幼馴染が女流棋士だった件 でも、俺、負けたことないんだが
その日、夕食時、テレビで小さなニュースが流れていた。
高校一年生、女流棋士誕生。先月末の対局に勝利し、女流2級となりプロ入り。
名前が、幼馴染と同姓同名だった。
そう思った瞬間、画面に目を向けると、テレビに映っていたのは、幼馴染と瓜二つの顔をしていた女流棋士だった。しかも、学校も幼馴染と一緒だ。
「すごいわねー。あなたもおいてかれないように頑張らないとね」
「えーと、母さん、なんかアイツと同姓同名で顔がそっくりな人がテレビの中の人になっているのだけど」
「あなたの幼馴染でしょう」
はいはい、ちょっと待て。
たしかに、将棋の腕は強いさ。女子の中では、最強。クラスでもトップレベル。でも、それは井の中の蛙。世界には、とてもたくさんの才能ある努力家がいっぱいひしめいていて、青春とは挫折だと経験するのが普通なんだ。
それにーー。
「俺、将棋で負けたことないんだが」
幼馴染とは、よく相手をさせられたものだ。そのたびに、俺が勝っていた。先週も勝っていた。
「接待してあげてたのね。男の子に華を持たせて」
俺の唯一の取り柄さえも、無意味な自信過剰だった。将棋は、そこそこできるアマチュアだと思っていたのに。
俺、なんて恥ずかしいのだろう。
「とりあえず、ごちそうさま」
夕飯を終えて、自分の部屋へと戻る。まぁ、まずは、お祝いのメールぐらい送っておいた方がいいだろう。
ああ、なんだか雲の上の人になってしまったな。ただの将棋趣味の幼馴染だと思っていたのに。いつのまに、女流棋士への道を進んでいたのか。
お祝いのメールを送って、しばらくして、返信がきた。
『ありがとう。運が良かったみたい。いつも将棋の相手してくれたのに、言ってなくてゴメン。なんか恥ずかしくって……。また将棋指そうね(^人^)」
ベッドに倒れ込み、天井を見つめた。
高一か。中学生で棋士になる天才もいるのに。
俺、なんも、してねーなー。凡人も凡人。
「何かしないとなー」
釣り合いというものがある。ラブコメのように、なんの取り柄もない男に女子が寄ってくることはない。運動神経でも頭の良さでも、何か飛び抜ける長所がないと。
「そんなもの今さら探しても、見つからないか」
呟くと同時に、ガチャっとドアが開く音がした。
「指しに来たよ。何か探してるの」
さっきのメールの『また』が、早すぎる。
「……自分探し」
「海外にでも行きたいの」
「そういうわけじゃないけど。というか帰ってきてたんだ」
「居候だからね」
「もう家族みたいなもんだろう」
幼馴染と言っても、隣の部屋で生活しているレベルの近さ。
幼馴染の両親が海外で働いてるけど、彼女が日本にいたいと言ったので、あずかっている。
「ほら、指そうよ」
「はいはい」
幼馴染とする時間の使い方は、将棋ばかりだ。
でも、俺は別に定石や詰将棋を勉強したこともない完全素人。
そして、今までは、俺と一緒だろうと思っていたけど、実はバリバリの女流棋士様。
相手になるのか、俺。
「対局料でも払った方がいいか」
「ふふ、わたしもプロだからね。じゃあ、負けた方はアイス奢りね」
「賭け将棋になってないか、それは」
「いいのいいの。アイスぐらい」
あっけらかんと笑って、彼女は先手を指した。
「プロが先手を打つなよ」
「もう打ちました」
そうして、持ち時間も決めずに、将棋を指し出した。
2時間ぐらいで一局は終わって、俺はーー。
「勝っちゃったんだが」
「アイスが。わたしのアイスが。冷蔵庫から持って行きな。好きな時に」
この落ち込みよう、ガチで負けてるようにしか見えないんだが。
俺、実はかなり強いのか。いっそ、棋士でも目指すのも悪くないかもしれないな、本当に強いのなら。棋士を目指すには遅すぎる気がするが。
「なぁ、俺、プロになれると思うか」
「うん、なれるなれる。だって、将棋上手でしょ」
「そ、そうか」
こうして、俺は、まんまと演技に騙されたわけだ。
全然、勝てねーよ。奨励会、なんだ、この化け物の集まりみたいな将棋の猛者たちは。アマチュアのレベルと違いすぎてバグってないか。
高三にもなって、まだ三段リーグにも行けず。いや、行けないけど。やっと奨励会初段。
大学受験と並行しながらも、やっと三段になれたのは大学2回生。なんか懸命すぎて、青春し忘れてる気がする。
その間にも、幼馴染は女流のタイトル戦にも出場するほど活躍中。
そして時は満ち、ついに、プロ棋士になった。就職活動しながらだったが、良かった。これで、俺も、ようやくスタートラインだ。
とにかく、このことを、1番に伝えておきたい幼馴染に。大学近くの幼馴染のアパートにまで行った。
「おめでとう。それから対よろです」
将棋盤。高そうな将棋盤が出されていた。
「は?」
「わたし、編入試験を受けることに決めたから」
「そ、そうか」
さすがに、俺も知ってるよ。棋士と女流棋士はプロでも、条件が違うってことは。そして、それでも接待されていたと。
