第70話
ステラの体を貫いたかのように見えたデモンドールの鋭い爪が、王城の床に突き刺さる。
「何っ!?どこに行ったっ!?」
勢いよく首を振り、周りを見るデモンドール。
「…貴様……いつの間に……」
ステラがいたのはティナの横。
デモンドールの爪がステラに届く直前、ティナがステラを救い出していた。
「…小娘ぇ、貴様かぁーーーっ!!」
「………。
…あなたは、何の罪もないこの国の人たちを苦しめた。
懸命に人々を救おうとするステラさんの気持ちを…
この国の人たちを想うステラさんの優しい気持ちを踏みにじった。
絶対に許せませんっ」
「何を言っている?小娘…次は貴様が相手かぁっ!」
「…相手をしたいのは山々ですが、あなたの相手はユイトさんです。
あなたごときでは絶対に勝てません」
直後ティナは、事前の打ち合わせ通り、その場に繋がる全ての場所を氷魔法で一気に塞ぐ。
「…す、凄い……。一瞬ですべての通路を……」
魔法発動の速さ、そしてその規模にステラは驚きを隠せない。
「じゃあユイトさん。後は任せました。私はステラさんを守ります」
「あぁ、ゆっくり見物しててくれ」
「……”ごとき”……”ごとき”だと?
この私に向かって”ごとき”と言ったのかぁーーーっ!!
許さん、絶対に許さんぞ、貴様らぁーーーっ!!」
ティナの言葉に激高するデモンドール。
デモンドールを取り巻く瘴気が一気に膨れ上がる。
その様子に、顔色一つ変えないユイトとティナ。
「……お前、何そんなに怒ってんだ?本当のことだろ?
それにな、許さないのはこっちなんだよ。
本当はステラさん自身で始末したかっただろうけど、
代わりに俺がお前を始末する。
ごちゃごちゃ言ってないでかかってこい」
「…どいつもこいつも崇高なる私を……。
…くっ、くくっ、くははははははははっ!!」
デモンドールは怒りを通り越し、笑いが込み上げる。
「いいだろう、まずは貴様からだっ!!
望み通り、粉微塵に切り刻んでやるっ!!
死ねぇーーーーーーっ!!!」
怒れるデモンドールがユイト目がけて猛然と襲い掛かる。
それに対し、瞬き一つせず微動だにしないユイト。
そんなユイトにデモンドールは、両腕の鋭い爪で一方的に攻撃をし続ける。
「ユイトさんっ!!」
その光景に叫び声を上げるステラ。
「ステラさん。ユイトさんなら大丈夫です。
何の心配もいりません」
「ですが……」
ステラは何もできない自分に唇を噛みしめ、両手を強く握り締める。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。
どうだ小僧…、手も足も出まい。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
怒りに任せ、一方的にユイトを攻撃し続けたデモンドール。
しかし、そんなデモンドールの目に映ったのは信じられない光景だった。
「なんだ?まさか今のは攻撃のつもりだったのか?」
そう、そこにあったのは傷一つ負っていないユイトの姿。
「…ば、馬鹿な…そんな馬鹿な……。
なぜ人間ごときが私の攻撃を……」
目の前の現実に動揺するデモンドールは、一歩二歩と後ずさる。
「…そういえばお前、
俺らごときじゃ、お前の瘴気すら破れないって言ってたよな?」
ユイトは静かに鞘から斬魔を抜いた。
そして一閃。
直後、デモンドールの左腕が床へと落ちる。
「ぎゃぁぁーーーっ!!」
「俺らごときの魔法じゃ、傷もつけれないって言ってたよな」
ユイトは無詠唱で、風刃を発動。
直後、デモンドールの右腕が床へと落ちる。
「ぐぁぁーーーっ!!」
よろめくデモンドール。
「な、なぜだっ!?なぜ私がこんな小僧に……。
…何なんだ貴様は?一体貴様は何者だっ!?」
「…俺はな、理不尽なことが大嫌いなんだよ。
真面目が馬鹿を見ない世界であって欲しい。
努力や頑張りが報われる世界であって欲しい。
運悪く不幸に陥った人がいたら、誰かが手を差し伸べる世界であって欲しい。
俺の、俺たちのそんな願いをお前は踏みにじった。
だから、ここでお前の全てを焼き尽くす」
直後、周囲の魔素が一気にユイトに吸い込まれ、凄まじい魔力がユイトの左腕へと宿っていく。
そして、そんなユイトの考えを察したティナは、すぐさま壁や床、その全てを分厚い氷で覆い尽くした。
「…な、何なんだ、その馬鹿げた魔力は……?
……貴様は本当に人間か?」
それが、デモンドールの最後の言葉となった。
「じゃあな。あの世でしっかり反省しろよ」
”獄炎”
ユイトの左手から放たれしは地獄の火炎。
その獄炎により、デモンドールは一瞬で消滅。
その跡には一片の灰すら残らなかった。
そしてその獄炎は、デモンドールのみならず、周囲に漂う瘴気、その全てを焼き尽くした。
その様子を静かに見つめるステラ。
ユイトはそんなステラに向かい声をかけた。
「終わったよ、ステラさん。
この国の悪夢は、たった今終わったんだ」
その瞬間、ステラの頬を涙が伝った。
辛く苦しい3年間。たった1人で臨んだ孤独な闘い。
傷つき、苦しむ民たちを数えきれないほど見てきた。
その度に胸が張り裂けそうになった。
苦しむ民たちを助けたい。でもどんなに頑張っても、どんなに力を尽くしてもそれは叶わなかった。
どれだけ自分の無力さを嘆いたか、どれだけ自分の弱さを恨んだか分からない。
けれど、それも今日この時まで…。
「本当に…、本当に終わったのね……」
「あぁ。この国はもう悪夢から覚めたんだ。
言ったろ?
ステラさんは、元に戻ったこの国のこれからを考えていればいい、って」
「はい!」
ステラが見せた心からの笑顔。
涙を流しながら見せたその笑顔は、ただただ美しかった。
そして、絶望という檻から解き放たれたその笑顔は、ただただ眩しかった。