女王のキャラメイク時の推しは、バトル茶道漫画の金髪碧眼女装男子です。
―――騎士として魔獣を討伐するに飽き足らず、結構な大物を狩ってきたものだ。
騎士達の武勇伝を子守唄に育った娘が戦場より連れ帰った、当家の新たな家族の話だ。
まず、希少な聖魔法と類稀なる癒術の才を有する義息子と、そしてもう一人。
―――側近からの報告書上は、最低でも『侯爵』。順当に考えて『王族』、下手すれば『王位』にあった可能性もあるとのことだった。
別棟に住まう、入り婿の母君が並みの人物ではなかった。
配下や使用人たちからもたらされる情報は、こんな平民がいてたまるか、という内容ばかりだった。
親交のあるどの国とも一致しないが、何らかのマナーを作法として身につけた動作をする。書物を理解する基礎となるだけの教養がある。貴族の専売特許たる、魔獣と宝玉への知見が異常に深い。人に傅かれることに慣れている。主に暗殺でよく使われる致死性の毒に詳しい。魔力値が平民のソレでない。未知の書文字を使用していた等々。
『亡国の王族説』の根拠は、あげればキリがない。いっそワザとかと思うが、どうやら本人は無意識らしい。
そもそも、平民に聖魔法が発現する方がおかしく、その母親が只者であるはずがないのだ。
貴族でも野心家連中が注目していた息子の方を、何をどうしたものか、次女が鳶のようにかっさらってきてからの騒動を思い出して頭が痛くなる。
それに加えて、その母親も我が家が抱え込んだ状態だ。彼女もまた、聖魔法持ちを産んだ実績のある母体として、『譲ってほしい』と表裏両方の世界から引く手数多である。
勿論、大事な入り婿の、大切な母君だ。丁重にお断り申し上げている。
それにしても、気になるのは―――
「ルイスが過保護すぎるという報告が、徐々に増えてきておるな」
もともと、人当たりが良く面倒見の良い気質ではあるが、見えない一線があり、これまで家族以外の女性にここまで関わろうとはしなかった。
その息子が、初めて庇護の檻に、血族でない女性を入れた。それは親愛か、それとも。
「これは、先が楽しみだな」
ゲームの世界に元NPCの息子と共に転移して11年。山あり谷ありの人生を、彼と共に二人三脚で歩んできた。だが、それも今日までだ。
これから息子レオンが共に歩むのは、彼の隣で真っ赤になっているラウラ嬢なのだから。
この一年でスラリと背が伸びた彼は、精悍な顔立ちの貴公子に成長した。女性としては高身長の花嫁を眺め下ろす、親の私でも見たことのない表情に口元がムズムズとする。
繊細なレースで包まれたウェディングドレス姿の花嫁と、最上位の神殿礼服を纏う花婿が、神の御前で愛を誓う。沸き起こった万雷の拍手に加わり、皆と共に祝福の言葉を叫んだ。
泣きたいほどに嬉しさと、ぽっかりと穴が開いたような寂しさ、立派に育ってくれたことへの誇らしさ。様々な感情が万華鏡のように胸の内をクルクルと回っている。
―――ところで、神様。そこの新婚夫婦に祝福を与えるついでに、教えて頂きたい啓示がございます。
なんで私は、花嫁一家の現当主と次期当主の間に立っているんでしょうか。隅っこを希望していたはずなんですが。
***
王都の中央神殿は、祈りの場以外の側面も持つ。例えば、王族と高位貴族御用達の国内随一の式場でもあったりする。その庭園は快晴の下、色とりどりの礼装に身を包む男女で溢れかえっていた。
神殿の庭を埋め尽くす程に招待客が多いのは、理由がある。
新郎新婦が、魔獣との生存競争の前線で戦う騎士と帯同神官であるため、騎士団と神殿の関係者がまず山ほどいる。
そこに、新婦が国内有数の高位貴族である辺境伯の御令嬢のため、社交上の理由から貴族や商人、王宮官吏が加わる。
その上、恐れ多いことに、皇太子殿下が祝辞を述べに列席しており、その付き添いや護衛がこれまた大人数だったりする。他の立場の参列者もいるが、いちいち紹介すると日が暮れてしまう。
つまり―――凄い人混みで誰がどこにいるのか、全く分からん。
先程までの粛然とした神前での婚礼式とは対照的に、披露宴はどこの祭り会場かというぐらいの喧騒に包まれていた。
(これは完全に逸れましたね)
そんな中で私は、付き添いのメイドを完全に見失っていた。護衛騎士もいたはずなのだが、どこにも見当たらない。少しお花摘みに行っただけなのに、意図せず久々のボッチを満喫する形になってしまった。
