第2話 神も仏も無い
母さん、それに父さん。
ひとまずご清聴ありがとう。
ここで一旦、冒頭に戻らせてもらいます。
川底を漂っていたはずの僕は、なぜか今、上空を彷徨っています。
むしろ単純に落ちていると言った方がわかりやすいかもしれません。いわゆる自由落下状態。飛行機などから飛び降りた状態のアレです。
もちろん落下に備えた装備などはありません。着の身着のまま、川に落ちたときの格好で、優雅に空の旅を楽しんで――
「いるわけないでしょッ!!?」
分厚い雲にぶち当たり、急激に視界が悪くなった。溺れたようにバタバタするけど、何も起こりません。ひたすら落ち続けるばかりで、薄暗い雲の中を超スピードで移動しています。
身体にかかるGはえげつないし、何より頬の肉がバタバタ揺れる。「アバババ!」と叫んでみても、僕の声に気付いてくれる人などいるはずない!
バブンッと音がして、どうやら雲の層を抜けた。微かに光が差していた景色はどんよりと暗く沈み、空気が急激に重苦しくなった。
同じ速度で落下する雨粒が肌にまとわりつき、否応なく僕の顔をべっとり濡らした。雨粒は無性に生臭くて、ゴホゴホ咳き込むと同時に雷の音。僕は思わずギャーと悲鳴を上げた。
「ど、ど、どんな、どんな状況なのー!?」
ツッコミを入れてもどうにもなりません。再び遠くで雷鳴が轟き、稲光に照らされ、ふと外界の姿が目に入った。
僕は改めて自分が本当に落ちていることを自覚した。そして最終的には地面とぶつかるんだねと現実を突き付けられた。
「ぱ、パラシュート!? って、そんなのあるわけない、じゃ、じゃあ……!」
自由落下の末、自由着地が確定です。
これはアレですね、……死ぬかも。
ナ ー ン ー デ ー ダ ー ヨ ー !
煌めく閃光が地面に突き刺さり、急激な光が周囲を照らす。もうすぐ死ぬんだという恐怖心と、近付いてくる地表の空気と気配にやられて、僕は風に乗る鳥のように羽ばたいてみた。無駄ですけど。
眼下に広がるは、茶褐色の荒れ地。
どこをどう見たって、無事に着地できそうもない。ただただ恐怖から浅い呼吸を繰り返しているものの、それも長くは続かなそう。すると……
ーー ナニモノダ
脳内で誰かが話しかけてきた。
僕は頭が痛くて、「誰なのー!?」と叫んでみたけど、近くに人影などあろうはずがない。
性懲リモナク"カーズルイン"ノ特殊魔法部隊カ。忌々シイ、返リ討チニシテクレル
脳に響いた声をきっかけに、眼下の地面がやんわりと光を放ち始めた。頬を走り抜けていく全力の涙を払いながら、僕は目を凝らし、光の正体を凝視した。
遥か遠く、地表付近。
巨大なお城のようなものが見える。
さらにその城の先端から飛び出した巨大な何かが、左右に大きく旋回し、バサリと揺らめいた。
円を描き、少しずつ大きくなっていく赤く禍々しい光の塊は、溶鉱炉が放つ鉄の擦れるような轟音を放ちながら、こちらへ接近してくるじゃありませんか!?
「なにか飛んでくるッ!?」
影はあまりにも大きな翼をバッサリ広げ、一気に速度を増した。赤褐色の巨大生物は、その大きすぎる口を開き、この世のものとは思えない咆哮を放った。
「なんじゃアリャー!!?」
文字にすれば、ドラゴン。
この世に存在するはずのない、架空の生き物である。
しかし僕が知っているソレとは大幅に異なっており、ドラゴンは桁違いに大きく、六本木のビル群すら飲み込んでしまうほどのサイズで僕を威圧し、一直線に向かってくる。
落下魔法ナド我ニハ通ジヌ
朽チ果テヨ、亡者ノ成レノ果テ
底すら見えないガッパリ開かれた大口から放たれた青紫色の炎が、慌てふためく僕に向かって飛んでくる。こんなの落ちる前に死ぬじゃんかと、身体を捩ったり、羽ばたいたりした。まぁ、どれも無駄だけど。
僕は嘆きながら目を瞑った。
溺れたと思ったら今度は灼熱なんて、僕の人生、どれだけ理不尽なんだよ!
落ちっぱなしな人生の終焉は、水攻めにあった挙句の果てが、焼かれて骨でした、って。これは地獄だ、間違いなく地獄だ!
古来より地獄ってものは、何度も殺されると相場が決まってる。
等活地獄に黒縄地獄、衆合地獄に叫喚地獄、大叫喚地獄に焦熱地獄に大焦熱地獄に阿鼻地獄!
「あなたは鬼ですか! 神も仏も無いんですか現世さん!?」
このセリフを叫ぶのも何度目だろう。
地獄の種類をさらで暗唱できる高校生なんて、そうはいるまいて!
空気を割く風切音が酷すぎて、ほとんど周囲の音は聞こえない。したがって目を瞑ってしまえば、情報は一つも入ってこない。
でも確実なことが一つだけ。
僕は、僕自身の力で炎を避けられませんので、数秒後に炎が直撃します。
見るまでもありません。
僕は走馬灯の中で最期の瞬間を想像し、自由落下を続けた。
なのに――