第94話
「…じゃああの時……サザントリムを発つ前にユイトさんが言っていた
”たった1人で地獄のような苦しみに耐え続ける少女”って……」
3年前のギルドでの会話を思い出すシノン。
「今思えば、ティナのことを言っていたんだろうな」
「………」
ティナの想いも知らず自分のことしか考えていなかった当時の自分に、シノンは唇を噛みしめる。
「…それでカタルカを発ったユイトとティナだが、
2人はサザントリムへと向かう途中、ナイチの村へと立ち寄った。
2人が初めて立ち寄った場所だそうだ。
ナイチもカタルカ同様、ラーゴルド伯爵が治める領内にあり、
当時は餓死者が出るほどひどい状況だったらしい。
ユイトとティナは、そんなナイチの村人を勇気づけ、
村人とともにナイチを住み良い村に作り替えたそうだ。
そんな、2人にとって思い入れのある村をエギザエシム帝国は襲った。
エギザエシム帝国は、2人の逆鱗に触れたんだろうな」
「だから、あんなに血相を変えて……」
あの時のユイトとティナの行動の理由をシノンはようやく理解する。
「…そういえば、セフィー。
お前さっき、ティナは強いって言っていたな。
確かにティナは強い。
レンチェスト王国が誇るSランク冒険者が天使様と崇めるほどにな。
だがティナは、カタルカにいた時は、獣一匹すら倒せない
ごく普通の少女だったらしい。
そんな少女が、あれだけの強さを手に入れるまでには、
想像を絶するような努力をしたのだろう。
そうまでして、苦しむ人々を救いたいという強い想いが
ティナにはあるのだろう。
正直、頭が下がる。尊敬の念すら覚える。
3年前、サザントリムを発つと言った2人を引き止めなくて
本当に良かったと今は思っている。
ざっと話したが、ティナについてはこんなところだな」
「………。私…恥ずかしい……」
視線をやや下に向けたセフィーが口を開く。
「何も知らずに、ティナちゃんのこと羨ましいだなんて…。
私だったら、そんな地獄のような生活、きっと耐えられない。
町を守りたいかって聞かれたら、きっと守りたいなんて言えない。
私…ずっとティナちゃんは、恵まれた環境の中で幸せに
育ってきたんだって思ってた。
ほんと、私って馬鹿だ。ティナちゃんに謝りたいよ……」
自分を責めるセフィー。
「まぁ、そんなに自分を責めるな。
あんなに優しく温かい笑顔を見せる娘だ。
そんな過去があっただなんて誰も思わんだろう。
もし、それでも自分が許せないんだったら、
強くなってティナが困るようなことがあれば助けてやれ」
「……そうね、そうよね。
分かったわ。私も思いっきり努力する。
それで絶対に強くなって、いつかティナちゃんを助けてみせるわ」
決意を新たにするセフィー。
「……あっ、そういえば、ユイトさんの話はないんですか?」
何かを思い出したかのように声を上げるミーア。
「んっ?ユイトか?
そうだな……あるにはあるんだが……。
…いいだろう。ではユイトの話も少しだけしよう。
先ほど、ティナがラーゴルド伯爵に処刑されそうなところを
ユイトが助けたと言っただろう。
どうやら、ユイトとティナはそれよりも前に出会っていたらしい。
ティナを助けるときには、既にティナの名前を知っていたみたいだからな」
「へぇ…そうなの?」
「あぁ。なんでも多くの群衆が見つめる中、
ラーゴルド伯爵に向けて言い放ったらしいからな。
”ティナには指一本触れさせない”、とな」
「えっ!何それっ!!めちゃくちゃかっこいい!!」
「いいなっ!私も一度でいいからそんなこと言われてみたいです!!」
「”ミーアには指一本触れさせない”……きゃあぁぁー!!」
セフィーとシノンとミーアの妄想に花が咲く。
「……おい、先進めるぞ?」
こくんこくんと頷く3人。
「それでだ。実はユイトについて分かったのはそれだけだ」
「…えっ!?それだけ!?」
「そうだ。どこからともなく、突然カタルカに現れた。
それ以前のことはまったく分からない。
どこに住んでて、何をやっていたのか、何一つ情報を掴めなかった」
「えっ、でも、そんなことってあるんですか?
ギルドの情報網を使ったんですよね?
それにギルドマスターなら他にも色々と情報網お持ちじゃないですか?」
シノンもミーアも、とても信じられないといった顔。
「あぁ、それでも駄目だった。
……ほんとあいつは不思議な奴だよ。
情報は掴めんわ、魔獣はどこかにしまってるわ、
あのティナが手も足も出ないわ、エギザエシムを潰してくるわ。
ひょっとしてあいつは、神の使いか、
この世界とは別の世界からやってきた人間なのかもしれないな」
「まっさかー?」
「…あーでも、ユイトさんって、珍しい髪の色と目の色してるよね。
私、ユイトさん以外で見たことないかも」
ミーアが核心めいたことを口にする。
「そう言われれば、確かに……。
えっ!?ちょっと待って!?ユイト君って本当に…!?」
焦るセフィーたち。
「おいおい、お前ら。何言ってるんだ。
冗談だ。冗談に決まってるだろう」
「だ、だよね?もう、びっくりさせないでよ!」
「はっはっはっはっ!」
「……でも、もし本当に別の世界から来た人なんていたら、
私、一度会ってみたいな」
「まぁそうだな。
……んっ?」
手元を見るギルドマスター。
「茶がなくなってしまったな。
では、エールという名のお茶でもお代わりするか」
「じゃあ、私もーっ!!」
今日も平和なギルドに楽しそうな声が響き渡る。