まぁ、親族席の位置は分かるので、そちらに向かえば合流できるだろう。
黒目黒髪の一家の顔が思い浮かぶ。婚儀で集まった分家達も、瞳か髪に黒を宿している者が多かった。懐かしい色が集う光景が目に浮かび、久方ぶりに、郷愁に胸が焦がれる。
ずっと手を引いて歩いてきた息子は、この腕から巣立ってしまった。
この世界で、ただ一人の、私の血族が。
(このまま)
談笑する老若男女を掻き分けつつ前に進む。礼装のドレスは裾が広がっており、酷く歩き難い。履きなれない高いヒールで足が痛んできた。見知らぬ人々の笑い声が、やけに頭に響く。
(このまま消えても、誰も私のことなんて)
馬鹿な考えが脳裏をよぎった時だった。
―――「リオン殿!」
大きな手に腕を掴まれた。振り返れば、花嫁の兄君ルイス様が息を切らしていた。
「護衛騎士から、はぐれたと、通信が入って」
途切れ途切れに話す彼の耳元で、今日の空のように澄んだ碧色のピアスが光っている。
元の世界での携帯電話に近いソレを、彼が外しているところを見たことがない。いつ魔獣の侵攻を受けるか分からぬ最前線を領地に有する辺境伯家。その次期当主として、緊急通信に備えているのだ。
その大事な回線に、妹婿の母親が迷子になった程度の報告を上げる必要なんてないのでは、そう思ったけれど。
「見つかって、よかった」
こめかみから滴る汗すら美しく感じる美丈夫が、ほっとしたように目もとを綻ばせる。綺麗に整えられていたはずの黒髪が、少し乱れてしまっていた。
この広い会場を、走り回って探して下さったのだろうか。
バルリング家別棟に暮らして一年ほどになる。最近では緊張せずにルイス様と話せるようになっていたのに、告げた礼は、何故かたどたどしいものになった。
***
「貴女専用の通信具を作りましょう」
決定事項として話す彼にエスコートされて、会場内を移動する。顔の広い彼は、しばしば親交のある人物に話しかけられた。その度に立ち止まり、しかし私の腰から手が離されることは無く、二言三言話しては暇を告げて歩みを再開した。
「耳に穴を開けて頂くことになりますが、ピアス式はどうでしょうか。イヤリング型よりも紛失の心配が無いですし、魔力回路への干渉が深い分、多機能なものが作れます」
促されて座ったのは、会場の外れにある休憩用の長椅子だった。てっきり親族席に戻るものと思っていた。想定よりも短い移動距離に首を傾げつつ腰掛ける。
木陰にあるためか、少し冷たい座面が人込みにほてった体に心地良い。
「ちょうど主級黒狼の魔獣石から作った宝玉が手元にあるのです。ご婦人は場面や衣装との兼ね合いを気になさるそうですが、あれならば格式も問われず、何色にも馴染むでしょう。許容魔力値が高いので、七等級の魔導陣までなら問題なく刻めます」
如何ですかと問いかける黒色の瞳の持ち主に、涼しい木陰にいるはずなのに眩暈がしてきた。
「ルイス様。それは、国宝や家宝にするべき品ではございませんか」
城一つが余裕で建てられる宝玉を24時間身に着けろとか、新手の拷問である。
息子が入り婿になったとはいえ、バルリング家の血族でない私が持つには、分不相応に過ぎる。そういってやんわりお断り申し上げた。
この時の私は、少し残念そうにした彼が、相応の身分になれば構わないということだよな、と拡大解釈するだなんて思わなかったのだ。
長男の過保護ぶりを見る度に思い出す。
「あの人も昔は本当に酷かったわ」
何処に行くにもメイドと護衛騎士連れは当たり前、安全なはずの館の中でさえ一人になることができず、居場所を知らせる機能付きの通信具を身につけさせられる。
そう、夫であるバルリング家当主、現辺境伯の話である。
婚約者時代から新婚期までの度を越した過保護は結局、こちらが怒って長期の魔獣掃討戦に参加するまで続いた。
討伐した魔獣の首級をバルリング家の広い庭園にズラリと並べて、この私を害することが、高々人間ごときにできるとでも? と問いかけた時の彼の顔は傑作だった。
魔獣討伐に明け暮れる次女は、多分、私の血を強く引いているのだろう。
そして、その次女の婚約者の母君に、やけに過保護な長男は、きっと夫に似たのだろう。