第64話
「引き止めようかとも思ったが、そんな話を聞いてしまってはな…。
確かにお前たちなら多くの人々を助けられるだろう。
中には、お前たちにしか助けられない人もいるのだろうな…。
………。分かった。で、話とはそれだけか?」
渋々引き止めるのを諦めたギルドマスターがユイトに尋ねる。
「いや、ちょっと聞きたいことがあってさ。
言える範囲で構わないから、他の国や世界情勢について教えてもらえないか?
次向かう場所を考える参考にしたくてさ」
「なるほど…そういうことか。
確かに知っているのと知らないのとでは大違いだからな。
分かった。では私の知っていることを教えよう」
レンチェスト王国近隣の国々について語り始めるギルドマスター。
「まず、ここサザントリムから西へ行くとこの国の王都ステイリアがある。
そしてステイリアからさらに西へ進むと、隣国バーヴァルド帝国がある。
バーヴァルド帝国は、多くの冒険者が集まる賑やかな国だ。
レンチェスト王国とも親交のある比較的安定した国だな。
この国に関しては、最近でも特に悪い噂は聞こえてこない。
おそらく国として大きな問題は抱えていないのだろう。
では次は南だ。ここサザントリムから少し南下すると海がある。
その海を渡った先にオズアール王国がある。
確か半月に一度、港からオズアール王国行きの船が出ていたはずだ。
私も行ったことはないが、漁業が盛んな国らしい。
ここも特にこれといった話は聞こえてこない。
おそらくバーヴァルド同様、安定している国なのだろう。
次は東だな。東にはメイリ―ル王国がある。
サザントリムからだと、ここが一番近い隣国だな。
この国は昔から農業が盛んで、農業によって栄えた国だ。
しかしここ数年、不作が続き、国の状況も芳しくないようだな。
メイリ―ル王国からの輸入量もここ数年、著しく減っていると聞いている。
おそらく他国へ回す余裕がないのだろうな。
最後は北だ。
ここから見て北西方向には終末の森、北東方向にはエギザエシム帝国がある。
言うまでもなく終末の森は論外だ。
では、エギザエシム帝国かと言うと、
正直、エギザエシム帝国だけはお勧めできん。
エギザエシム帝国は、世界でも有数の軍事国家だ。
最近の噂では穏健派が捕らえられ、
世界の覇を求める連中が中枢を牛耳ったとも言われている。
この国にはできるだけ近づかない方がいいだろう。
レンチェスト王国もエギザエシム帝国には目を光らせていてな。
ただ幸いなことに…いや、幸いという言葉はふさわしくないかもしれんが、
実はエギザエシム帝国の北には同じく軍事国家のアヴィ―ル帝国があってな。
エギザエシム帝国はそのアヴィ―ル帝国と睨み合いを続けている。
そのおかげで、今のところレンチェスト王国に手を出してきてはいない。
こっちに気を取られていると、背後から刺される可能性があるからな。
とはいっても、いつ何が起こるか分からん。
それ故、レンチェスト王国もエギザエシム帝国との国境には大きな砦を設け、
日夜厳重な警備を敷いている。
ひとまず近隣の国に関してはこんなところだな。
…今の話からも分かったと思うが、この国も安定しているように見えて、
本当の意味で安定しているとは言い難い。
それは世界を見ても同じだろうな。
先ほどのエギザエシム帝国とアヴィ―ル帝国の睨み合いのように、
この世界は微妙なバランスで成り立っている。
どこか1か所でも綻びが生じれば、
一気に仮初の安定が崩れてしまう可能性だってある。
それは分かってるんだが、スケールがあまりにでか過ぎてな。
私にはどうすることもできん。
ざっと話したが、私が話せることはこれぐらいだ」
「ありがとう。めちゃくちゃ参考になった」
(今の話からすると、まず北のエギザエシム帝国は無しだ)
(西のバーヴァルド帝国も、俺たちが急いでいく必要はなさそうだよな…)
(あとは南のオズアール王国と東のメイリ―ル王国…)
(でも、直近困ってそうなのはメイリ―ル王国か…一番近いって言ってたしな)
ユイトの中で、次の行き先が決定。
「よし、決めた。次はメイリ―ル王国に行く」
「ほぅ。決断が早いな。…で、いつ発つんだ?」
「5日後にするよ。
俺たちがサザントリムに来てちょうど半年になる日だ。
宿とってるのもその日までだしな」
