花火
梅雨が明け、本格的に夏に突入しようとしている。うだるような暑さは厄介だが、私は四季の中でも特に夏が好きだ。理由は、と聞かれると難しい。なんとなく、直感って感じ。もしかしたら、まだ一昨年のことを引きずっているのかもしれない。
夏の夜、少年と二人っきりで神社前の階段から見た花火は今でも鮮明に覚えている。真っ暗な夜空を照らす花火。目が眩んでしまうほど綺麗だったんだが、花火はいつの間にか散ってしまった。綺麗だという感情を塗りつぶすように儚さが胸を埋め尽くしていった。あの子と過ごす時間もこれが最後、これが最後なのだ。
何日もたくさんの夜を眠れずに過ごしていた。
『私、君に会えるかな』って。
あったら泣いちゃいそうで。
夏休み前の某日。父親の急な転勤が決まった。私はこの家に残りたかった。母もそう言っていた。弟たちはどうかは知らないけど。でも、私たち一家は父についていくことになった。単身赴任ではダメなのか、そんな思いをな泣きながら母に訴えかけた覚えがある。そのときの母の顔は悲しい顔をしていた。当時はあまり詳しい理由を長女である私が中学2年生だったから聞かされていなかった。中学3年生になったら教えてあげるよ。と言われたため、絶対に聞いてやるんだ。という思いも当時あったが、今となっては忘れたい悲しい過去。
花火が空を輝かしていくように、私たちの恋も輝いていた。花火は散る。私たちの恋を終焉へといざなっていく。
「はぁ。また思い出しちゃったな~。あの子は今どうしているんだろう」
去年の夏も同じことを思ってたんだっけ。元気にしているといいんだけどな。もう今は別の子と付き合ってたりして。私のことは忘れちゃっているのかな。会いたい。会いたい。また、どこかで。花火の光が年へ年へと継がれていくように、いつかこの思いが継がれて、継がれて、何らかの奇跡が起きて。
「鈴ねーちゃん。ちゃんと宿題やらんと、いつまでたっても海にいけんよ。」そう一番上の弟、優太が言う。妄想に浸ってたため体がビクッ、と跳ね上がる。いつも言ってるけど、ノックをせずに開けるのは心臓に悪いからやめてほしい。私と3歳離れているため、もう中学一年生に上がったのか。あんなに変わったのに、ちょっとちゃんとした男らしくなっちゃって。
「わかってとるよ。でも、高校の宿題をためにため過ぎて終わらんのんよ。夏休み前ということもあって、一学期の宿題の清算せんといけんくて」
刻一刻と近づいてくる。君と過ごしたあの夏が。
「後夏休みまで2週間もあるんやから、なんとかしてや。もうじきいつもお世話になっとった永田さんからまたチケットもらえるってお父さんから聞いてな。前にも言ったけど、永田さんも8月に入ってくると海での仕事が増えて忙しくなるから、8月3日が頑張ってっていうところらしいわ。その日逃したら、もう今年は岡山に帰れんかもな。」
8月3日は丁度一昨年のあの日だった。もしかしたら、その時にあの神社前の階段で待っていたら君が来てくれるかも。いや、だめだめ。もう過去の話だ。忘れてしまうって君と約束したんだ。きっと、もし私があの場所に行っても彼はいないだろう。この考えが、君と私の過去を守っていて、君と私の未来を壊している。その自覚はしている。
「わかったから、はや出て行ってや。集中して勉強できんでしょ。」
「はいはい」
そういうと優太は私の部屋を出ていった。もう勉強なんかは正直どうでもよかった。
「あの時のお祭りを調べてみよう」
私はパソコンを取り出していた。
8月3日
心安らぐ波の音。私を照らしつける太陽。アツアツの砂場。
「夏だーーー」
『夏だーーー』
よし、あの膨大な量の課題も終わったんだし今日こそは羽目を外して遊ぶぞ~。まぁ、リアルな話をすると2週間じゃ終わらなくて、少し夏休みかじって宿題終わらして提出までしたんだよね。一応さぼったんじゃなくて、ちゃんとやったんだよ?毎日。それなのに終わらなかったのがおかしいよね。私が全然やってこなかったんじゃなくてね?
