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第90話

レンチェスト王国へ侵攻するはずだった帝国兵本隊が壊滅してから3日後。


そこはエギザエシム帝国 帝国城 会議室。


「…時間だ。では始める」

エギザエシム帝国の強硬派が集う一室に皇帝ヴァルトスの声が響く。


「まずはレンチェストの件だ。

 レンチェストに侵攻を開始してから数日が経った。

 すでにいくつかの町を占拠してる頃だろう」


「間違いありませんな。

 我が国が誇る最新鋭の兵器、そして鍛え抜かれた兵士たち。

 レンチェストはひとたまりもないでしょうな」


「ふっ。違いない。

 レンチェスト王が跪き、慈悲を請う姿を想像すると笑いが込み上げてくるわ」


「くっくっく。本当ですな、陛下。

 ……ですがまだ始まったばかり。

 これは、これから来たる我々の時代の幕開けにすぎませぬ。

 この調子で他の国々にも、我々の偉大なる力を見せつけてやりましょうぞ」


「無論、そのつもりだ。

 属国となったレンチェストにも我が国の拠点を置き、南方での足場を固める。

 そしてそこには、徴兵したレンチェストの者どもも加える。

 そうすれば我が国の兵力の分散を比較的抑えることができるだろう。

 

 だが当然、レンチェストの者を加えたからと言って、

 我が国の兵たちと同等の働きができるなどとは思ってはおらん。

 そんなことは重々承知だ。

 だがそれでも使い捨ての駒ぐらいにはなるだろう。

 要は使いようだ。駒は腐るほどあるのだからな。

 そして南方の体制が整ったあかつきには、次はメイリールだ」


「…さすがは陛下。既にそこまでお考えとは…。

 感服いたしました」


エギザエシム帝国の勝利を微塵も疑わない強硬派一同。

そんな何も知らぬ強硬派たちの元へユイトの足音が近づいていく。


タン…、タン…、タン…

静まり返った城内にユイトの足音が響く。


「…ここか」


立ち止まったユイトの視線の先には、いかにもといった重厚な扉。

ユイトはすぐにその扉の前まで進むと、扉の取っ手に手を伸ばした。

そして…


バタンッ


勢いよく開いた会議室の扉。

その瞬間、会議室にいる強硬派たちが一斉に開かれた扉に目を向ける。


「誰だっ、貴様はっ!?

 それにダジルっ、なぜ貴様がここにいるっ!?

 貴様はレンチェストに侵攻中のはずだろうっ!?」

声を荒げたヴァルトスがダジルに問う。


「………」

だが、前と横、異なる2つの恐怖に怯えるダジルは言葉を発せない。


「…お前がヴァルトスか?」

「…貴様……誰に向かって口を利いている?」

「質問してるのは俺だっ!答えろっ!!」


「貴様っ!陛下に何という口の」

「お前らは黙ってろっ!!!」

「…っ」

ユイトの凄まじい圧にたじろぐ強硬派メンバーたち。


「……貴様、一体何者だ?」

「俺はレンチェストの冒険者だよ」

「レンチェストだと?

 …それでそのレンチェストの冒険者が一体何の用だ?」

「んなもん決まってんだろっ。狂ったお前らを止めに来たんだよ」


「…止めにきた?貴様1人でか?

 くっくっく。笑わせてくれる。貴様1人に一体何ができる?

 まさか貴様…ここがどこだか分からないというわけではあるまいな?

 ここは各国が恐れおののくエギザエシム帝国、その中枢。

 貴様みたいな羽虫1匹にどうこうできるはずが無いだろう」


「………」


「それに我々が狂っているだと?

 まったくおかしなことを言うものだ。

 我々のどこが狂っている?

