第67話
と、次の瞬間、すぐ目の前まで迫っていた獣が突如吹き飛んだ。
「…えっ?」
「ふぅ、何とか間に合った…」
「ギリギリだったね、ユイトさん」
ユイトとティナはサザントリムを出発した後、すぐにメイリ―ル王国へと入った。
メイリール王国をどのように回ろうか迷った2人だが、ひとまずは王都エルミネをめざすことにした。
国境で聞いた情報を頼りに、王都をめざして進んでいくユイトとティナ。
そしてその途中、ユイトの感知魔法が、魔獣と獣、そしてそれらに襲われているであろう人たちを捉えた。
ユイトとティナはすぐさま、感知魔法が捉えたポイントへと急行。
そしてギリギリではあったが、何とか間に合い、今ここにいる。
「あ、あなたたちは一体?」
突如、目の前に現れた2人に戸惑うステラ。
「話は後だ。ひとまずこいつらを始末する。
ティナ。さっさと片付けよう」
「はい!」
どこからともなく現れた2人の若い冒険者。
2人は圧倒的な力で次々と獣たちを沈めていく。
「す、凄い……。一体この人たちは何者なの……?」
幼き頃より厳しい鍛錬を積んできたステラ。
だがそんなステラにとっても、2人の強さはまさに異次元だった。
「よしっ。こいつで最後だな」
最後の1頭をユイトが仕留める。
「し、信じられない……」
目の前で起きた一瞬の掃討劇に呆然とするステラ。
そんなステラに、獣を討伐し終えたティナがすぐに駆け寄った。
ティナの目に映るのは全身傷だらけになった1人の女性。
「ひどい傷…。でも、もう大丈夫です。すぐに治しますね」
そう言うとティナは、ステラに向け治癒魔法を発動。
”高位治癒”
ステラがティナの魔力に包まれる。
「…あたたかい」
ステラの負った深い傷が見る見る癒えていく。
そして完全に傷が癒えたステラはふと我に返る。
「…はっ!?みんなは!?」
「他の皆さんも大丈夫です。
今ユイトさんが皆さんの傷を治してます」
ティナの視線の先、そこにいる村人たちに目をやるステラ。
「…良かった…本当に良かった」
安堵の表情を浮かべたステラの目には涙が浮かぶ。
その後すぐに、村人たちの治癒も完了。
するとステラはゆっくりと立ち上がり、ティナとともにユイトの元へと向かった。
「ユイトさん。こっちももう大丈夫だよ!」
「そっか、良かった」
笑顔で会話する少年少女。
ステラはそんな2人の前に立つと、2人に向かって深々と頭を下げた。
「この度は危ないところを救っていただき、
本当に、本当にありがとうございました。
あなた方のおかげで、大切な民の命を失わずに済みました。
メイリ―ル王国 第1王女 ステラ・エイシス・メイリ―ル、
王家を代表して感謝申し上げます」
「………。えっ!?お、王女様ーーーっ!!?」
驚きまくるユイトとティナ。
「あわわゎゎゎ…。ユイトさんっ、大変ですっ!王女様ですっ!!
ど、ど、ど、どうしようっ!?私…王女様に普通に話しかけちゃった!!」
慌てふためく2人を見て、くすくすと笑うステラ。
そしてすぐにステラは民たちの方を向き、話を続けた。
「皆さん。皆さんが私の前に立ち、私を守ろうとしてくれたこと、
本当に嬉しく思います。
そして何より、私を信じてくれて、本当に、本当にありがとうございます」
これまでずっと1人で戦ってきたステラ。
そんなステラにとって、ルーリィではなく、王家の人間である自分を信じてくれたことが何よりも嬉しかった。
「…ステラ様。もったいないお言葉です。
それに我々はステラ様にとんでもない非礼を働きました。
どんな罰でもお受けいたします」
村人たちは皆、跪き頭を下げた。
「皆さん、顔を上げてください。あなた方は何も悪くありません。
守るべき民を救うどころか苦痛を与え、
あなた方にそのような考えを持たせてしまった王家に全ての責任があります。
もし、それでも気に病むようなら、これからも私を信じてください。
私は必ず、必ずこの国を救ってみせます。
だからその時まで私を信じて、どうか諦めないでください」
「ステラ様……」
このとき村人たちは、民に寄り添うかつての王家の姿をステラに見た。
そしてこの先どんなことがあろうとステラを信じ続けると、固く心に誓った。
再びユイトたちの方を向いたステラは、ユイトたちに問いかける。
「そのプレート…あなた方は冒険者なのですね。
お名前を伺っても?」
「はい。俺はユイト、ユイト・キサラギです」
「私はティナ、ティナ・リネットです」
「俺たちはつい最近、サザントリムからこの国に来ました」
グレンドラとの生活の中で、すっかりタメ口が板についたユイトだが、さすがに王族相手にそれはまずいとタメ口を封印。
「サザントリムですか。レンチェスト王国からいらしたのですね」
「あぁ…じゃなかった…はい。
俺たちは世界を回る旅の途中でこの国に寄らせていただきました」
「ふふふ。いつも通りに話してもらって大丈夫ですよ。
あなた方は私の命の恩人。
そんなあなた方に気を使われると、私の方が恐縮してしまいます。
あと、私を呼ぶときに敬称は不要ですからね」
(おぉーさすが王女様!)