「お父さん、もう海入っていい?」そう悠太お父さんのズボンを引っ張りながら聞く。一番下の弟颯太も今にも海に入りたそうな顔をして、お父さんを眺めている。
「う~ん。せっかく来たところで申し訳ないけど、海はもうちょっとお預けだ。ほら、今日宿を貸して貰ってる永田さんに挨拶にいかないとな。それに、お手伝いするから止まらしてもらってるんだぞ?海の家の仕事を全うしてからだな」
『え~』
ガーン。そうだった、海の家の仕事をやるのが条件何だった。毎年手伝っているけど、想像以上に大変なんだよね。今年はオーダーを聞いたり、料理を運んだりする係を任されていた。特に人が多くなっていく昼頃。お客さんが出ては入り、出ては入りの繰り返しだから、気を抜く暇がない。
一度料理を作る担当もしたことがあるが、あれは接客よりも異次元に難しいって言っても私には過言じゃないと思う。次々と注文された料理を作ったり、盛り付けをしたりするのは本当に大変。お客さんも外でたくさん待っていらっしゃるから、焦りが生まれて余計失敗しやすかった。実際に去年たくさん失敗したから、今回はオーダー兼料理運び担当なんだよね。
「あ、永田さん。今日はよろしくお願いします」
お父さんが話している方向を向くとそこには少しやつれたような永田さんが立っていた。
「こちらこそよろしくね。連日の海の家での仕事は本当に過酷なもんでな。今日も大変だと思うけど、へばらずに頑張ってな」
『はい!』
「おお、元気のいいことで良いことだ。それじゃあその手に持ってる荷物を私が管理する旅館まで運んでからもう一度用意をしてきておくれ。ピークが始まるまであと一時間くらいあるから20分前にはここにあそこの前に追ってくれると助かる」
そう言い、海の家の前を指先で示す。
「わかりました。それじゃあ行くぞ」
そうお父さんが言うと、私たちは500mくらい離れている旅館に向かうのであった。
「ふぅー、やっと終わった~」
時間はあれから4時間くらいたっただろうか。お客さんの人数がピークに達すると予想される10時から14時まで頑張って働き続けた。こんな仕事を毎日やっておられる永田さんはすごいな~。
「やった~。颯太海で遊ぶぞ」はしゃいでいる優太が歓喜にあふれて叫ぶ。
「行こう。行こう。お兄ちゃん」そう満面の笑みを浮かべて颯太が言う。
優太と颯太は2週間以上前からずっと楽しみにしていたから、遊びたい欲が爆発しちゃったのかな?
「その前に優太、颯太。最後にお父さんとお母さんと一緒にお礼を行ってから、海で遊ぼう?」
「えー」
「せっかくすぐに遊べると思ったのに」
そんな声が聞こえたような気もするが何もなかったことにする。丁度お父さんとお母さんがこちらにやってくる。
「もう挨拶はした?」
「いやまだ。今からしようと待ってたところ」
「じゃあ、早く挨拶をしに行こう」
そう言うと永田さんの元まで駆け寄る。やっとお客さんもすいてきたので、お皿洗いをしておられたところだった。
「永田さん、今日はありがとうございます」
『ありがとうございます』
「いえいえ、こちらこそですよ。おかげさまでこの時間帯を乗り切ることができました。7時ごろからは花火大会もあるのでぜひそちらも見に行ってみてください。噂によると今年は過去最大規模らしいですよ」
やっぱ花火は今年もやるんだ。リサーチどおり。でも、私はあの神社にはいかない。というかいけない。忘れてしまったのだから。私はそう自分の胸に言い聞かせ、「楽しみにします」と伝えて海で遊ぶために水着に着替えた。
もうあたりは真っ暗になっている。私は鮮明に覚えている道を歩いていく。賑わいだした人がお祭りを、屋台の光があたりを照らしている。そんな中を越えて私は人気のない山のあたりまで歩いてきた。目の前には長い長い階段。暗いから足元に注意をして登る。
少ししたところで下を見渡してみればあの頃の思い出が溢れ出している。空はまだ寂しそうに見えた。昔の思い出に浸りながら階段を登り、登り、登っていく。かれこれ10分くらい歩いてきたところで鳥居が見えてきた。赤い鳥居の中を見渡せばある少年が神社前にの階段に座っていた。
「待っていたよ、鈴」
聞きなれた声で私の心は優しくおおわれるような不思議な感じがした。
「会いたかった『翔』」
やっと名前を思い出した。君の名前は翔だ。そこから私は走って神社前の階段に行き、翔の隣に座る。それから花火が始まるまで傍から見ればたわいもない会話が続いた。学校はどうなのか、部活動はどこにはいっているのか、恋人はできたのか、、、などなど。
私が言いかけた瞬間あたりの空を花々が埋め尽くしていった。
「綺麗だね」そう翔が言う。
「本当に綺麗」
思わず見とれてしまいそうになる。しかし、言うんだ。私がこの2年間思い続けていたことを。
花火の音にかき消されてしまわぬように大きな声で叫んだ。
「ずっと好きだったよ、翔」
「僕もだ」
そう言い抱き合う二人。夏の夜、少年と二人っきりで神社前の階段から見た花火。二人の恋を照らしていた。
はじめて恋愛ものを書いてみました。恋愛ものはジャンルの中でも自分の中で1位、2位を争うくらい苦手です。特にあの得も言えぬような時間の流れを小説として書くのは本当に難しい。もしかしたら、修行としてここから後2作くらいは恋愛ものが続くかも?
今回の作品はどうだったでしょうか。感想を書いてくださると、今後の活動の励みになります。
もっとこうしたほうが良いなどの指摘もとてもうれしいです。皆さんがより面白い、と思えるような作品を作れるように今後も精進していく予定です。
次回は水曜日に投稿します。