第97話
そして翌日。
「じゃあ、そろそろ行くか」
ユイトたちはユリウスと約束した時間にギルドへと向かう。
ギルド近くまでやってくると、何やらギルド前が凄いことになっている。
冒険者だけでなく一般人や子供まで、とにかく凄い人で溢れ返っている。
「…何かあったのか?」
そんな疑問を持ちつつ近づいていくと、その人混みの中心にはユリウスの姿。
「あーなるほど。さすがユリウスさんだな」
するとユリウスもユイトたちに気が付き、群衆をかき分けこちらへとやってくる。
「ユリウスさん。凄い人気ですね」
「いえ、違うんです。ティナ様」
「???」
なんとも言えない表情のユリウスから返ってきたのは、まさかの言葉。
「この群衆は全て、一目でもティナ様を見たいという者たちなんです」
「……えっ!?私を!?」
「はい。昨日、私がティナ様のことを大声で叫んでしまったせいです。
どうやらあの時ギルドにいた人間から、ギルドに行けば
”白銀の天使様”に会えるという噂が広がってしまったようです。
本当に申し訳ありません」
「そんな……こんなにたくさんの人が私を見に?」
急に恥ずかしくなり、顔を赤らめるティナ。
「そんな気にすること無いって。堂々としてりゃいいんだよ」
「でも、そんなこと言ったって……」
人ごとだと思って、なんともお気楽なユイト。
「では、ティナ様。私が道を開けますので、後に付いてきてください」
そう言うと、ユリウスはギルド入り口に向かって歩き出した。
こうなってしまったら、もはやどうしようもない。
ユリウスの後ろについて歩いて行くユイトご一行。
その光景に群衆からは歓喜の声が上がる。
「あれが"白銀の天使様"…。なんて美しいんだ」
「天使様ーっ!こっちを向いてくださいっ!」
(…凄い光景だ。これが入待ちというやつか…)
「あの男で天使様が見えないっ!」
「ちょっとあんたどいてくれーっ!」
群衆からしてみればユイトはただの障害物。
さしづめ超人気芸能人のマネージャーと言ったところだろう。
(…うん。ただの警備員かも…)
群衆をかき分け、何とかギルドの中に入ったユイトたち。
ギルドに入るとすぐに奥の応接室へと通される。
するとそこには、残りの”烈火の剣”のメンバーがすでに待っていた。
すぐにユイトたちを前に立ち並ぶ”烈火の剣”の4人。
「ティナ様、ユイト殿。
本日はわざわざお越しくださり、ありがとうございます。
それでは改めてご挨拶させていただきます。
私は”烈火の剣”リーダーのユリウスと申します。
そしてこちらにいるのが、右からアイク、ライド、モーラです」
ユリウスの紹介に合わせ、3人は緊張気味に頭を下げる。
「ご紹介どうもありがとうございます」
ティナがチラッとユイトの顔を見る。
するとユイトは小さく頷き、目で"任せた"と合図する。
「それでは次は私たちの番ですね。
私は”無名”のティナです。
そしてこちらにいるのが、同じく”無名”のユイトさん。
私の恩人であり、先生であり、本当に…本当に大切な私の仲間です。
そしてこの子は、従魔契約を結んだ私の家族、フェンリルのユキです」
「…フェ、フェンリルっ!?
