第85話
ユリウスとモーラ、アイクとライド、2人ずつに分かれた”烈火の剣”がすぐに入り口へと駆けていく。
そして入り口へとたどり着いた彼らは、1人が入り口を死守し、もう1人が村に侵入した帝国兵の排除にあたった。
1対多数の戦いを強いられるその状況。
だがさすがは、レンチェスト王国が誇るSランクパーティー。
新たな帝国兵の侵入を防ぎつつ、村に侵入した帝国兵を瞬く間に殲滅、力の差を見せつけた。
……だが、ユリウスとモーラはこの後すぐ、地に伏す1人の帝国兵の言葉によって絶望の底へと突き落とされることになる。
「…お、お前らはどうせ助からない。
はぁ、はぁ、はぁ…、ここには1万の帝国兵がいるからな…」
「なっ…1万だとっ!?」
想像のはるか上ゆくその数に衝撃を受けるユリウスとモーラ。
「はぁ、はぁ、はぁ……くっくっくっく」
そんな2人を前に帝国兵が不敵に笑う。
「貴様っ、何がおかしいっ!?」
「…1万の帝国兵、その後方にはな、我らが本隊…11万の帝国兵がいる」
「…じゅ、11万だとっ!?…そんな……馬鹿な……」
あまりに衝撃的な言葉に愕然とするユリウスとモーラ。
「くっくっく。お前らはもう…終わりだ」
「このくそったれがぁーーーっ!!」
「ぐはぁっ」
激しく吹き飛ぶ帝国兵。
「おいっ、モーラ!ここは俺が引き受ける。
お前は急いで王都かサザントリムにこのことを伝えに行けっ!
この村の馬を借りれば、奴らより早く着ける。
そうすれば奴らが攻め込んでくる前に、迎え撃つ準備ができるはずだ」
「……でもユリウス。お前らはどうすんだよ?」
「俺らは少しでも長く、奴らをここで引き留める」
「お前……本気で言ってんのか?
いくらお前らでも十数万を相手にするなんて無茶だっ!」
「だからだ!だからこそ、少しでも早くこのことを国に伝えるんだっ!!」
「でもよ…」
「…モーラ。そんな心配すんな。
俺はこれでも王国一のSランク冒険者だ。簡単に死にはしねぇよ。
分かったら、早く準備しろ。お前が飛び出す道は俺がこじ開ける」
すぐ目の前にいる1万の敵。そしてその後方にはさらに11万の帝国兵。
いくらSランク冒険者といえど、どうにもならないことぐらい子供でも分かる。
ともに困難を乗り越え、喜びを分かち合ってきた仲間がどうなるかは火を見るより明らか。
モーラの顔が苦痛に歪む。
「…くそっ。それしかねぇのかよ…」
「頼む…モーラ」
「……分かったよ。すぐ準備する」
すぐにモーラは村人に事情を説明。村人とともに馬小屋へと駆けていく。
そして馬小屋へとたどり着いたモーラは、馬に飛び乗り、すぐにユリウスの元へと舞い戻った。
「…じゃあ頼んだぜ、モーラ」
「………。…約束しろ、ユリウス。絶対に…死ぬんじゃねぇぞ」
「…あぁ」
ほぼ確定している未来。その言葉にどれほどの意味があるのかは分からない。
だが、モーラはそう言わずにはいられなかった。
「モーラ、準備はいいか?行くぞっ!
うおぉぉぉーーーーーーーっ!!!」
”烈火斬”
ユリウスが放った強烈な一撃。
その攻撃により、入り口付近にいた数十人の帝国兵たちが激しく弾け飛ぶ。
モーラはユリウスが命懸けで作ったその道を通り抜け、一気にサザントリム方面に向け駆け出した。
一方、帝国兵はナイチの村を攻め落とそうと、休む間もなく攻撃し続ける。
しかし、村の入り口からの侵入は屈強な冒険者に阻まれ、村を覆う防壁は思いのほか強固で崩れない。
攻めあぐねる帝国兵。
そんな状況に、帝国兵指揮官の怒号が飛ぶ。
「村1つ相手に何をやっとるんだ貴様らっ!それでも栄えある帝国兵かっ!
