第86話
ユイトたちがサザントリムを出発してから1日が経過。
その間、ユイトたちは休むことなく全速力で走り続けた。
ナイチのみんなが、些細なことで魔石を割るなど考えられない。
言いようのない不安がユイトとティナを襲う。
そしてユイトたちが、ナイチまでかなり近づいた時。
「ユイトさん、あれってまさか……」
「…くそっ」
ナイチの方角からいくつもの黒煙が立ち上る。
「…頼むから、みんな無事でいてくれよ」
………ナイチの村。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。
…くそっ、きりがない」
鍛え上げられた屈強なSランクパーティーといえど、休む間もなく攻めてくる帝国兵を相手に、体力が持つはずもなかった。
そしてそれは、他の冒険者、村人たちも同様だった。
次第に、村の中への帝国兵の侵入を許す回数が増えてゆく。
「はぁ、はぁ、はぁ……。
こいつらの他にあと11万……いつまで持つか……」
その頃、ようやくユイトとティナがナイチを視界に捉えた。
「ユイトさん、見えてきた。ナイチよ」
「…あいつらか。あいつらがナイチを…」
村の入り口に群がる帝国兵をユイトとティナが一瞬の内に斬り伏せる。
そしてすぐさま村の中へと駆け来んだ。
突如現れた冒険者の姿に驚くアイクとライド。
「…あ、あんたら、冒険者か?…味方…でいいんだよな?」
「あぁ、俺たちはナイチを守りに来た。村のみんなはどこだ?教えてくれ」
「みんななら、憩いの場ってとこに集まってるはずだ」
「憩いの場だな。分かった」
すぐに憩いの場へと向かうユイトとティナ。
その途中、2人の目に映るボロボロになったナイチの姿。
その姿に沸々と怒りがこみ上げる。
「嫌ぁ、嫌よユークっ。ねぇ、お願いだから死なないでっ。
ねぇ、ユーク、ユーク。お願い…お願いだから目を覚ましてよっ、ユーク」
憩いの場から聞こえてくる泣き叫ぶ声。
「…くそっ」
その声の元へと急ぐユイトとティナ。
そして、ようやくユイトとティナが憩いの場へと到着。
「ごめん、みんな。遅くなった」
「…まさか、ユイトさんとティナちゃん…なのか?」
「あぁ」
すぐに、ユークを抱きかかえ泣き叫ぶカーラの元へと向かったティナ。
「カーラさん。私に任せて」
「…ティナちゃん…なの?」
ティナは無言で頷くと、すぐにユークに手をかざした。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だかね」
”最上位治癒”
ティナの温かな魔力がユークを優しく包み込む。
深く傷ついたユークの体が見る見る癒されていく。
そして…
「ティナ…お姉ちゃん?」
「そうだよ。ユーク君」
「あぁ……、ユーク、ユーク、ユーク、ユーク」
目を覚ましたユークを力いっぱい抱きしめるカーラ。
「奇跡…だ…」
そして村人たちは、その光景にそれ以外の言葉を見つけることができなかった。
「…ユイトさん……私、許せない」
ぎゅっと手を握り締め、怒りを露にするティナ。
「………。
…みんな、一体何があったんだ?教えてくれ」
そんなユイトの問いにノックスが話し出す。
「昨日の朝、突然、エギザエシム帝国の兵士たちが村にやってきたんだ」
(ギルドマスターが言ってた国だな…)
「そしていきなり、ここをエギザエシム帝国の領土とすると言い出した。
その後すぐ、帝国兵が村の中になだれ込んできて戦いになったんだ。
正直、俺たちだけじゃどうすることもできなかった。
けど、たまたま村にいた冒険者の方たちが戦ってくれて、
何とか今まで持ちこたえることができた。
…だけど、あまりに帝国兵の数が多過ぎて…。
冒険者の方の話では、今この村を襲っている帝国兵は1万。
そしてその後方には11万の帝国兵がいるって……」
苦痛の表情を浮かべるノックス。
「ノックスさん、大体分かった。
それで、みんなは無事なのか?」
「……最初、この国の兵士だと思って、村長が入り口まで迎えに出たんだ。
村長はそこで、いきなり剣を抜いた帝国兵に殺された」
「…えっ?ナーハルさんが…死んだ?」
「そんな……うそでしょ…?」
「………」
少しの間押し黙るノックス。
そしてノックスは続けた。
「それだけじゃ…ないんだ。
帝国兵に襲われる子供を守って、マドックが…、マドックが……」
ユイトとティナは、もはや冷静でいることなど出来なかった。
2人の顔からは、一切の優しさが完全に消え失せた。
怒りに満ちた抑えきれない魔力がユイトとティナから溢れ出す。
凍った表情の内側に燃え盛る炎を隠したユイトが告げる。
「ティナ。ナイチは任せた」
「………。はい」
そう言い残し、ユイトは消えた。
「ユキ。ユキはここでみんなをお願い。必ず守って」
「ワオォン」
「ティナちゃん?…どこへ?」
「…全てを…終わらせてきます」
村人たちに向かいそう告げると、ティナは帝国兵が陣を構える入り口に向かい歩き出した。