第93話
「今から7年ほど前の話だ。
さっきお前たちが言ったように、当時カタルカの領主だったラーゴルド伯爵が、
私欲のためにクリスタルリザードの縄張りに踏み込んだ。
その行動にクリスタルリザードは怒り、クリスタルリザードクィーンと
クリスタルリザード100体前後がラーゴルド伯爵たちを追いかけた」
「クィーンって確かA級魔獣よね?
通常のクリスタルリザードですらC級だったはず。それが100体って……。
で、どうなったの?」
「そう慌てるな。順を追ってちゃんと話す。
それでクリスタルリザードだが、やつらは縄張り意識が非常に強い魔獣でな。
縄張りを荒らした者をどこまでも追いかける。
それを知ってか知らずか、ラーゴルド伯爵と兵士たちは
カタルカへ向けて一目散に逃げた。
当然、クィーンとクリスタルリザードたちは、
ラーゴルド伯爵たちを追いかけカタルカへと向かった。
その時、偶然、クリスタルリザードの縄張りとカタルカの間にある平原に
2人の冒険者がいた。
その2人の冒険者は、カタルカへと向かうクリスタルリザードの群れと
その平原にて戦い、クィーンとクリスタルリザードの大半をそこで仕留めた。
だが、さっきセフィーが言ったようにクリスタルリザードは強い。
多勢に無勢というのもあったのだろう。
その2人の冒険者は、そこで力尽き、命を落とした。
その冒険者というのが、ティナの両親だ」
「えっ……」
「ティナはある日、突然、ラーゴルド伯爵の愚行により愛する父と母を失った」
「そんな……」
思いもよらない事実に、言葉を失うセフィーとシノンとミーア。
「しかし、ティナの悲劇はそれだけでは終わらなかった。
ティナの両親の命と引き換えに、
クィーンと大半のクリスタルリザードは討伐された。
だが、仕留めきれなかった残りのクリスタルリザードがカタルカを襲った。
その時、元凶であるラーゴルド伯爵は
町を守ることなく、兵士たちとともに屋敷に引きこもっていたらしい。
そしてクリスタルリザードが去った後、
ラーゴルド伯爵はこともあろうに町人たちに向け、こう説明したそうだ。
ティナの両親がクリスタルリザードの縄張りを荒らしたため
クリスタルリザードの怒りを買った。
カタルカがクリスタルリザードに襲われているとき、
領主軍は平原にて懸命にクリスタルリザードと戦っていたと」
バンッ!!
ダンッ!!
ドンッ!!
テーブルを激しく叩く音がギルド内に響く。
「何なの、それっ!!」
「落ち着け。昔の話だ」
「分かってる。分かってるけど、そんなの…あまりに酷すぎる……」
ぎゅっと拳を握り締めるセフィーとシノンとミーア。
ギルドマスターは続ける。
「それからのティナの生活は、文字通り、まさに地獄だった。
領主の言うことを信じた町人たちは、
クリスタルリザードに襲われた怒りの矛先をティナに向けた。
親戚と名乗る者に家は奪われ、
食べる物もろくに与えられず、町人たちからは虐げられた。
そして愛する父と母を町人たちから罵倒され続けた。
当時ティナは8歳だったそうだ。
突然、愛する両親を失っただけでも心に深い傷を負っただろうに、
追い打ちをかけるようなその仕打ち。
ティナはそれから3年間、たった1人でその地獄に、その理不尽に耐え続けた」
ぐすっ
「酷い…酷すぎる……」
想像すらしなかったあまりに壮絶なティナの過去に、セフィーたちの目から涙が溢れ出る。
ギルドマスターはさらに続ける。
「私も親だからなんとなく分かる。
ティナの両親はきっと、町にいるティナを
クリスタルリザードから守りたかったんだろうな。
最愛の娘を守るため命を懸けて戦い、そして、娘の幸せを願って死んでいった。
そんな愛する娘が、まさか、幸せとはかけ離れた
そんな酷い仕打ちを受けようとは思いもしなかっただろう。
そう思うと、ティナの両親も不憫でな。子を持つ親としては泣けてくる。
その手でティナを守ってやりたかっただろうな…と」
ぐすっ
「…本当に…許せない……」
ティナを想い涙するセフィーたちをギルドマスターが静かに見つめる。
「……そして、ティナが両親を失って3年が経ったある日、
さらなる悪意がティナを襲った。
それはティナにとっては全く身に覚えのないこと。
ティナはいわれなき罪でラーゴルド伯爵に捕らえられた。
そしてその時、怒り狂ったラーゴルド伯爵は剣を手に取り、
ティナを処刑しようとしたらしい」
「……だめ……私もう…我慢できない……」
涙するセフィーたちの握りしめた手が怒りに震える。
「……大丈夫だ。もう少しだけ話を聞け。
そしてラーゴルド伯爵がティナに向け剣を振り下ろしたまさにその時、
何処からともなく現れたユイトがティナを救った」
「……ユイト君」
「そしてユイトはその後すぐ、
ティナの両親の冤罪をも晴らしたそうだ」
「良かった……」
「…だが、偶然とは恐ろしいものでな。
運が悪いことに、ちょうどそのタイミングで、
大型魔獣に追われた数百の魔獣の群れがカタルカを襲った。
まぁユイトがそこにいたことを考えると、逆に運が良かったのかもしれんがな。
それでその時、ユイトはティナに尋ねたそうだ。
ティナを傷つけ、苦しめ続けてきたカタルカ。
それでもカタルカを守りたいか、とな。
その問いにティナは、こう答えたそうだ。
町の人々を、カタルカを守りたいと」
「ティナちゃん……」
「そしてティナの願いを聞き入れたユイトは
魔獣の群れを殲滅、カタルカを守った。
その後ティナは、苦しむ人々を助けたいと、ユイトとともにカタルカを発った。
命を懸けて人々を守った両親と、地獄の苦しみから救ってくれたユイトに
心を動かされたんだろう。
自分も苦しむ人々を助けたい、とな。
そしてティナがカタルカを発った後、
町人たちはティナへの恩と自らの過ちを決して忘れぬよう、
町の名前を”ティーナ”と変えたそうだ」
「……だから、”ティーナ”…なのね」
セフィーが小さくつぶやいた。