第25話 クーマー
見覚えがある。
あれは田舎のおじいやおばあが、竹藪に入って襲われる毛むくじゃらな腕だ。いわゆる……
「クーマー!?」
ヌッと顔を覗かせたのは、僕の背丈の倍はありそうな巨大なクマのモンスターだった。その眼は確実に僕を餌として認識し、間違いなく僕をターゲットとして狙いを定めていた。
握った岩の一部が削り取られ、ドゴンと落下する。カステラを抉るように容易く岩を破壊した大グマは、「ホギュアア!」と形容し難い声で僕を威圧した。
これが蛇に睨まれた蛙か。
まさか自分が体験するとは思わず、両目、鼻、口、全部開けっ放しで硬直する。
常に冷静沈着で、どんなことにも対処してみせると意気込んでいたって、クマ相手はどうにもならないって!?
巨大な太すぎる前腕が、僕を狙って振り下ろされる。僕は偶然足を滑らせて転び、尻餅をついた。直後、クマの大きすぎる熊手が頭上を通過し、かすった頭から血が吹き出した。
「あ、あ、あ、あ」
光を遮り、立ちふさがる巨大な影。
匂いそうなほど荒い呼吸を繰り返す毛玉の塊は、僕を餌とするため威圧を繰り返す。
手足をバタバタさせて後退するが、何もできず、涙を浮かべて「あ、あ」と呟くのが精一杯。しかしクマは容赦なく、追撃の左腕を振り下ろした。
「ヒャー!」
やっと出た情けない声と同時に、そのまま横っ飛び。地面ごと抉り取る一撃をどうにか躱して転がるも、こんなの相手にどう戦えって言うの!?
右、左、右と、次々巨大な爪を向けてくるクマの攻撃を間一髪で躱し、僕はひっくり返りながら川へダイブした。しかしクマも怯むことなく、全身を躍動させて滑る水面を走ってくるじゃありませんか!
「はええぇぇ! クマ、はええええ!」
走って逃げるなんて絶対無理、不可能!
四足歩行で水面を強く蹴り、水しぶきを跳ね上げ追ってくる。
僕はどうにか水深が深い場所、深い場所へと全力で泳ぐも、相手は野生の猛獣。その腕力は圧倒的で、みるみる間に距離を詰められる。
「な、な、何か、逃げる手段は!?」
振り向けば野生の重戦車。
考えている時間は、ほとんどない。
だけどこんな命を削るようなやり取りだとしても、僕には経験がなかったわけじゃない!
「普通の18年と、僕の18年は全然意味が違う。僕が、……僕が、どれだけツイてないと思ってるんだ、バカにすんなよ!!」
この世界は、いわゆるファンタジー。
スキルや魔法が成立する世界。
そして僕が持っている唯一のスキル。
それは『 大落下 』
このスキルは、絶対強者のインフですら倒した(はず)。だとすれば、こんな小さなクマくらい、やれないはずがない!
「今の僕に落とせるもの、落とせるもの、落とせるもの、落とせるもの、落とせるものってなんだ!?」
川底を踏み切ったクマが飛び上がり、一気に距離を詰め、上から覆い被さった。僕は思い切り息を吸い込み、川底に両足を付け、顔だけを水面から出し、「うわぁぁぁぁぁ!」と叫んだ。
全身で押し潰すようにのしかかってくるクマ。このまま川底に僕を沈め、その鋭い爪で腸を突き破り、僕のことを食うつもりに違いない。だけど、
「簡単にやられてたまるかー!」
グンっと腰と上半身を落とし、僕は仰向けに倒れ込みながらクマの一撃を受け止めた。クマの右爪が腹を突き破らんとしたところで、僕は水中で歯を食いしばり、「ばべばべべ(跳ね返せ)!」と叫んだ。
スキル名:『大落下』
スキル発動中は、受けた相対ダメージについて、スキルレベルに準じた倍率で反射する。
クマの右腕が僕の腹に触れた直後、ドゴンッという破裂音が鳴り、クマの身体が水面へと浮き上がった。川に沈められたまま、「ボボバボバ(どうだゴラァ)!」と叫んだ僕は、川底に頭をぶつけながら、生まれて初めての勝利の咆哮をぶち上げるのだった――
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