第87話
1人、村の入り口へと向かうティナ。
空からは帝国兵が放った火球や火矢が容赦なく降り注ぐ。
そんな中、構わず歩き続けるティナは天に向かい無言で手を伸ばす。
するとその直後、ナイチの村全体が薄氷の結界に覆われる。
なおも休むことなくナイチに向け、火球や火矢を放ち続ける帝国兵。
だがそれら全てが、村を覆う結界に触れた瞬間、凍てつき消滅していく。
「何だあれは?」
突如現れた村を覆うその物体に、帝国兵の中でもざわつきが起こる。
「構わんっ!撃てっ!撃ち続けろっ!!撃ち続けるのだーーーっ!!」
指揮官の命令が辺りに響く。
一方、村の入り口へと向かい歩き続けるティナ。
そのティナの目に映るのは、大切な村の無残な姿。
その光景が、目に映る光景の全てが、ティナの静かな怒りを更に膨れ上がらせた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。
…あれは……冒険者か?」
その時、入り口近くで村を守り続けてきたユリウスが、入り口へと向かってくるティナに気が付いた。
「あのタグ……Fランクか……。
……おいっ、あんた。外は危険だ。外には…」
そこまで言ってユリウスは言うのをやめた。
いや、それ以上は言葉を発することが出来なかった。
恐ろしいまでに静かで、凛とした空気を纏うティナ。
抑え切れず漏れ出た怒りを帯びた魔力が、踏み出す先を都度凍らせる。
自分でも理由はよく分からない。だがユリウスは、そんなティナの姿をただ茫然と眺めることしかできなかった。
それから少し後、アイクとライドがユリウスの元へとやってきた。
「ユリウスっ。良かった、無事だったんだな」
その声にようやく我に返ったユリウス。
「ユリウス、モーラはどうした?」
「…モーラは、サザントリムと王都に向かった」
「サザントリムと王都?」
「…あぁ。お前らも聞いてるかもしれないが、今この村を襲ってる帝国兵は1万」
「い、1万だとっ!?」
「そうだ。そしてその後方には11万の帝国兵がいるらしい…」
「…11万……嘘…だろ……」
「……。だからモーラには、そのことを伝えに行ってもらった」
「………」
ずっと入り口で帝国兵の侵入を阻んでいたアイクとライドは、まだその事実を知らなかった。
そのあまりに衝撃的な事実にアイクとライドは言葉を失う。
「…それより、アイク、ライド。
お前らこんなところにいて向こうは大丈夫なのか?」
「…あ、あぁ。
突然できた結界みたいなもんのおかげで、奴らは入って来れない。
村の中に入り込んでた帝国兵も全て始末した」
「そうか…」
「…おい、それより、お前こそ大丈夫なのか?
お前、さっきから震えてるぞ。それに凄い汗だ」
「…あ、あぁ。大丈夫だ…」
2人に言われるまでユリウスは自分でもそれに気付いていなかった。
次元の違う存在に対する畏怖。
ティナを見た瞬間、ユリウスの本能がそれを感じていた。
その時、アイクがふと村の入り口へと目をやった。
「おい、ユリウス。入り口にいるのは誰だ?」
「…あれは……Fランク…冒険者のはずだ」
「Fランク?…ひょっとして、さっき来た奴らの片割れか?
まさか外に行くってんじゃないだろうな?
…おい、俺たちも行くぞっ」
「…あぁ」
Sランクパーティー”烈火の剣”が入り口へと向かう。
そしてこの後、彼らがそこで目にしたものは、おそらく長い歴史上、誰も見たことがないような衝撃的な光景だった。
パキッ…、パキッ…、パキッ…、パキッ…
地面が凍りつく音が辺りに響く。
「…この村は、みんなで頑張って作った、本当に、本当に大切な村」
「おい、村から誰か出てきたぞ」
「村のことを誰よりも想っていたナーハルさん」
「めちゃくちゃいい女じゃねぇか」
「みんなを明るく元気にしてくれたマドックさん」
「おい。あの女は殺さずに連れて帰るぞ」
「私を家族と呼んでくれたみんなを…よくも……よくもっ!!」
ティナ目がけて襲い来る数人の帝国兵。
その全てが、ティナの魔力領域に踏み込んだ瞬間、全身凍てつき粉々に砕け散る。
「…あなたたちは……あなたたちは絶対に許さないっ!!!」
ティナにとって初めてかもしれない。御し切れないほどの怒りを覚えたのは。
ティナのその激しい怒りに呼応するかのように、大気が震え、強風が吹き荒れる。
そして辺り一帯の全ての魔素は、まるでティナに従うかのように、急激にティナへと収束。
直後、超高密度の莫大な魔力がティナを包み込んだ。
『”精霊を統べし者”を獲得しました』
「………」
頭に流れる不思議な声。
だが今のティナにとって、そんなことはどうでもよかった。
青白い光に包まれるティナ。
「…な、何だ、あれは?」
これまで見たこともないその異様な光景に目を疑う”烈火の剣”。
そして同時に、その原因となる可能性を模索する。
「…ま、まさか……まさかあれは…魔力…なのか?」
”烈火の剣”ですら初めて目にする魔力の姿。
普通ならば見ることができない魔力。
だがそれを視認できるほどに、ティナの魔力は極限まで凝縮されていた。
その凄まじいまでの魔力を纏ったティナが、帝国兵をその目に捉え右腕を上げる。
そして、その手のひらを帝国兵へと向けた次の瞬間、ティナの右腕からとてつもない魔法が放たれた。
”絶対凍結領域”
ティナの右腕から放たれた魔法。
それはかつて、ユイトがカタルカを救ったときに放った魔法と同じものだった。
猛烈な暴風を伴う凄まじい冷気が、帝国兵たちを一気に襲う。
逃げる間もなく襲い来る絶対零度の巨大な嵐。
眼前に広がる1万の帝国兵は、その瞬間、1人残らず凍りついた。
音も、時間すらも凍りついたかのように、辺り一帯が静まり返る。
そしてティナは、帝国兵に向けた右手を力強く握り込んだ。
”破砕”
パリンッ
ティナの魔力を帯びた氷が一気に粉々に砕け散る。
風に流され消えゆくその様は、射した光も手伝い、まるで輝く砂のようだった。
「………」
ティナは、その光景をただ静かに見つめた。
「ナーハルさん…マドックさん…。仇は取ったよ」
そうつぶやくと、ティナは誰もいなくなった荒野に向けた腕をゆっくりと下ろした。