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薔薇の花

 優生はふとした瞬間涙がこぼれそうになる。この部活ともついにお別れだという事実をいやでも受け入れなければいけないから。


 僕は中学3年生でオーケストラ部に所属している。オーケストラというとマイナーなイメージを持たれがちだ。実際に、オーケストラ部がある学校というのは、ほんと吹奏楽がある学校の50分の1にも満たないだろう。それほど珍しい部活だ。


 ちなみに、僕が専攻している楽器はバイオリンだ。バイオリンは難しい楽器の一つともいわれている。その理由として、どこがどの音であるかがわからないということがあげられるだろう。ギターとバイオリンを比べてみたときに、ギターはフレットによって場所が別れているが、バイオリンはわかれていない。つまり、バイオリンの場合は自分の長年の感覚でこの音はどこら辺を押したらなるのかを瞬時に判断するしかないのだ。また、演奏方法がたくさんあることも難しいところの一つだろう。


 しかし、ギターのようにスラム奏法を行わなくてもいいということは楽なポイントだ。僕は小学生3年生から6年生までずっとギターを習っていたのだが、スラム奏法、すなわちギターで曲を引きながらドラムをやる奏法は全くと言っていいほどできなかった。


 結局、楽器はどれも難しいっちゃ難しいんだけどね。僕自身の中では打楽器は絶対にできない、と思っている。長年、音楽をやっているのにも関わらず、毎回正確なリズムで安定して演奏することはできない。そんなダメダメな僕でももし、仮に自分のバイオリンの周りより優れている技術をあげるならば、ビブラートだろう。みんなは難しい、難しいと言っているがなんだか簡単にできちゃった。


 そういえば、最初のきっかけがバイオリンのビブラートのかけ方を教えたことでとっても仲良くなった後輩がいる。彼の名前は愛人(あいと)。バイオリンのパートに入ってきた人の大半はバイオリン経験者だったのだが、愛人は違った。何なら彼は楽器を今までに詳しくしていたことがないらしく、音楽のなかの初心者の初心者であった。


 そんな愛人だったのだが、センスはぴかいちに光っていた。正直、センス面を比べれば僕よりもあることは確かだ。リズムが正確でいつも安定した演奏を奏でることができるだけですごいのだが、なんといっても「この後輩、ヤバいな」と思ったのが入部一か月目でもう次のコンクールでやるパートに食らいついていたからだ。


 新入生入学から2か月後にあるコンクールでは、基本一年生は出ないのだが愛人は出ていた。27人中の8人しか出ていなかったので大したもんだと思う。その中でも音楽を経験していた人が主なので、本当に初心者から入った、っていう人は愛人だけなんじゃないかな。


 そんな愛人が唯一苦手にしていた科目がある。前記にもあるように「ビブラート」だ。確かに、彼はビブラートを曲の中で使うことは一切なかった。しかし、次のコンクールではビブラートを使う奏法を行うのはマストだったため、僕に頼ってきたんだ。それまで、後輩との縁がなかった僕は大歓喜の雨に打たれた気分だったよ。


 結局、昼休みや部活がない日の放課後に二人っきりで練習するのが7月の夏休みが来るまで習慣になっていた。その成果があったのか真っ白い肌が外に出るだけで、黒くなってしまいそうなある日。


 「優生君。僕やっとビブラートを安定して出せるようになりましたよ!一回聞いててください。家でもたくさん練習したんです!」

と愛人が言ってきた。


 確かに日に日に上達は感じていた。でも、夏休み入ってからというもの、部活が忙しかったりしてまともに聞いてやることができていなかった。楽しみに待っていると

「それじゃあ、いきますね」

という声がした後、課題曲であったロングトーンが特徴な曲を奏で始めた。正直、そこまで期待はしていなかったのだが、そんな考えが間違っていたとすぐに思わされるようなビブラートに、自分の兄が某有名高校に受かったということを知った時くらい驚いた。まるで、愛人の世界に吸い込まれていくような感じだった。


 それから「どうでしたか?」と愛人が上目遣いで聞いてくる。


 「いや、もう。ほんとめちゃくちゃ努力したのが伝わるビブだったよ。体感だけど、ビブラートに関しては1年生の中じゃもう上に立つような人はいないと思う」


 それは、社交辞令なんかではなく本心から思ったことだった。それからというものよく、一緒に練習したり、家にいったりすることが増えていった。1年かけて二人の仲はまるで幼馴染化のようまで発展していた。


 


 あれから一年たった。今年は暖冬だとよく言うが、凍えてしまいそうなほど寒い今日この頃。あと最後の発表会まで2週間を切っていた。12月24日の県民会館で行われる発表会に向けて、一心不乱に練習に取り組んでいた。


 そんな僕は最近少し不思議に思っていることがある。僕と楽しく話したり、一緒に帰ったりしている女の子、依玖の近辺の物によく悪戯がされるようになった。今年の夏休みを開けたところくらいから今もまだ続いている。


 依玖はオーケストラ部の部長で男子からも人気があるため、ねたんだ女子が悪戯をしたのだろう、という見解だったのだが、それが毎日のように続いたので不思議に思った。ある日、僕は依玖と喧嘩をしてしまって話さなかった日があったのだが、その話していない週は悪戯をされなかったらしい。

 

 そして、その翌週の月曜日、「ごめん」と僕が謝って仲が戻った日から悪戯が続くようになった。 流石になんかの気まぐれだろう、と二人で話していた。


 そして、わざと話さない日を作ってみることもした。すると、その日は悪戯をされなかった。何回も繰り返して分かったことがある。誰かが、僕と依玖が話をした日だけ依玖に悪戯をしていることを。