「なんで、いきなり将棋指さないといけないんだ」
「わたしもプロになってすぐ指してもらったし」
「なんだ、アイスでも賭けるか」
「いや、ここは一つ。人生というものを賭けてもらおうかな」
「つまり」
「将棋のおやつは、勝った方が好きに決める」
「なるほど。それは負けられないわけだ」
普段の対局で、手作り風クッキーとか出されたら、リア充爆発しろという目で見られることは必至。
震える手で、俺は先手を指した。
「プロがなんで先手を先に指してるの」
幼馴染が怒っているが、そんなもの、数年前の自分自身に聞け。
「負けた。プロ初対局が負けとか」
「やった。これで、将棋のおやつは全てわたしに任せることになったね。長い将棋人生、わたしに食べたいものとか報告するんだよ」
「編入試験でコテンパンにしてくれる」
「いいよー。なにも賭けないし。3勝すればいいだけ」
「簡単そうに言うなよ。マジ、やばいからな」
「女流のタイトルホルダーの実力を見せてしんぜよう」
幼馴染は、三連勝で女性、初めての棋士になった。俺は結局、対局することはなかった。五人目の対局相手だったから。
当然、女性棋士のニュースは大盛り上がりで、ついに誕生と、何度もニュースが流れた。
俺の時は、全くニュースもなかったのに。話題性が違うということだ。インタビュー映像が、将棋の研究をしながら一人で飯を食っている中、流れている。
「今回、初の女性での棋士という快挙を達成しましたが、男性ばかりの棋士の世界に、新しい風を自分が開けたいという想いが強かったのでしょうか」
「いえいえ、ただライバルが、棋士になったので、負けてられないなと思って」
「ライバルですか。どなたのことでしょうか」
「幼馴染なんですよ、今回の五番目の対局予定だった人。そして、この前、胃袋をつかみました」
おい、なにを言っている。
将棋のおやつの決定権は、そんな夫婦円満の秘訣みたいな言葉ではないだろう。
スマホの電話が鳴り始めた。
「おいおい、俺をテレビの中の人にするつもりか」
ワイドショーの格好のネタを提供してるとしか思えない。
スマホの電源は切っておこう。
「二人はお付き合いをされているんですか」
「まだですけど、もう詰んでますから」
いや、なんとか千日手を目指します。
とりあえず、心の整理を。
落ち着こう。持ち時間はまだあるはずだ。
「両親の許可は取ったので、あとは二人の気持ち次第です」
俺の知らない間に両親がことを進めている件について。もっと外堀を見るべきだった。将棋に集中しすぎた。
付き合いたいけど、少し待とう。まだプロになったばかりだから。
後日譚ーー。
「本日のタイトル戦は、ある意味では前回よりも歴史的な対局となりますね」
「そうですね。夫婦でタイトルを争うわけですから。史上初の夫婦戦ですか」
「決まってから、別居中らしいですよ。手を抜かないように」
「逆効果にならないといいですが」
「今までの対局成績は、5勝5敗と互角です。初防衛となるか、それとも妻から奪取するのか。
そういえば、ずっと将棋中の食事やおやつは奥さんに決めてもらっているそうですが、今日は、どうなのでしょうね」
「ああ、有名ですね。その辺も注目ですか」
「これまでの五局は夫婦で全く同じものを食べていたらしいですよ。手作りですね」
「どこから、そんな情報が。同じ注文だと面白いですね」
お読みくださり、ありがとうございます。
藤井七冠、誕生ですね。めでたい。八冠への、最後は王座戦。
まさか2000ptも行くとは……、ブクマ、評価、感想、ありがとうございます。
8/4
王座戦の挑戦者決定戦の日ですね。豊島九段との一発勝負。
勝てば、最後の永瀬王座との五番勝負です。
王座戦、藤井七冠の勝利。あとは八冠への番勝負ですね。終盤まで揺れ動くいい対局でしたね。トーナメントは村田六段のときも怖かったですね。
9/12
王座戦第二局、あわや入玉宣言法を詰まして、一対一のタイ。
8/31の第一局は、藤井七冠が先手番をブレイクされましたが。
白熱していますね。
9/27
王座戦第三局、藤井七冠が勝利し、『八冠』に王手。
10/11
王座戦、永瀬王座が序盤押していたが藤井七冠に傾き、そのまま勝利かと思いきや、再度、永瀬王座に軍配があがるも、藤井七冠が一瞬の優勢を見逃さず龍を作り、危なげなく勝利を手にしました。白熱の一分将棋の攻防。
藤井八冠の誕生。お昼は寿司七貫でしたね。
おめでとうございます。
7/4
藤井聡太氏が七冠に戻ったり、西山朋佳氏が編入試験資格を得たり、将棋界は面白いものですね。
龍と苺は、どこに言っているのやら。バンオウというマンガも面白いですね。
9/10
編入試験が開始されますね。
10/2
一勝一敗。
11/13
一勝二敗になりましたね。
12/17
二勝二敗。
1/21
ついに明日。女性の棋士が誕生するかどうか、ですね。