 我々こそ正義、優れた我々が世界を統べることこそ世の道理、あるべき姿だ。

 世界は我々に感謝すべきなのだ。

 我々のような優れた者が、ゴミどもを導いてやろうと言っているのだからな」


「………。

 とことん救えない野郎だな。…お前らはゴミ以下だよ」


直後、ユイトは会議室全体に怒りのこもった強烈な威圧を放った。

その威圧を前に、会議室にいる者全員意識を断たれ、1人残らずその場に倒れ込んだ。


「お前らには後で責任を取ってもらう必要があるからな」


ユイトは倒れた強硬派たちを土魔法で拘束。

その後すぐに、穏健派が幽閉されている場所へと向かった。


ダジルに先導させ帝国城地下へと進んでいく。

薄暗い階段が延々と続く。

地下に降りるにつれ次第に湿気が増し、どんどん空気がよどんでゆく。

暗くて先がよく見えない。


何度か階段を折り返し、ようやく降り切った先にあったのは無数の牢獄。

とても国の要人がいるとは思えないその劣悪な環境に、数十人の穏健派が捕らえられていた。


太く頑丈な鉄格子の向こうに見える、ひどく瘦せ細った姿。

その姿から、彼らがどのような扱いを受けてきたのかが容易に想像できる。


ユイトはそんな彼らの前まで足を進めると、鍵がなければどうすることもできないような牢獄を、まるで紙を切るかのように切断。

瞬く間に、捕らえられていた穏健派の全てを救出した。


それは穏健派の面々にとっては、まったく予想もしていなかったあまりに突然の出来事。

皆、喜びつつも困惑した表情を浮かべる。

そんな中、


「君は一体…」


そう言葉を発したのは、穏健派のトップ、ユグノース公爵。

そのユグノースの目には、レンチェスト王国に侵攻中であるはずの指揮官ダジルの姿が映る。

その瞬間ユグノースは、ダジルのひどく怯える姿と穏健派救出の事実とを合わせ、今この国で何が起きているのかを大方理解した。


「俺はレンチェストの冒険者だ」

「レンチェスト…。

 そうか……我が国が迷惑をかけた。申し訳ない」


「……あんたが謝ってもしょうがない。

 もう…戻ってこないからな。この国に奪われた命はさ…」

ユイトは拳を強く握りしめる。

「………」

ユグノースもまた、公爵という地位にありながら、この国を止めることができなかった不甲斐ない自分に拳を握りしめた。


「……なぁ、教えてくれ。

 この国の軍事拠点はどこにある?」


ユグノースはユイトが発したその言葉の意味をすぐに理解した。

そしてその上でユグノースは答えた。


「この帝国城より北へ10kmほど行ったところに、我が国の軍事拠点がある。

 この国の軍事力のほぼ全てがそこにある」

「…分かった」


国の最重要機密を語ったユグノース。

ユイトもまたユグノースの覚悟を正しく理解した。


最後にユイトはユグノースに向け、期待を込めた言葉を送った。

「この国は今日、一度終わる。

 明日からはあんたがこの国を導くんだ」


「承知した。

 二度と…二度と道を踏み違えないと誓おう」


ユグノースの言葉を聞き終えると、ユイトは1人、帝国城を後にした。


ユイトが向かう先は帝国城北方、この国最大の軍事施設ガーベラッド。

エギザエシム帝国における軍事の中枢であり、ほぼすべての戦力が集う場所。


「あそこか…」


北へと向かうユイトのはるか前方に現れた巨大な建造物。

そこへは、まだかなりの距離がある。

にもかかわらず、すぐそこにあるかのような錯覚を引き起こす。


近づくとそれはさらに大きく、とてもではないが全貌が見えない。

世界最大の軍事国家といわれるだけのことはある。


「…ここだな」


ガーベラッドに到着したユイトはすぐさま重力魔法で空へと上昇。

まどろっこしいやり取りをする気など毛頭ない。

ユイトはすぐに巨大なガーベラッドに向け宣告する。


「全エギザエシム帝国兵に告ぐ。

 今から30分後、この施設の全てを破壊する。

 好きでここにいるわけじゃない奴は、30分以内にここから逃げろ」


風魔法にのり、広大なガーベラッドの隅々まで行き渡ったユイトの宣告。

そしてエギザエシム帝国兵に与えられた30分の慈悲。


だが、ガーベラッドから逃げ出す人間は1人もいない。

それどころかユイトを迎撃すべく、帝国兵たちが慌ただしく動き出す。

数え切れないほどの兵器が並べられ、空に浮くユイトへと照準が合わせられる。

そして…


「撃てぇぇーーーーーっ!!!」


準備が整うと同時に、ユイトに向け攻撃を開始した帝国兵。

さらにそこへ魔導兵による魔法攻撃も加わり、凄まじい量の攻撃がユイトに向け放たれた。


「……時間だな」

そして時を同じくして、30分が経過する。


ユイトはガーベラッドに向け、静かに右手を伸ばした。

そして、エギザエシム帝国に終わりを告げる魔法の名を呼んだ。


極滅獄炎インフェルノ


まるでガラス球に閉じ込められたかのような小さな火球がガーベラッドに向け放たれる。

その極限まで超圧縮された灼熱の火球は、ガーベラッドの真上で爆発的に膨張。

猛烈な勢いで拡がるその巨大な獄炎は、帝国兵の攻撃、そして広大なガーベラッド、その全てを飲み込んだ。


この日、30万の兵士、数多の最新兵器を有した世界最大の軍事国家は、その力の全てを失った。

この衝撃的な出来事は、エギザエシム帝国のレンチェスト王国侵攻失敗の報と合わせ、後に驚きをもって世界中に伝えられた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここから一気に無名(アンネームド)伝説の幕開けになりそうで楽しみ! ユイトとティナの冒険者になる前の経歴も含め、レンチェスト王国の王城に呼ばれる可能性が高くなり面白くなってきた感!
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