 二人でデートに行くことも結構あるので、これは妬みなのだな、と勘づいていた。でも、誰がそんなことをしているかはわからない。少なくとも自分の周りにはそんなことをしそうな人はいない。そう信じているのだが、、、


 

 そして依玖が愛の告白をしてきた。その日は今年初めて雪が降り積もっていた日だった。誰もいない校舎裏で。最初は戸惑った、が僕自身も依玖が友達とは別の「好き」という感情を胸の奥底で抱いていることに気付いていたため、付き合うことになった。そこまでは良かったのだ。その次の日依玖の下駄箱に赤く染まった封筒が入れられていた。


 その中をのぞいてみると「優生と別れろ」という言葉だけ荒々し気に書いてあった。封筒の裏には12月24日と書かれていた。理由はよくわからない。だって今日は12月10日なのだ。しかも、誰もいないところで告白されて付き合っていたのになぜ知っていたのか。依玖も誰にも話していないといっていた。


 ゾッ、と背筋に寒気が走るのを感じた。でも、心配しても仕方がない。きっと誰かの悪ふざけだろう。今は部活に集中して、この3年間の集大成を出し切るのだ!そう自分に言い聞かせていた。


 


 クリスマスイブ。本番当日だ。手が雪のように冷たい。バイオリンも指を使うので温めないと。そう思ってカイロを取り出して自分の手を温めた。自分の中にある緊張、不安が全てほどけていくような感じがした。そんな時、依玖が僕を見つけこちらの方にやってくる。


 「やぁ、調子はどう?今日最後だし、頑張ろ!これでこのオーケストラともお別れだと思うと少し悲しい。」


 「ちょっと手が冷たいからコンディションは悪いかな。だから今カイロで手を温めてるよ。これで最後だから、精一杯やりきろう!」

 そう僕が言うと依玖が少しうつむいた。

「じゃあ、私が温めてあげようか?私の手温かいし」

 言い終わると依玖の耳が真っ赤に染まっていくのがわかった。きっと、僕の耳は茜色に染まっていただろう。そうして、僕らは手を繋ぎあう。細い指先は少しでも乱暴に握ってしまったら折れてしまいそうなほど華奢だった。そこまでは幸せな時間が続いていた。僕はこの時間がいつまでも続いていけばいいのに。と心から願っていた。




 そんな、華やかな場面とは一転。重大なハプニングが起こった。なくなった。なくなったのだ。依玖のフルートが。


 「絶対に今日もってきたはずなんだけどな、、、」

そう顧問の先生がいう。

 「確か、私ここの楽器置き場のスペースで見ましたよ。あのチェックがらのケースに入っていましたよね。」

 「そうなると、ここにもう何もないのなら、誰かが取ったのしか考えられませんよ」


 部員全員が暗い顔をする。そこで僕の頭の中で一つの線がつながった。この一連の悪戯を行っている正体はきっとこの中にいる。あの手紙に書いてあった12月24日とは今までで最もひどい悪戯をする最後の日、だということを表していたのだろう。心の底から怒りがこみあげてくる。しかし、時間は刻一刻と時間は流れていきもう最後のリハーサルが始まる5分前まで来ていた。


 張り詰めた空気が漂う中、ある一人の少年がつぶやいた。


 「それじゃあ、もう僕のやつを使いますか?それしかもう方法がないかと。僕は来年もあるのでこの際出れなくてもいいです。」

 フルートの担当は二人しかいない。そのため、出るのならこの子のを使うしかない。


 「わかった。ありがとう。使わせてもらう。」依玖が低い低い声で言った。そこから「じゃあ、早く舞台に移動して楽器をセッティングして」という顧問の声がして、みんな移動を始める。自分じゃない男と間接キスをされるのは言葉にできないがとても嫌だった。まだキスもしたことがないのに、、、不穏な空気が漂っていた。




 中学校3年間をかけた感動のフィナーレは遂に終了した。良くも悪くも。成功したのにもかかわらず相変わらずどんよりとした空気が漂っていた。誰もがきっときずいていた。


 「この中の誰かが依玖のフルートを盗った」と。

 

「無事に大きな失敗もすることなく終わったんだし、みんな満足だと思う。じゃあ、これで解散しよっか。」

そう、なけなしの勇気をふり絞った明るい声で依玖が言う。そこで「ちょっと待った!」という後輩の声。恒例のやつだ。去年自分たちも先輩にやったのを覚えている。


 「先輩方にはこの2年間、本当にたくさんのことを学びました。私たちはいつも先輩たちの大きな背中を見て育ってきました。この感謝を込めて、一人一人に花を贈呈したいと思います。」


 そう次期部長候補が言うと、僕の目の前には愛人がやってきた。確かに、一番お世話をしたのは愛人である。少し楽しみにしながら、どんな花が送られてくるのか待つ。スイートピー、ガーベラ。もしかしたら紫色の薔薇かも。なんて期待を持っていた。


 「この花は僕が一生懸命先輩への思いとして考えた花です。」


 そう愛人が言うとある一本の美しい花を出してきた。美しいほど黒く染まった真っ黒な薔薇を。

 そうか、お前だったのか。この一連の犯人は。その瞬間、疑問だった全てのことの理由が繋がった。

本作品を読んでくださりありがとうございました。

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次回は日曜日に投稿します

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