と、いうことでユイトは早速、封印を解除。
「じゃあ、すみません。お言葉に甘えます。
俺たちはまずこの国の王都に行こうと思って、王都に向かってた。
で、その途中、魔獣とその近くにいる人たちを感知した。
そして、感知したその場所ってのがココだったって訳です」
「魔獣?今、魔獣と言ったのですか!?ここに魔獣がいたのですかっ!?」
魔獣の存在に気づいていなかったのか、驚きの声を上げるステラ。
「あぁ、ほら。あそこの赤黒い大きな狼、あれはA級魔獣のレッドウルフだよ」
「レ、レッドウルフ!?なんでそんな危険な魔獣がこんなところに…」
「あぁ、それは俺も気になった。この辺はそんなに魔素も濃くないのになって。
で、気になることがもう1つ…」
「気になること…ですか?」
「あぁ。気になる"もの"って言った方がいいかもしんないけど。
ほら、あそこの畑に転がってる実だよ。あの実、なぜか魔素を吸ってる」
「…えっ?あの実は私たちが懸命に育てた物よ!?
水の無いこの地で唯一育つ作物よ!?」
「んーーでも確かに魔素を吸ってるんだよな…」
じーっと実を眺めるユイト。
「なぁ、ステラさん。何かこう、変なことってなかったか?」
「…変なこと…ですか?
そうね…おかしなことと言えば、あの実がなる頃、
決まって獣たちに荒らされてしまうことぐらいかしら」
「獣に荒らされる……。
…あぁ、なるほど。なんか分かったような気がする」
ユイトの中で何かのピースがはまった。
「さっきさ、水が無くても育つって言ってただろ?
多分だけど、あの実は水の代わりに魔素を吸って成長してる。
そしてどういう訳か獣たちをおびき寄せる性質を持っている。
で、おびき寄せられた獣が魔素をため込んだその実を食べ、
一部の獣が魔獣化していく。
きっとそれが、こんなところにレッドウルフが現れた原因だろうな」
「…そ、そんな……。では…それでは、あの実を育てれば育てるほど…」
「あぁ、魔獣が増えるだろうな」
ユイトの話を聞いたステラは青ざめ、カタカタと震え出した。
「わ、私は…私は、なんてことを…。
民を…みんなを助けようと思って…
みんなの助けになると信じて頑張ってきたのに…。
私がみんなを苦しめて……」
直後、ステラは力が抜けたように膝を折り、地面に両手をついた。
思いもよらぬ事実に深い衝撃を受け、激しく動揺するステラ。
そんなステラに一部始終を見ていた村人たちが声をかける。
「ステラ様。ステラ様は何も間違っちゃいないです。
ステラ様は、ステラ様だけは、真に民のことを想い行動してくださいました。
悪いのはあの作物の種をこの国に持ってきた奴だ。ステラ様は何も悪くない。
…さっきステラ様は俺たちに言いました。
私を信じてくださいと、私を信じて諦めないでくださいと。
だからステラ様……ステラ様も、ご自身のことをもっと信じてあげてください」
「………」
ステラはうつむいた顔を上げ、懸命に声をかけてくれる村人たちの方を見た。
そこには、以前見たような絶望した村人たちの顔はなかった。
「……みなさん」