第88話
村の入り口から、その一部始終を見ていた”烈火の剣”。
「………」
神の御業とも思える、そのあまりに圧倒的な光景に一同言葉を失う。
「何…だよ、あれ……」
「1万の帝国兵が…一瞬で……」
呆然とするアイクとライド。
「……天使様だ……きっとあの方は天使様だっ!!
見ただろっ、あの人智を超えた圧倒的な力をっ!!
この国の言い伝えにあるように、
俺たちを、この国の危機を天使様が救ってくださったんだっ!!」
我を忘れ興奮するユリウス。
そんな動揺、興奮真っ只中の”烈火の剣”に、戻ってきたティナが近づいていく。
そして彼らの元にたどり着くとすぐ、ティナは彼らに向かい声をかけた。、
「みなさんがこの村を守っていてくださったんですね。
…本当に…本当にありがとうございました」
ユリウスたちに向かい、深く頭を下げるティナ。
「今はこれぐらいしかできませんが、このお礼はいつか必ず」
それだけを言い、ティナは皆が待つ憩いの場へと向かって行った。
先ほど見た衝撃的な光景に未だ動揺が収まらない”烈火の剣”。
そして人を超えた存在であろうティナを前に、ユリウスたちは一言も言葉を発することが出来なかった。
「…お、おい、傷が…全部治ってる……」
「お、俺もだ…いつの間に……」
「…まさか…”これぐらいしかできない”って……」
「……凄い…凄すぎる。やはりあの方は天使様なんだ。
こんなことができるのは天使様しかいない。
あの方は”白銀の天使様”だっ!!!」
これが後に『”白銀の天使様”がレンチェスト王国の危機を救った』と言われるようになった原因となる。
……憩いの場。
言いようもない不安とユイトたちを心配する気持ちを抱えながら、ただ待つことしかできない村人たち。
そんな村人たちの元へ、遠くから誰かが近づいてくる。
「…あれは……ティナちゃん?」
そう、村人たちの目に映ったのは、憩いの場へと向かってくるティナの姿だった。
帝国兵が放つ火矢、火球が降り注ぐ中、1人憩いの場を出ていったティナ。
そんなティナの無事な姿に、村人たちは胸をなでおろす。
そしてティナが憩いの場へと戻ってくると、村人たちはすぐにティナの元へと駆け寄った。
「良かった、ティナちゃん。無事だったんだね」
「うん」
その言葉に静かに頷くティナ。
そして…
「終わったよ、みんな。もう全部…終わったから」
「…終わった?」
「うん。この村を襲う帝国兵はもういない」
「…えっ……もういないって……ま、まさかティナちゃん?」
ティナが再び静かに頷く。
「だからもう大丈夫。大丈夫だよ…みんな」
その言葉とともに、ティナは優しい笑みを村人たちに向けた。
もう助からないと、自分たちはここで死ぬんだと絶望していた村人たち。
そんな村人たちの耳に届いたティナの声。
そしてティナが見せた優しい笑みが、極限まで追い詰められていた村人たちの心を救った。
「…助かったの?私たち…本当に助かったのっ!?」
「あ…あぁぁーーーーっ!!」
皆、抱き合いながら涙を流す。
そして、今、生きていることへの喜びを心の底から嚙みしめた。
そんな中、一向に姿を見せないユイトに気づいたノックス。
「ティナちゃん、そういえばユイトさんは?
ユイトさんはどうしたんだ?ユイトさんは無事なのかっ!?」
「ユイトさんは、帝国兵の本隊のところに向かいました」
「……えっ?本隊っ!?本隊って、11万の帝国兵がいるんじゃ……。
まさか、そんなところに1人で行ったのかっ!?」
想像もしなかったティナの言葉に取り乱すノックス。
しかし、そんなノックスとは対照的にティナは落ち着き払う。
「ノックスさん。ユイトさんなら大丈夫。
誰にもユイトさんは止められない。
ユイトさんは私なんかよりもはるかに強いですから。
だからみんなは何の心配もせず、今はゆっくり体を休めることだけ考えて」
その後ティナは、傷ついた村人たち、そして村を守るために尽力してくれた冒険者たちの治療にあたった。
そこで目にする村人たちの痛々しい姿。
そして思い出されるナーハルとマドックの元気な姿。
まだ幼く、力もなかったあの頃の記憶が蘇る。
ナーハルの家で村の話を聞いたこと。みんなで協力して水路をつくったこと。
力を合わせて森から木を運んだこと。
治癒魔法をかけるティナの目から涙がこぼれ落ちる。
「ティナちゃん?」
「……。もっと早く来ていれば……。
あの時もっと高い壁に…、みんなが避難できる場所さえ作っておけば……。
ごめん…なさい……」
うつむき、涙を流すティナ。
するとそんなティナの元に、村の少女が近づいていく。
「ううん、違うよ、お姉ちゃん。
お姉ちゃんが来てくれたから、私たち助かったの。
あの時、お姉ちゃんがこの村に来てくれたから私たち助かったのっ!」
「ココ…ちゃん……」
「そうだよ、ティナちゃん。
ティナちゃんが来てくれたから、俺たちは助かったんだ。
あの時、ティナちゃんが村を救ってくれたから俺たちは生きてこれた。
あの時、ティナちゃんが防壁を作ってくれたから、俺たちは助かったんだ。
みんな、ティナちゃんが守ったんだよ」
「……。みんな……」
先ほどとは逆に、村人たちの温かい言葉とその笑顔に救われるティナ。
そんなティナたちの様子を、周りの冒険者たちは静かに見つめていた。
慈愛に満ち、傷ついた人々を優しく癒す。
そして村の危機を救ってなお、涙を流すティナ。
彼らの目には、そんなティナがまるで聖女のように映っていた。
しばらくして”烈火の剣”が他の冒険者たちとともに憩いの場へとやってきた。
彼らがそこへ来た理由。
それは、帝国兵本隊が来る前にナイチから避難するよう呼び掛けるためだった。
だが、そんな彼らがティナよりかけられた言葉は、思いもよらないものだった。
「帝国兵がこの村を襲うことは絶対にありません。
なぜなら、帝国兵本隊はこの後すぐ…消滅するからです」
11万もの帝国兵。普通ならば到底信じることのできないその言葉。
だがあの衝撃的な光景を見た”烈火の剣”の3人には、ティナのその言葉は真実にしか聞こえなかった。
その後、”烈火の剣”は今回の出来事を伝えるべく、王都ステイリアに向け出発。
そして、落ち着きを取り戻した村人たちは、これからのことについての話し合いを始めていた。
そんな村人たちの姿を眺めるティナ。
「…もう、これは必要ないね」
ティナが手を上げると、村を覆う氷の結界が一気に砕け散る。
それはまるで光の雨が降るかの様に、キラキラと輝きながらナイチの村に降り注いだ。