頭を使え、馬鹿者っ!接近戦が駄目なら、飛び道具だっ!!」
この怒号を境に、帝国兵の攻撃が大きく変化する。
防壁を乗り越えナイチの村に降り注ぐ火矢、そして魔導兵から放たれる数多の火球。
「きゃぁーーーっ!!」
村内の至る所で悲鳴が上がる。
「みんな、危険だっ!急いで避難しろっ!!」
屋根のある憩いの場へと続々と避難していく村人たち。
「このままじゃ村が…」
目の前で愛する村がどんどん破壊されていく。
「…お母さん、私たち…殺されちゃうの?」
母親にしがみつき涙を浮かべる少女。
母親はそんな少女を何も言わずに抱きしめた。
「…あっ!」
そんな中、1人の少年が声を上げた。
「魔石だっ!ユイト兄ちゃんが置いてった魔石だよっ!
ユイト兄ちゃん言ってただろ?
困ったことがあったら割ってくれって。必ず助けに来るって。
あの魔石を割ればきっとユイト兄ちゃんたちが助けに来てくれる!
だからあの魔石を割ろうよ。早くっ!!」
その言葉に大人たちは心が揺れた。だが……
「ユーク。お前の気持ちは分かるよ。
だけど、いくらユイトさんたちでもあれだけの人数が相手だと…。
それに、ユイトさんたちは何の繋がりもなかったこの村を救ってくれた。
あんな優しい人たちに迷惑は掛けられない…」
本当はすぐにでも魔石を割りたい。
だが大人たちは皆、その気持ちをぐっと抑え込んだ。
「…何言ってんだよ、父ちゃん。
ユイト兄ちゃんたちなら、あんな奴らに負けたりしない。
父ちゃんも見てただろ?
こんな大きな物まで一瞬で作っちゃうぐらい凄いんだぞ。
それに、ユイト兄ちゃんたちは優しいから…優しいからこそ、
きっと自分を責めちゃうよ。
魔石を割らずに俺たちが死んじゃったら、
何で助けれなかったんだって、きっと自分を責めちゃうよ。
ここで俺たちが遠慮したら、逆にユイト兄ちゃんたちを苦しめちゃうよ」
「しかし…」
「………。…なぁ、父ちゃん、みんな。
なんでユイト兄ちゃんは、あの魔石を俺たちに渡してくれたんだ?
俺たちに生きてて欲しいからだろ?」
ユークのその言葉に、はっとする大人たち。
そして大人たちは、ようやく魔石を割ることを決意した。
「…分かった。割ろう…魔石を」
「父ちゃん、みんな…」
「魔石は確か村長の家にあるはずだ」
「分かった。村長の家だな。俺が行って魔石を割ってくるよ」
そう言ってユークは勢いよく憩いの場を飛び出した。
「ちょっと待て、ユーク。1人じゃ危ない」
少し遅れてユークの父が後を追いかける。
降り注ぐ火球や火矢を躱しつつ、村長の家へと急ぐユークと父親。
なんとか無事に村長の家まで辿り着いた2人は、すぐに手分けして魔石を探した。
そして探すこと数分。
「あったぞ、父ちゃん」
魔石は、立派な箱に入れられ、棚の中に保管されていた。
すぐに箱の中から魔石を取り出すユーク。
「ユイト兄ちゃん。お願いだ。ナイチを、みんなを助けてよ」
ユークは願いを込め、勢いよく魔石を地面に投げつけた。
パリンッ
粉々に砕け散った魔石。
その破片は、瞬く間に消えてなくなっていく。
「じゃあ、父ちゃん。みんなのところに戻ろう」
「だめだユーク。外は危ない。
魔石はもう割ったんだ。このまま村長の家にいた方が安全だ」
そんな父の言葉に、ユークは首を横に振る。
「父ちゃん。みんな、俺たちが無事村長の家に着けたかも分かんないんだぞ。
ちゃんと魔石を割ったって伝えてあげなきゃ、不安になっちゃうだろ?」
「…ユーク。……分かった。じゃあ、急いで戻るぞ」
「うん。父ちゃん」
みんなが待つ憩いの場への帰り道、帝国兵の放った火矢がユークの体を貫いた。