「5日後か…。旅の準備をしてたらあっという間だな。
それにしても、あれからもう半年も経つのか……早いものだな。
未だにあの日の衝撃は忘れられん。
…そういえば、あの場にいたのもちょうどこのメンツだったな」
「確かに。ふっ…、今思い出しても笑えてくる。
手加減するつもりが、まさか11歳の少女にコテンパンにされるなんてな。
戻れるなら模擬戦前の自分に言ってやりたいぜ。
恥ずかしいから、いらん事言うなってな。はははは」
楽しそうに話すギルベルト。
そんなギルベルトとは対照的に、うつむき、両手をぎゅっと握りしめるシノン。
ティナの目にそんなシノンの姿が映り込む。
するとティナは、静かに椅子から立ち上がると、シノンの元へと歩み寄った。
「シノンさん。
しばらく会えなくなっちゃうけど、また絶対会いにくるからね。
それに私…、15歳になって普通の冒険者プレートに変わるとき、
シノンさんに交換してもらいたい。
このプレートをもらった時みたいに、またシノンさんから
冒険者プレートを受け取りたいっ」
「……ティナちゃんっ!!」
そんなティナの言葉に、シノンはティナにしがみつき大声で泣き出した。
その後もシノンは泣き続け、結局その日はそれにて解散することとなった。
翌日からは、次の旅に向けての買い出し、お世話になった人への挨拶などで、ユイトとティナは忙しい日々を過ごした。
そしてあっという間に数日が経ち、ついに2人がサザントリムを発つ日がやってきた。
「いよいよだな」
「…うん」
まるで我が家のようになっていたウォータ―ヒールに別れを告げる。
その後2人は、サザントリムの街並みを目に焼き付けながら、城壁入り口へと向かってゆく。
慣れ親しんだ街を通り抜け、城壁入り口へと到着したユイトとティナ。
するとそこには、”天翔の風”、”タイガーファング”、ミーア、そしてシノンの姿があった。ギルドマスターとギルベルトは、残念ながら、賓客との会議の準備のため来れなかったらしい。
……そしてついに迎えた、別れの時。
「それじゃあみんな、長い間、世話になったな。
こんな朝早くから見送りまで来てくれて、本当にありがとな」
「何言ってんだよ、兄貴。礼を言うのはこっちだぜ。
ほんとは俺らもついて行きてぇけど、今の俺らじゃ足手まといになっちまう。
兄貴と姐さんに会えねぇ間、俺らは死に物狂いで鍛えるつもりだ。
絶対ぇ、兄貴と姐さんを驚かせるくらいになってみせる。
だから、次会う時を楽しみにしててくれ」
「あぁ、分かった。楽しみにしてる」
「ユイト君、ティナちゃん。
君たちには大切なことをいくつも教えてもらった。本当に感謝してる。
君たちはきっとこれからも、多くの人を救い、多くの人を導いていくんだろう。
そんな君たちに少しでも近づけるよう、俺たちも精進するつもりだ。
だから期待しててくれ」
「あぁ、期待してる」
「ユイト君、ティナちゃん。
あの日、ギレンの森で助けてもらったこと、私、絶対に忘れない。
2人が私たちの命を救ってくれたように、
私もいつか誰かを救えるような冒険者になってみせる。…必ず」
「うん。セフィーさんなら必ずなれる。大丈夫だ」
その後も皆、思い思いの言葉をユイトとティナへ送った。
そして最後にシノン。
「ユイトさん、ティナちゃん。
しばらく会えなくなっちゃいますが、私はずっと2人の味方です。
サザントリムから、ずっと2人のことを応援しています。
…また2人に会える日を楽しみに…私も……私も……」
唇を震わせたシノンの目から涙がこぼれる。
その瞬間、ずっと涙をこらえていたティナの目からも涙がこぼれ落ちた。
「……。ごめんなさい…」
「ううん。ありがとう、シノンさん」
そして、ティナは涙を拭うとみんなの方を向いた。
「みなさん。本当にどうもありがとうございました。
こんなにも温かい人たちに出会えて、私は本当に幸せです。
しばらく会えなくなっちゃうけど、
また皆さんに会える日を楽しみに頑張ってきます」
ティナがユイトの方を見る。
するとユイトはそんなティナに向かい、小さく頷いた。
「…それでは皆さん、行ってきます!」
こうしてユイトとティナは、新たな目的地メイリ―ル王国をめざして、6カ月間お世話になったサザントリムを出発した。