走馬灯に違いない。
「自分で言うのも変なんだけど……、一度もね、手を抜いたことなんかなかったんです。僕は人より要領悪いし、オッチョコチョイだし、運動神経だって悪いし、何をやっても結果が出ないから、ドジだマヌケだって言われてきたけど、頑張るのをやめようと思ったことはなかった。いつか絶対に報われるからって、尊敬してるあの人も言ってたから……」
「な、何を意味不明な。って、おいキサマ、泣いているのか!? やめろ、わらわの上で泣くでない!!?」
ポタポタ落ちる涙が、彼女の頬を伝った。ヤメロと暴れる彼女の指先が僕の顔を遠ざけるけど、僕は溢れ出てしまう心の声を誰かに聞いてほしくて、どうしても止められなかった。
「そしたら、初めて結果が出たんです。ずっと、ずっと、ずーっと昔から憧れだった先生のいる学校に合格できたんです。でも僕、それがあまりにも嬉しくて、我慢できずに飛び出しちゃって。間抜けですよね」
「ど、どうでもいいから泣くな、黙れキサマッ!」
「本当に初めてだったんだ、努力が認められたのが。僕の人生は、落ちて、落ちて、落ちて落ちて落ち続けて、それでもまた落ちてばっかり。だけどここからやっと変わるんだ。ここからやっと、新しい僕の人生がスタートするんだって、そう思ったんです!」
「知らんっ! いいからどかんかバカモノ! って、……なんじゃこれは!?」
滴る涙が淡い光を放ち、傷ついた彼女の身体を覆っていく。泣きべそ半分な僕は、なんだかおかしな事態に驚いて、思わず仰け反った。
「わっ、なんですかコレ!?」
光はすぐに消えたけど、変化はすぐに表れた。膝上で目をパチクリさせた彼女は、自分の両手を見つめ、「戻った……」と呟く。そして視線を僕の顔へと移動させ、「キサマ……」と呟いた。
「我をニ度まで愚弄するか。完膚なきまでに叩きのめし、今度は回復させてまで、さらに辱めようなどとッ!」
全てを闇の中に飲み込んでしまいそうな迫力で僕を押しのけた彼女は、吸い込んだ重い空気を取り込んで巨大化し、再び黒龍の姿へと舞い戻った。
やっぱり悪い冗談だと諦めた僕は、ハハと軽く笑いながら、「なんだか知らないけど、元気になって良かったよ」と彼女に伝えた。
「元気に、だと? たかだかヒュムの分際で随分と上から言ってくれるものだ。だが今度は先のようにはいかん。粉々に打ち砕いてくれる!」
「そうだね、それでいいのかもしれない。よくわからないけど、僕の夢、もう叶わないみたいだし……」
「何をブツブツ言っている。もう一度、この我を倒し、辱めるつもりなのであろうが!?」
彼女が喋るだけで巻き起こる突風に煽られながら、ここで死ぬのもいいかもしれないと本気で思った僕は、両手両足を開いて「やりなよ」と言った。
「フ、フフ、フハハハ、ふざけた態度よ。良かろう、ならば望みどおり殺してやろう。人の子、後悔するなよ!」