あの伝説の聖獣、フェンリルなのですかっ!!?」
「はい」
「………。
ただの狼ではないと思っていましたが、まさかフェンリルとは……」
まさかの事実に驚愕する”烈火の剣”。
「…しかし、さすがはティナ様です。
伝説の聖獣と従魔契約まで結んでおられるとは…」
「ふふ。でもユキはユイトさんの家族でもあるんですよ。
というか、ユキは元々ユイトさんの家族だったんです」
「ユイト殿の?」
ユリウスたちの視線が一斉にユイトに注がれる。
「んーまぁな。
ちょっと色々あって、昔、こいつと2人で旅してたんだ」
「聖獣フェンリルと2人旅…。それは、また…」
ここでユリウスが、”烈火の剣”のメンバーたちの顔を覗き込む。
メンバーたちもユリウスが何を言いたいのか分かったのだろう。
3人ともユリウスに向け小さく頷いた。
「…ところでユイト殿」
やたら緊張した表情を浮かべるユリウス。
「昨日のティナ様のお話、ユイト殿がエギザエシムの帝都に行ったという……
それはエギザエシム帝国が壊滅した件と何か関係が?」
…ごくり
息をのんでユイトの言葉を待つ”烈火の剣”のメンバー4人。
「…まぁそうだな。
帝都にあるエギザエシム帝国軍中枢は俺が破壊した。
ナイチに向かってた帝国兵本隊を潰したついでにちょっとな」
「やはり…」
予想はしていたものの、あまりに現実離れしたその答え。
「たった1人で数十万の帝国兵を…。
それに先ほど、ティナ様の恩人で、先生であると……」
しばし黙り込むユリウス。
そしてその後、ユリウスが神妙な面持ちでユイトに尋ねた。
「…ユイト殿。いえ、ユイト様。
ひょっとしてあなたは神なのでしょうか?」
「………」
(…神…神かぁ。そうか……)
(どうやら俺は、知らないうちに神様になってたんだな………んな、あほなっ!)
昨日とは逆に今度はティナが必死に笑いを堪えている。
「いやいやいやいや、何言ってんだよ。
俺もティナも、れっきとした人間だぞ!」
「し、しかし…我々の理解をはるかに超えたあの力。
とても同じ人間とは思えません」
まぁ普通はそうだろう。信じろという方が無理がある。
「そんなこと言われてもなぁ…。
それしか言いようがないんだけど…」
「………。分かりました。
きっと真実を明かせない事情がお有りなのでしょう。
それでは、今はそういうことにしておきます」
(いや、だから…)
(そういえばステラさんとも、こんなやり取りあったような…)
「…ところで、ティナ様とユイト様は、
今回はどのようなご用件で王都に来られたのですか?」
「あーそれはですね、
どうしても”烈火の剣”の皆さんに、ちゃんとお礼を言いたかったんです」
「お礼…ですか?」
「はい。皆さんが命懸けでナイチの村を守ってくれたお礼です。
本当は昨日お伝えしたかったんですが…」
「いや、お礼も何も、ナイチを守ったのはティナ様です。
我々は、村に帝国兵が入って来ないようにするのが精一杯で…」
そんなユリウスの言葉にティナは目を閉じ、ゆっくりと首を横に振った。
「皆さんが懸命に村を守ってくれたおかげで、多くの命が救われました。
もしあの場に皆さんがいなかったら、私たちは間に合わなかった。
本当に、本当にありがとうございます」
ティナとユイトは”烈火の剣”に向かい深く頭を下げた。
「ティ、ティナ様、ユイト様、顔をお上げください」
2人に頭を下げられ焦るユリウスたち。
「あの村は…ナイチの村は私たちにとって、とても思い入れのある村なんです。
本当に大切な村なんです。
あの村は………」
ティナはユリウスたちに向け、ナイチの村と自分たちとの関わりについて静かに語り始めた。
「………というわけです」
「そうですか…そんなことが……。
あのような辺境にあれほどの立派な村、ずっと不思議に思っていました。
遠方の川から水が引かれ、帝国兵の攻撃にも耐える強固な防壁。
それに見たこともないような大きな風呂もありましたから。
まさか、ティナ様とユイト様がお作りになられた村だったとは……」
ナイチの村の立派さの理由に納得するユリウスたち。
「今話したように、ナイチは私たちにとって本当に大切な村。
だからナイチを守ってくださった皆さんには、本当に感謝してるんです。
あの時は、皆さんの傷を癒すことしかできませんでした。
だから今度は皆さんにちゃんとお礼がしたいんです。
もし困ってることがあれば…、私たちに手伝えるようなことがあれば、
何でも言ってください」
「ティナ様……。
ですが我々もティナ様に命を救ってもらった身。そんなわけには…」
神や天使であろうユイトとティナに手伝いをお願いするなど、あまりに畏れ多い。
ティナの申し出に遠慮するユリウスたち。
「ユリウスさん。
あなたたちはそれだけのことをしてくれたんです。
あなたは、家族を…大切な人を守ってくれた人に恩を感じませんか?」
「そ、それは……。
………。…分かりました。
それでは我々が抱える困りごとについてお話しします」
ティナに押し切られた形でユリウスが話し始めた。